第六十二話 自滅帝、県大会へ挑む

 強さに言葉はいらない。ただ積み上げられた勝利数と戦いの後に残った軌跡だけがその者の実力を証明する。


 初めは単なる呟き。それが伝説として名を残すようになるまで、さほど長い時間をかけることは無かった。


 高段者を破り続ける三段がいると誰かが呟いた。


 30連勝している四段がいるとSNSに書き込まれた。


 40連勝している五段がいると噂になった。


 50連勝している六段がいると掲示板で話題になった。


 60連勝している七段がいると配信者の中で話が飛び交った。


 勝率8割を超える八段がいると界隈で盛り上がった。


 レート1位の九段がいると多くの者に認知された。


 ネット将棋で100連勝をしている十段がいると伝説になった。


 その名は『自滅帝』。ネット将棋最強のプレイヤー。7812戦7298勝、勝率93%。前代未聞の戦績を残し続けた正体不明のアマチュアである。


 今や将棋界でその名を知らない者はいない。


 ※


 @zimetutei28

 13日後、とある大会に出ます。


 > !?

 > 嘘!?

 > マジで?

 > 自滅帝リアルバレキターーーーー!!

 > どこの大会ですか!?

 > キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 > このタイミングでその発表とかバズリの天才すぎる

 > どの大会!?

 > 会いたいから大会場所教えてくれーー!!

 > 13日後の日本で開かれる将棋大会8個もあるんだけどw

 > 自滅帝の正体がついにわかる!!

 > 大会場所教えてくれー!!

 > 会いたいです!!!

 > 10万いいね超えてて草

 > 自滅帝って本当に存在していたのか……

 > 大会にでるってことはアマチュアなのか!?あの強さで!?



 県大会当日、俺は東城たちを待つため会場の少し離れたところで待機していた。


「……両極端だな」


 SNSの反応を見た俺は、顔に影を落として苦笑を浮かべる。


 あれだけ批判されている"渡辺真才"と違って、"自滅帝"は祭りのように持ち上げられている。


 どちらも同一人物だというのに、これだけ世論が対極になっているのも中々珍しい。……そんなに俺って不正しているように見えるのかな。


 まぁ、どちらにせよ結果は変わらない。


 渡辺真才の評判は地に落ちた。今さら弁明したところでなんの釈明にもならないだろう。


 だが、俺は今日この場に渡辺真才として立っているわけではない。


 俺は渡辺真才であると同時に、自滅帝でもあるんだ。今日は両方の意志をもってこの場に立っている。



『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪www【十段おめでとう】Part36』


 名無しの432

 :自滅帝が出る大会は結局特定できたの?


 名無しの433

 :>>432 恐らく黄龍戦・県大会


 名無しの434

 :>>432 黄龍戦くらいしかデカい大会がない


 名無しの435

 :>>432 町内会みたいな大会に出るわけでもあるまいし、今日行われる大会で最も大きいのは黄龍戦


 名無しの436

 :いま現地に着いたけど既に会場に50人くらい人いるぞww



 久々に昔いた掲示板を覗くと、既に自滅帝の参加する大会のことで盛り上がっている。


 タイトルには"十段おめでとう"と付け足されており、思わず感謝の言葉を書き込みたくなった。


「おはようございます。真才先輩」

「うおぁっ!?」


 突然背後から話しかけてきた来崎に俺は驚いてスマホを落としそうになる。


「……おはよう来崎、いつからいたんだ?」

「先輩が掲示板を見てニヤニヤしているところから」

「してない」

「してました」

「してない」

「してました」


 平行線だな……。


「ところで真才先輩」

「なんだ?」

「もう"その気"ですか?」


 来崎は俺の目の奥を覗くように見つめてその深淵を手繰り寄せた。


「……まぁね」

「私はそっちの先輩も素敵でいいと思います」


 なるべく普段通りの雰囲気を出しているつもりだが、来崎には俺が自滅帝の思考に切り替えていることが分かっていたようだ。


 しかし、"素敵"か……人生で初めて言われた言葉だ。


「……来崎」

「なんですか?」

「俺は……正しいことをできているのかな」


 俺の言葉に来崎は暫く沈黙すると、風に靡かれる髪をかきあげながらこう答えた。


「正しいかそうではないかは終わった後に気づくものです。それに、私達は覇道を進むと決めました。覇道に善悪は関係ありませんよ?」

「……そうだね」


 不安そうな顔を向ける俺に、来崎は自信をもってそう答えてくれた。


 これから何が起ころうとも付いてきてくれる、そんな顔でニコッと微笑んだ。


 そうこうしているうちに、東城と葵の姿も見えてきた。


「あっ! ミカドっちー! ライカっちー!!」


 こちらに元気よく走ってくる葵と荷物を全部引き受けられた東城。……今回の武林先輩の役目は東城が引き受けてるのか。


「おはようございまーす!」

「おはようございます」

「おはよう、二人とも」

「ちょ、ちょっと……葵ぃ……これ重いって……!」


 東城がゼェハァ言いながら荷物を地面に置く。


 今回の大会は2日制だ。そのため各自泊まるための荷物を持ってきている。つまりいつもより持ち物が多くなるのは必然なのだ。


 とはいえ東城はなんで葵の荷物まで持ってるんだ……。


「別会場に荷物置く場所があるらしいので、先にそちらに行きましょうか」

「そ、そうだね。東城さん顔真っ青だし……」

「んもー、だから無理しちゃダメだって言ったんすよー! 聞いてくださいよミカドっち、東城先輩ったらミカドっちに気遣いが出来るところをアピールするためにアオイの荷物を──」


 瞬間、ピキッと東城の額に青筋が浮かんだのが見えた。


「何か言ったかしらー?」


 そう言って東城は葵の頭を両側からぐりぐりと拳をめり込ませた。


「あいたたたたたたっ! ギブ! ギブです東城先輩! 飛ぶ! 棋譜飛んじゃう! 真才先輩に夜な夜な教え込まれた攻めと受けのやり方わすれちゃうううっ!」

「変なこと言ってんじゃないわよ!」


 二人とも朝からテンション高いな……。


「……ゴホン! そういえば、あの兄弟と部長はまだ来てないの?」

「うん、来てないよ。それに、多分ここで待ってても来ないと思う」

「そっか……」


 東城は一転して憂いた目を向けた。


 佐久間兄弟も武林先輩も、あれから一切音沙汰がない。もしかしたら今日の大会に来れない可能性もあるかもしれない。


 でも、今俺達はこの場に4人いる。7人中4人、過半数だ。つまり全員全勝すれば、このメンバーだけでも優勝を狙うことができる。


 もちろんそんな簡単な話ではないだろう。この先にはあの天竜一輝に匹敵する、もしくは超えるような存在がゴロゴロいる場所だ。楽して勝てるような相手は一人も待っていないはず。


 だが、それでも俺達は進むと決めたんだ。


「……時間だ。みんな準備はいいか?」

「ええ、問題ないわ」

「対策は完璧です。それに奥の手もありますから」

「アオイも全勝かかってるんで、本気で行くっすよ」


 各々がそう意気込む。


 気合いとコンディションは十分だ。後は将棋の内容次第となるだろう。


 俺は掲示板を開きっぱなしだったスマホを再度手に取ると、これまで自分の背中を押してくれた者達に向けて一言だけ書き残していった。



『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪www【十段おめでとう】Part36』


 zimetu444

 :いい試合にしてくる


 名無しの445

 :>>444 本物!?


 名無しの446

 :>>444 久しぶり


 名無しの447

 :>>444 おう、がんばれよ!


 名無しの448

 :>>444 本物じゃん!?


 名無しの449

 :>>444 えええ!?このスレに本物でてくるのかよ!


 名無しの450

 :>>444 応援してるぞ!


 名無しの451

 :>>444 頑張れ!


 名無しの452

 :>>444 まるで我が子を見送るような気持ちだ


 名無しの453

 :>>444 お前の実力を全国に見せつけてやれ!


 名無しの454

 :>>444 行ってこい!


 名無しの455

 :>>444 もう誰も止めない、そこはお前の独壇場だ。思いっきり暴れてこい




──────────────────

今さらですが、レビュー書いてくれた方ありがとうございます!

いつも面白いかな?大丈夫かな?って不安になりながら書いてるので、レビューでのお褒めの言葉は本当にたくさんの自信をもらえます……!

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