第九十話 死角から放たれる一閃

 AIの登場により、近年のアマチュアのレベルは急激に上がったと言われている。


 以前までは手も足も出なかったプロとアマの境界が無くなりつつあり、近年ではアマチュアのトップがプロ棋士に平手で勝つのも当たり前の時代になっていた。


 構想勝負がきもだった昔に比べ、現代はどれだけ最善手を突き詰められるかにシフトしている。


 今や誰でも将棋ソフトを使える時代。いつでも最善手を調べられる時代。そんな時代が訪れれば、アマチュアの中からも異常な棋力を持つ存在が頭角を現し始める。


 曰く『第三世代』と呼ばれる新生の世代は、プロに比肩ひけんしながらプロを選ばない者も多い。それは現代における職業の自由度が増したことが大きな要因となっているのだろう。


 将棋を配信している来崎夏のように、将棋を子供たちに教えている葵玲奈のように。将棋で稼ぐにはプロ棋士でなければいけないという時代は終わった。


 ──青薔薇赤利の棋力は、プロ棋士に匹敵するレベルである。


 赤利は過去に行われたアマチュア棋戦のひとつで全国準優勝を果たしており、竜王戦でプロ棋士に勝利したこともある本物の実力者だった。


 ではなぜ、それほどの存在が女流棋士はおろか、奨励会にすら在籍していないのか。大々的に進出すれば界隈は大きく盛り上がるに違いないのに、どうしてそれを避けているのか。


 ……初めはそんな疑問が世間から湧き出ていたが、赤利はその後表舞台に姿を見せなくなったことで、段々と人々からも忘れ去られていく。


 ──次に姿を見せたのは、凱旋道場のエースとしてだった。



『【黄龍戦・団体戦】について話し合うスレPart100』


 名無しの559

 :中央地区と西地区の決勝戦の大将棋譜(リアルタイム)

  青薔薇赤利vs渡辺真才

  https://koreha/usono-saitodayo/nishichiku-zikkyou.part19


 名無しの560

 :>>559 やっと再開か


 名無しの561

 :>>559 二回も千日手になるとか異常だよな


 名無しの562

 :>>559 三局目始まったか


 名無しの563

 :>>559 さっきの千日手といいちょっと早指ししすぎじゃね?


 名無しの564

 :>>559 また早指ししとるな


 名無しの565

 :>>559 指し手早すぎ


 名無しの566

 :>>559 ついていけねぇよw


 名無しの567

 :>>559 現地で棋譜取ってる人大変そう


 名無しの568

 :なぁ、お前らぶっちゃけ青薔薇赤利と渡辺真才どっちが勝つと思う?


 名無しの569

 :>>568 青薔薇赤利


 名無しの570

 :>>568 青薔薇赤利


 名無しの571

 :>>568 自滅帝


 名無しの572

 :>>568 青薔薇赤利かな


 名無しの573

 :>>568 渡辺真才


 名無しの574

 :>>568 青薔薇赤利やろ


 名無しの575

 :>>568 さすがに青薔薇が勝つと思う、こいつプロ破ってる実績あるし


 名無しの576

 :>>568 青薔薇赤利でしょwいくら自滅帝でも無理


 名無しの577

 :そもそも棋譜見れば青薔薇が主導権握ってるの一発で分かるやろ、渡辺真才に勝ち目ない


 名無しの578

 :お前ら南地区でも同じこと言ってたやんけ!


 名無しの579

 :>>578 いや今回のは相手が悪すぎる


 名無しの580

 :>>578 天王寺魁人と青薔薇赤利とじゃ天と地の差やぞ


 名無しの581

 :自滅帝が勝つと思うけどなぁ……


 名無しの583

 :どっちが強いかはともかく、流れを掴んでるのは間違いなく青薔薇の方


 名無しの584

 :2回も千日手になるってことはお互い警戒してるんだろうけど、現状主導権握ってるのは青薔薇赤利だからこのままいけば渡辺真才は負ける


 名無しの585

 :さっきの千日手もそうだけど、正直何が起こってるのか全く分からん


 名無しの586

 :そりゃここで分かるのは棋譜だけだしな。本人たちの表情や場の雰囲気が分かれば別なんだろうけど


 名無しの587

 :現地にいる者だけど、自滅帝の方がちょっと苦しい表情してる


 名無しの588

 :>>587 マジか


 名無しの589

 :>>587 やっぱり青薔薇の方が強いっぽいな


 名無しの590

 :>>587 これは自滅帝伝説も限界が近いか



『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪www【十段おめでとう】Part41』


 名無しの128

 :自滅帝vs青薔薇赤利

  https://koreha/usono-saitodayo/nishichiku-zikkyou.part19


 名無しの129

 :>>128 お、再開した


 名無しの130

 :>>128 きたー!


 名無しの131

 :>>128 連続の千日手を経てついに3局目か!


 名無しの132

 :>>128 さすがに3連続はないだろうし、ここで決まるな


 名無しの133

 :>>128 ワクワクするわ


 名無しの134

 :お前らてきには自滅帝と青薔薇赤利どっちが勝つと思う?


 名無しの135

 :>>134 自滅帝


 名無しの136

 :>>134 自滅帝


 名無しの137

 :>>134 自滅帝やろ


 名無しの138

 :>>134 自滅帝が圧勝して終わる


 名無しの139

 :>>134 自滅帝が勝つ方に1万


 名無しの140

 :>>134 申し訳ないけど自滅帝が勝つ未来しか見えん


 名無しの141

 :黄龍戦スレと反応真逆で草


 名無しの142

 :お前ら青薔薇赤利を甘く見過ぎやろ……


 名無しの143

 :>>142 本音を言うと青薔薇の方が実績が上だから青薔薇が勝つって言いたいんだけど、自滅帝がイレギュラーすぎてな


 名無しの144

 :>>142 無敗が売りなんだろうけど、こっち100連勝してるんで……


 名無しの145

 :どっちが勝ってもおかしくないし、どっちが負けても大事件だな


 名無しの146

 :自滅帝が負ける未来、想像できる?


 名無しの147

 :青薔薇赤利はプロ破ってるんだが?ネット将棋しかやってこなかった奴に勝ち目あるわけないだろ


 名無しの148

 :>>147 そのプロが大勢やってる将棋戦争でトップなのが自滅帝なんですが……


 名無しの149

 :>>148 でもそれ早指しじゃん。県大会は40分の40秒だぞ?ネット将棋とはワケが違うw


 名無しの150

 :>>149 確かにその通りだわ。相手が自滅帝でなければな


 名無しの151

 :>>149 自滅帝にその理論は効かないんだわ


 名無しの153

 :>>149 お前今まで何見てきたんだよ……


 名無しの154

 :>>149 東地区と南地区の戦いを思い出してもろて


 名無しの155

 :>>149 俺らもそう思っていた時期がありました


 名無しの156

 :あれ、自滅帝の棋風変わった?

 


 ネット上では両者の勝敗に関して意見が二極化しており、無敗を貫く凱旋道場のエースとして名を馳せる青薔薇赤利と、ネット将棋で無類の強さを発揮している渡辺真才とでその差が不透明になっていた。


 どちらも勝因となる実績は十分に積んである。しかし、その実績は互いに違う場所で得たものであり、比べることはできない。


 二人の差を理解していたのは、この場にてたった一人だけだった。


「……青薔薇がついに本気を出したか。しかし、正解じゃな」


 二人の戦いを見守っていた玄水が杖に両手を乗せながらそう呟く。


 青薔薇赤利には凱旋道場の、そして中央地区のトップとしてのプライドがある。無敗を語るうえで必然とされる傲慢な姿勢は、王者の風格を表す上での象徴のようなもの。


 本気を出すことなどまずありえない。常日頃から勝ち負けの世界で生きている彼女にとって、対局は手を抜いて勝つか、手を抜いて負けるかの二択である。


 そんな赤利が、自身のプライドを捨ててまで本気を出さなければいけないと判断した。否が応でも警戒しなければ勝てない相手だと悟ったのだろう。


「──どちらが勝つと思いますか?」


 隣で帽子を抱えながら眼鏡を光らせる哲郎に、玄水は視線を変えずに答える。


「二人の敗北を想像してみろ。──想像できなかった方が勝つ」


 玄水の言葉を受けた哲郎は静かに目を閉じ、二人の敗北を想像する。


「……なるほど。ですが、今の私には二人とも負ける姿が想像できません」

「そうか? ワシには見えるがのう」

「御慧眼ですね……」


 哲郎は二人の対局に視線を向けて、今なお熾烈な攻防を繰り広げている大将の二人に感嘆するばかりである。


 赤利の指し回しは最初から一切変わっていない。自滅流を封じるためにあえて攻めない形を作り、一見手番を渡してるように見えながら綿密なカウンターの用意を整えている。


 対する真才も、さきほどと同じように自滅流を繰り出すかに思われた。


「──ワシには、耀龍ようりゅうの輝きが見える」


 それは玄水の放った一言と同時だった。


 刹那、真才は自身の大駒のひとつである『かく』を早々に切り飛ばした。


 それを見ていた会場内の観戦者達が絶句に包まれる。


「……え?」


 そんな中で思わず出てしまった赤利の素の声が、会場内に響き渡った。





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 なんか★5000個を超える夢を見ました。

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