第六十三話 邂逅と、起爆まで
黄龍戦の県大会が幕を開けた。
会場の入り口に目を向けると、大勢の観戦者達が押し寄せており、会場では大会のスタッフたちが急いで観戦用の椅子を用意しているようだ。
「ねえ、もしかしてもういるのかな?」
「もしかしたらもうすれ違ってたりして!」
「どの地区にいるんだろうね!」
すれ違いざま、そんな声が耳に入ってきた。
玉石混合の中から本物を発見しようと、始まる前から観戦者たちの目が光っている。会話の中で名前こそ出さないものの、誰かを探している様子は傍からも伝わってきた。
「やっぱ中央地区が怪しいよな」
「俺は北地区にいるんじゃないかと思ってるぜ」
「そもそも本物かどうかどうやって確かめるんだ?」
「そんなの棋風を見れば一発だろ」
周りからコソコソとそんな話声が聞こえてくる。
俺達はそんな周りの会話を聞き届けながら、他人のフリをして会場に入っていく。俺の正体を知っている東城たちは誇らしげな顔をしていたが、当の俺は気にしないように振舞っていた。
「ラッセル新聞社の立花徹は開会式を省くことで有名ね」
「何か理由があるんですか?」
「規定時間ピッタリに対局を開始するためよ。時間には厳格な男らしいから」
「なるほど……」
後ろで話す東城たちの会話に聞き耳を立てながらぎゅうぎゅう詰めになっている会場の中へと入っていく。
厳格な男──確かにそのイメージはありそうだ。まだ顔は見たことがないが、規定や規律を順守するタイプの人間なのは間違いないだろう。
だが、事はもう動いた。
俺は会場に入る前の選手受け付けにて、今日の県大会への参加が認められた。あれだけメールで出場停止処分という脅しのような文面を送っておきながら、当日になって事情が変わったようだ。
そして事情が変わったということは、佐久間兄弟か武林先輩が動いてくれたのだろう。
この大会の水面下で何が起きているのか、俺は何ひとつ知らない、知る由もない。だが、彼らが俺のために動いてくれているという事実だけはこうしてしっかりと伝わっている。
俺の為すべきことはこの大会で勝つことだ。そのための全てを費やしてきた。
今回、俺を不正者に仕立て上げた黒幕は頭の回る人間なのだろう。噂による拡散と世論を煽った書き込みで運営陣に不安感を抱かせる。真実の是非を問わずとも盤面を揺るがす事態に陥らせる。
団体戦はメンバー全員が揃っていることが大前提。一人でも抜けようものなら一気に勝率が下がってしまう。
しかも、俺の無実を晴らそうと周りが表立って動き始めると、それまで緩やかに侵食していた炎上が一気に燃え上がる。注目を集めるということはそれだけで火に油を注ぐことになるからな。
結果、俺は学校や運営陣から煙たがれる存在となり、県大会という舞台にすら立てなくなる可能性が増える。
黒幕は俺という存在に対し、一抹の不安でも残せれば万々歳なんだ。なんせそいつの目的は時間稼ぎ。俺個人を潰すことが目的じゃない。俺達西地区を県大会に参加させないことが狙いだ。
多少荒い手とはいえ、このやり方を即座に採用した黒幕の判断能力は優れたものなのだろう。
あと一歩、俺が自滅帝であるというところまで見抜ければ、俺も少しは焦っていたかもしれない。
「たしか、一回戦の相手は東地区だったっすよね?」
葵がお茶を飲みながら尋ねる。
「ええ、そうよ。……随分と厄介な相手と初戦から当たることになったわ」
「東地区と言えば銀譱道場の本部があるところですからね。主力級がいないとはいえ、全員が平均して強いところです」
東地区……銀譱道場か。
以前地区大会で戦った『銀譱道場26』とは違い、今回戦う相手は『銀譱道場』。銀譱委員会が主力としておく代表傘下支部のひとつだ。
銀譱道場は他の少数精鋭の地区と違って
だが、逆に言えば異常な棋力を持つ選手は存在しないということになる。それは全ての者達に勝利の可能性があるということだ。
しかし、東城はそんな俺達の反応に浮かない顔を浮かべる。
「主力級がいない。……そうもいかないのよね」
「え? どういうことっすか?」
東城は口元に手を当てながら、小さくため息を零した。
「去年辺りに遊馬環多流という男が銀譱道場に入って以来、その銀譱道場のパワーバランスが崩壊したらしいのよ」
「そ、そんなに強いんすか?」
「直接戦ったことはないから分からないけどね。悪魔的な指し回しで圧倒するその姿に、東地区では"死神"呼ばわりされているらしいわ」
死神──何とも痛々しい呼び名だが、自滅帝を名乗る俺が言えた義理じゃない。
そもそも痛々しいのは自分から呼称する場合に限る。他人からそう呼ばれているのなら、本当に死神のような強さを持っているのだろう。
「私の記憶違いでなければ、確か遊馬環多流は元々北地区の上北道場に通っていたはずです」
「そうね。そこで上北道場のエース、青峰龍牙と覇を競い合ってたらしいわ」
青峰龍牙? そういえば今日の大会のメンバーの中にもその名前があった気がする。
「俺はそもそもその青峰龍牙ってのを知らないんだが、強いのか?」
「強いも何も暴君よ。マナー違反の常連で、ルールに反しないことなら何でもやる男だったわ。昔は天竜一輝をボコボコにしたことでも有名ね」
「あの天竜が……」
思わぬ情報に俺は驚愕する。
俺の中の天竜一輝の像は相当なものだ。その天竜が僅差で負けるならともかく、ボコボコにされて負けるというのは想像がつかない。
「そんな青峰龍牙と遊馬環多流はずっと北地区の頭争いをしてたらしいんだけど、それも去年までの話ね。片方が折れたのか、それとも同じ相手にうんざりしたのか、とにかく理由は分からないけど、遊馬環多流だけ銀譱道場に移っていったのよ」
なるほど、そういう事情があって銀譱道場は大きな主力を一つ増やせたわけか。
……となれば、確かに厄介だな。
「あ、開いたみたいね」
東城がそう言うと、それまでぎゅうぎゅう詰めになっていた会場の入り口はすっかり開放的になっていた。観戦者たちが観戦席の方に移動し始めたのだろう。
会場にいる大半の者達が左右の椅子に座っていく中、俺達は堂々と真っすぐ突き進み対戦相手の待つ中央へと足を運ぶ。
会場は一見賑わっているように思えるが、それはあくまで観戦者たちの中で交わっている空気だ。
選手達の間で交わされる視線は紛れもない敵意そのもの。観戦席から一歩でも前に出ると、そこは地区大会とは比にならないほどのピリついた雰囲気が漂っていた。
「……」
俺は一瞬、その視線を東地区の方へと向ける。
──あれが銀譱道場のエース、遊馬環多流か。
「おやおや、西地区の皆さんは4人しかメンバーがいないのかな?」
「ええ、そうよ。アンタたちを倒すのに4人もいれば十分だもの」
ふと声のする方に目を向ければ、既に東地区の代表、銀譱道場のメンバーと東城がガンを飛ばし合っていた。
「久しぶりだなぁ、来崎。中学のおままごとは楽しかったか?」
「そういうセリフは私に一度でも勝ってから言ったらどうですか?」
来崎もなにやら因縁の相手と対峙している。
「どこかで見た顔だと思えば、葵玲奈じゃないっすか。女なのに未だにプロの道とか目指してるんすか?」
「あぁん? 舐めた口きいてっといてこますぞ西田ァ」
葵はなんかキャラ崩壊してる。信じられない口調と言葉を放ってる。あれは犬猿の仲というやつか。それにしてはめちゃくちゃ殺気を飛ばし合ってるが……。
「──よぉ、不正者」
「……!」
今度は俺の方にその言葉が投げかけられた。
※
『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪www【十段おめでとう】Part37』
名無しの269
:ひとつ気づいたことがあるんだけどさ、自滅帝がSNSで唯一フォローしてる3人って、東城美香、ライカ、葵玲奈だよね?これ全員西地区のメンバーじゃね?
名無しの270
:>>269 ライカしか知らないんだけど……
名無しの271
:>>269 ライカは知ってるが他2人だれ?
名無しの272
:>>269 全員知らん……
名無しの273
:>>269 え、じゃあ自滅帝は西地区に住んでんの?
名無しの274
:>>269 東城美香は知ってるかも、西地区でも結構上位にいた気がする。
名無しの275
:>>269 葵玲奈って中学生大会で全国出てなかったっけ?
名無しの276
:>>269 これガチ?自滅帝が西地区の誰かなら、もうほとんど絞られるぞ
名無しの277
:>>269 俺はてっきり青峰龍牙か
名無しの278
:>>269 うーん、でも西地区に自滅帝レベルの強い奴なんていたか?それこそ自滅帝に匹敵するのなんて天竜一輝くらいだろ
名無しの279
:>>278 その天竜一輝を破ったやつ、一人だけいた気がするんだけど……
名無しの280
:>>279 おいまて
名無しの281
:>>279 え、まさか
名無しの283
:>>279 いや、だってあれは不正してるって言われて……
名無しの284
:>>279 いやいやいや
名無しの285
:>>279 さすがにありえないって
名無しの286
:>>279 ヤバい、変な汗出てきた
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夢の★2000個が目の前に迫ってきた!
ぴえーっ!(鳴き声)
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