第六十五話 評価値+9999

「単刀直入に聞きます。この事件の黒幕を教えてください」


 県大会が始まる少し前、俺は鈴木会長の道場にお邪魔して直接そう尋ねた。


「事件の黒幕か……少なくとも私は知らない、知っていればとっくの昔に動けていたよ」

「そうですか……」

「だが、推測ならできる」

「……!」


 鈴木会長の言葉に俺は顔を上げる。


「真才君、君はなぜ嵌められた?」

「……西地区の存在が厄介に思われたからですかね」

「その通りだ。狙われたのは君だが、黒幕の目的は君個人じゃない。君を含めた西地区というチーム全てだ。つまり君を陥れた人物は、県大会での不戦勝を狙っているというわけだ」


 俺は疑問符を浮かべた。


「不戦勝……? それをしたところで優勝には近づけませんよ」

「そうだね。不戦勝をしたところで優勝は無理だ。……と、普通は考える。でもその1勝は黒幕にとっては大きいんだよ」

「……」


 確かに西地区を落とせばその分の1勝は手に入る。だけどその1勝に意味があるとは思えない。どうみてもリスクとリターンが見合っていない行動だ。


「では少し紐解いて考えてみようか。……まず、なぜ西地区のチームは狙われたのかね? 他にも北地区や南地区、それこそ最も厄介な中央地区がいるだろう。それらを標的とせずに西地区だけ狙う理由はなんだね?」


 疑問に疑問で返された形となり、俺はすぐに答えを出せず暫し熟考する。


 俺が得てきた情報が正しければ、この県で最も強いとされているのは中央地区だ。その次に北地区、南地区、東地区と続いている。


 仮にも優勝を狙うのだとすれば、まずは一番強い中央地区を落とすのが鉄板だろう。上を落とさなければいくら下を落としても意味など無いのだから。


 しかし、黒幕はそれをしなかった。何故だ?


 中央地区のガードが堅かった? 俺のように不正を押し付ける隙が見当たらなかったとかか?


 確かに今の俺には付け入る隙が大きい。その気になれば、こうして世論を動かすことくらいはできるだろう。


 だが、それをしたところで何が変わる? 西地区を落とすメリットは? 中央地区や北地区を放置して西地区に狙いを絞る理由は?


 ……いやまて、そもそも前提を置くべきだ。西地区を落とすメリットじゃなく、西地区を落とすことで優勝できると仮定して考えてみよう。


 つまり、黒幕にとって西地区は最も厄介な存在なんだ。どこが厄介なんだ? どこが警戒されている? 戦法の相性? 棋力の高さ? いや、もっと単純で明快な答えが眠っているはずだ。


 いや、そもそも根底が違う。黒幕は西地区と戦うと負ける可能性があるんだ。だからこんな卑怯な手を使って西地区だけを落としにかかってるんだ。


 でも、まだ戦ってもいないのにどうして西地区にだけ負けると分かるんだ? 西地区にだけ負ける理由は? 俺達西地区が他のチームと違うことと言えば、それこそ……。


「……まさか、チーム全員の棋力の平均……?」

「さすが真才君、その通りだ」


 鈴木会長は感心して腕を組む。


「西地区の強みは安定した棋力の采配。元研修会員の佐久間君らに、中学生大会で大暴れしていた東城君ら、そして君達の支えとなっている勉君を中心に非常に手堅いチームとなっているんだよ。君の正体が自滅帝だと分からない者からすれば、西地区ほど棋力が安定した地区は他にない」


 じゃあ、黒幕の地区は──。


「今回の大会、優勝候補は東地区とされている。その理由は簡単だ。全ての地区の中で平均棋力が最も高い。ずば抜けて強い者はいないが、ずば抜けて弱い者もいないのだよ」

「つまり、西地区と同じ──」


 俺がそこまで言いかけたところで、鈴木会長は「そうだ」と即答した。


「西地区を最も厄介だと思っているのは、自分達と同じく棋力が安定して勝利数を稼ぐ地区、つまりは東地区なのさ」


 ※


 全員の視線が俺に注目される。


 醜態を見るような目、不快な感情を向ける視線。周りから感じるその圧は、陰キャである俺には耐えられないほどに痛く、苦しい。


 だが、それでも俺はやった。やり切った。ちゃんとこの目で"黒幕の正体"を確認して、マイナスだった評価値を覆すまで。


 チェックメイト死の確認を怠ったな、遊馬環多流。だが俺はお前をチェックメイトする確実に詰ますぞ。



 > 黄龍戦!

 > 黄龍戦に参加してるんですね!

 > 黄龍戦の写真だ!

 > まじかああああああ

 > てっきりもっと地方の大会かと思っちゃった

 > バリバリ最前線じゃないですか!

 > 黄龍戦なら近いから観戦にいってもよかったなー!



 俺が写真をSNSにアップすると、そんな返信が一気につき始めた。


 黄龍戦への参加を認めた証拠だけが上げられ、その真意を知らない者達はごく自然の反応を見せる。


「……何してんだ?」


 不気味な俺の行動に、環多流は訳が分からないと言った表情を浮かべていた。


「何をしたって? ──ただの、自己紹介だよ」

「……は?」


 その瞬間……それまで俺に向けられていた会場の視線が、一気に変わった。



 > あのー……もしかして……

 > スーッ……(絶句)

 > あ、あ……

 > 本当に申し訳ない……

 > ……許してください

 > ごめん

 > 自分の目を疑った

 > 謝罪させてくれ、頼む。本当にごめん

 > ホントすみません、土下座します、許して

 > 自滅帝を理解した気になってた、なにも理解できていなかった

 > ごめんなさい……

 > 俺もう人を疑うのやめるよ

 > 人生で一番後悔した。マジで申し訳ない、マジで申し訳ない。ほんとマジでごめんなさい

 > ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい



 返信欄が一気に謝罪で溢れかえる。


 自滅帝を探すために常日頃から自滅帝のアカウントを見ていたであろう会場の者達は、一斉にそう書き込んでいた。



 > ??? なんでコメント欄こんな謝罪であふれてるの?

 > え、なにこの謝罪の嵐……怖いんだけど

 > いったい現地で何が起こってるんだ……?

 > えっ状況が分からな過ぎて怖いんだけど、何この大量の謝罪コメは……



 そして現地の状況を理解できていない者達は、突然謝罪のコメントで溢れかえった俺の返信欄に困惑していく。


 ──さて、もう猶予は十分与えただろう。そろそろ潰しにかかるか。


 俺はスマホをポケットに入れ、未だ状況が分かっていない環多流に告げた。


「座れ」


 俺はそう言って対局場所へ座るよう目線を送った。


「……あ? 何言ってんだよ、お前は不正者なんだから戦う資格なんざあるわけねぇだろうが!」


 その言葉が放たれた瞬間、それまで俺を敵視していた会場の視線は一気に環多流へと向けられ、今度は環多流がその視線の嵐に貫かれる。


 その視線は紛れもない殺気を含んでいた。


 会場全体の、50人近くいる者達の殺気だ。


「な、なんだ……?」


 そんな大勢の者から向けられる殺意の籠った視線に、さすがの環多流も動揺を隠せなくなる。


 今まで俺を不正者として見ていたはずの視線は一気に消え去り、今の俺に向けられるのは焦燥と許しを乞うような視線だけだ。


 気付けばあれだけ賑わっていた会場の空気は一変し、息を呑むような緊張だけが走り抜ける。


 試しに俺が周りを一瞥すると、俺と目が合った者達は戦慄した表情を浮かべて困惑と謝罪の籠った感情だけを表に出していた。



 @sakurazaka_zimetuteiLOVE

 自滅帝の正体、渡辺真才さまでした。

 これまでの数々の暴言、誹謗中傷、誠に申し訳ございません。

 本当にごめんなさい。

 批判してごめんなさい。

 許してください。


 > えっ……

 > え……?

 > は?

 > 何言ってんの?

 > 嘘でしょ?

 > 渡辺真才が自滅帝……??????

 > 冗談はやめてください

 > さすがに嘘であってくれ

 > これマジ?

 > 嘘でしょ……

 > 呟き主は現地行ってるんやぞ、嘘なわけない

 > これ本当ならとんでもないことやぞ

 > 俺達はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない

 > まって、呟き全部消すから訴えないで

 > え、え、え、え……

 > うせやろ……?

 > 俺ら自滅帝を不正者扱いしてたってマジ……?

 > 自滅帝のファンで渡辺真才批判してた奴ら、マジでどうすんのこれ?



 @kotaka_ryusuke08

 だから言っただろ、渡辺真才は不正してないって

 誰も俺の話聞いてなかったよな?

 渡辺真才に過剰な誹謗中傷してた奴ら全員の魚拓取ったからな


 > ナイス

 > ナイス

 > よくやった

 > それお前の仕事ちゃうで、でもナイス

 > あーあ、これで誹謗中傷してた奴らはもう逃げられないね

 > 軽はずみに批判しちゃったのがアウトだったな

 > まだ白黒ハッキリ出てないのに大勢のネット民が批判してたからな

 > そもそも情報ソースがあやふやすぎて信用に足りてなかったしな

 > これはもう逃げられない

 > 誰がどう見ても黒だったけど、自滅帝が存在する以上1%のもしかしたらがあったのよね

 > 渡辺真才を誹謗中傷していた奴ら、終了です



 対局のためにスマホを閉じた俺は、もうネットの情報を取得できない。だから今ネットで何が起きているかは分からない状態だ。


 だが、もう見ずとも結果はあらかた予想できる。そしてもう見る必要すらない。


「ふ、不正……お前は、不正をして──」


 俺は気が動転している環多流へと振り返ると、会場の者達を背に堂々と告げた。


「俺を不正者だと疑うやつは誰もいなくなったが?」


 その言葉に環多流は動揺して冷や汗を流す。


「い、いったい、なにが起きて……!!」


 死神の鎌が自身の首元に向けられているとも知らず、環多流を含めた東地区の者達は一変した会場の空気に足を後退させる。


 そんな中、俺達西地区のメンバーは皆席に座って対局の準備を始め、環多流の──東地区の作戦が全て潰えたことを証明した。


「──座れよ、死神。神が盤上の世界で如何に重たい言葉なのかを教えてやる」




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 伸びすぎて困惑してます……

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