第六十四話 盤面崩壊

「よぉ、不正者」


 その言葉に振り返ると、さきほど話題に上がっていた遊馬環多流が拍手をしながら俺の前へと近づいてきた。


「よくこの場に顔を出せたな? その蛮勇だけは褒めてやるよ」

「そりゃどうも」


 環多流の言葉に、俺は睨むこともなく淡々と返す。


 しかし、そんな俺の態度が気に食わなかったのか、環多流は上から見下すような視線を向けて俺の戦意を削ぎに来た。


「……なぁ、お前。帰れよ」


 俺にだけ聞こえるように小さくそう告げる環多流。


「なぜ?」

「ここは不正してるような人間が来ていい場所じゃないからだ」

「不正をした覚えはないんだが……」

「しているかもしれないだろ? 少なくとも世間様はそう言ってる。もしお前が白を主張したいなら、しっかりとその証明を果たしてからここに戻ってくるんだな」


 適当言ってくれるな。


 俺が自身の身の潔白を証明する頃には県大会が終わっている。そうなれば戻るも何もない、黒幕共々目的を果たして無事バッドエンドだ。


「なんだ? だんまりか?」

「……俺は不正をしていないし、それを認めたこともない」

「だーかーらー、そんな言い分が今さら通用するわけないだろって言ってんだよ。なぁ、テメェさっきから何余裕そうな顔浮かべてんだよ、舐めてんのか?」


 環多流は気安く俺の肩に手を乗せると、突き飛ばすように押し出した。


「先輩……!」

「真才くん……っ!」

「ちょっとアンタ、ウチの大将に何してんすか……!」


 その行為に東城たちのキレた目が環多流に向けられる。


 しかし、環多流は首を鳴らして余裕の表情を浮かべていた。


「……お前は、俺が不正をしたと思っているのか?」

「当然だろ? 証拠も揃ってんだ」

「証拠?」

「お前が天竜一輝と戦った棋譜だ。あの違和感だらけの指し回し、自分でもおかしいと気づかないのか? 不規則な手の攻防、一貫性の無い戦い方。そして何よりAIの一致率が7割越えてる。これがお前を黒として象徴している主な理由だ」

「……やけに詳しいんだな」


 俺が怪訝な表情を向けると、環多流は僅かに目を見開き、それを隠すように観戦者たちの方へと振り返った。


「──なぁ! どう思うよこれさぁ!」


 環多流は大声でそう叫んだ。そして周りの注目を一気に集める。


「不正した人間を大会に招き入れるなんて、この大会はどうなってんだ? なぁ!」


 一瞬の切り替え、優れた判断能力。一手を打つ速度があまりにも早い。こういう大胆な行動を取る人間はその手のことに慣れている人間だ。


 なるほど、そう言うことか。


「おい、お前……っ!」


 東城が環多流に掴みかかろうとするが、俺がそれを制止する。


「真才くん……!?」

「いい」


 俺が二つ返事でそう告げると、東城は大人しく引き下がった。


「……え、あれって渡辺真才じゃない?」

「渡辺真才って?」

「ほら最近SNSで話題の、大会中に不正をしたっていう……」

「あー……」

「え、だったらヤバくない? なんで大会に出てきてんの?」


 環多流の行動力は功を奏したようで、会場の視線は一気に俺へと集まりだす。


 一瞬だけニヤリと嗤った環多流の口元が視界の端に映り、それが次の行動を起こすための後押しとなった。


「……自分がどういう行動を取っているのか、理解しているのか?」

「あァ? 何言ってんのかまるで分かんねぇなぁ」


 大会本番前であるにもかかわらず、周りを巻き込んだ大胆な行動を取る環多流はしらばっくれながらそう答える。


 どこまでも醜悪な表情で見下すその瞳には、確かな"悪意"が伝わってきた。


「……遊馬環多流。一度だけチャンスをやる。今すぐさっきの言葉を撤回しろ」

「あァ? 何言ってんだお前」


 周りの目がこぞって俺を注目する中、俺は自分を落ち着かせるように冷静さを取り繕う。


「こういうセリフを吐くやつは、次に何かしらの手を放つと決めているものだ。アニメや漫画で習わなかったか?」


 俺はそう言ってスマホをポケットから取り出した。


 俺にだってリスクはある。それをせずに済むのなら、多少の意趣返しくらいで終わらせてやってもいい。


 これは俺からの最後の温情であり、俺に悪意を向ける者達が人生を清らかに生きれる最後のチャンスだ。


「──クハハハッ! 馬鹿かお前!? アニメ? 漫画? ここはフィクションじゃねぇんだよ。そんな三流の脅し文句が通用するわけねぇだろ。言葉選びとしては欠陥品もいいところだな。もう少し考えて発言しろよ? 不正者」


 まるでその返しが当然とばかりに、環多流は俺を轟々と罵った。


 そんな環多流の言葉に俺は小さく影を落として。


「そうか」


 ……と、小さく呟いた。


 俺は目立つことがあまり好きじゃない。悪目立ちなんてもってのほかだ。でも、みんなで大会を優勝したあの日に、良い意味で目立つのなら悪くない気分だと思い始める自分もいた。


 いかにも俗物らしい考え方だ。自分がその程度に収まる人間なのだと常日頃から自覚する。


 だが、今の俺は悪目立ちしている。変えようもない虚偽の真実に蓋をされ、作為的な罠に嵌って動けない状態だ。


「ねぇこれ見てよ、渡辺真才って地区大会で不正してたみたいだよ」

「マジ? それってヤバくない?」

「おいおい、なんであんな奴大会に出てるんだよ」

「てか西地区のメンバーってなんで4人しかいないんだ……?」

「なんか怪しいよね、あのチーム」


 環多流の大胆な行動が効いたのか、やがて周り全員の視線が俺に向けられた。


「随分と注目されちまったなぁ? これ大会始められるのか?」

「無理だろ! なんたって不正してる奴が紛れ込んでるんだからなぁー!?」

「ソフト指しされたら流石の俺達も完敗ってか? うはははっ!」


 東地区の連中は嘲笑うように俺を指さして高笑いする。それが彼岸へ進む者達の最後の笑いであるのなら、真っ向から受け止めるのもひとつの慈悲なのかもしれない。


「……」


 だが、俺は常々こう言っている。


 ──悪意を向けてきた相手には容赦をしない、と。


「……残念だ」

「あ?」


 そう言って俺は手に持っていたスマホをカメラモードに切り替えると、会場の一番最奥であるステージに掲げられた【黄龍戦・県大会】という文字をカメラに映す。


 そして、カシャ! と、一枚の写真に収めた。


「……は?」


 突然の奇行に、周りから何をやっているんだという顔を向けられる。


 そんな、全員に注目された状態で俺はニヤリと口角を上げると、目の前で未だ俺の行動の真意に気づけず困惑している環多流へ、"渡辺真才"としての最後の言葉を告げた。


「──最後にもう一度だけ言う。俺は不正をしていない。一切な」


 そう言って俺はさきほど撮ったその写真を、



 SNSに上げた。




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 ★2000個ありがとう!!夢がかなったよベイベー……!

 とりあえず次の目標は2100……あれ?

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