第五十八話 自滅帝、切り札を切る

 元々俺は、あまり人前に出て目立つのがそんなに好きじゃなかった。


 決して内気なわけじゃない。心の中ではいつだって言葉が紡がれて、普通に話せるだけのコミュニケーションが取れていた。


 でもそれはあくまでも妄想の中、誰にも視認されない心の中という枠の中で行っていたものだ。


 小さい頃は活気なこともあって、テンションが上がると素の自分が表に出ることがよくあった。


 でも俺は普段から根暗な人間だ。そんな人間が突然テンションを上げて素の自分を表に出してしまえば、周りの目は不快の色で染まっていく。


 気持ち悪い。痛いやつ。オタクみたい。


 些細な色彩の変化に子供の感性は敏感だ。例えそれが本意であろうとなかろうと、幼い頃に負った傷は大人になっても邪魔をする。


 だから、俺は目立つことが好きじゃなかった。陰でじっとしていて、誰の目にも止まらない存在として静かに過ごして、誰からも危害を加えられない生活を送ろう。


 ……そんなことを心に決めておきながら、俺もまた平凡な人間だった。目立たないなら目立たないなりに、目立って周りから称賛されていく同年代の者達に心のどこかで嫉妬していた。


 だから、黄龍戦で活躍できた時は正直嬉しかった。こんな自分でも良い意味で目立てるんだと少しだけ安堵した。


 今さらながら、クラスメイトの俺を見る目が確かに変わっていたことを自覚する。あれは陰に光が差し込んだ瞬間だったのだろう。


 陰キャだった俺が、底辺だった俺が、今はほんの少しだけ浮上している。悪目立ちせずに注目を浴びている。


 ──ほんの少しだけ、自分は陽の光を浴びれるのだと期待した。


「ねえ、渡辺さぁ? これってどういうことなの?」


 葵から掲示板のことについて話された翌日、俺はクラスの中心に立たされていた。


 ……しかも、悪い意味で。


「このSNSに書かれてるの、アンタの名前よね? ──大会中に"不正"したんじゃないかって書かれてるんだけど、これマジ?」


 そう俺を問い詰めたのはクラスでもカースト上位の女子、二階堂美波にかいどうみなみだった。


 二階堂は周りにも聞こえるくらいの声量で捏造された俺の不正を晒し上げ、醜悪な笑みを浮かべる。


「……デタラメだよ」

「えー? でもさぁ、デタラメだったらこんなに話広がらないよね? そもそもアンタみたいなのが大将に選ばれてる時点でおかしいし、本当はやったんじゃないの?」


 俺の発言に対して、二階堂はヘラヘラと笑いながら切り返す。


「うわ、ほんとだ……西地区の掲示板にも貼られてる」

「え、マジ? 大会優勝したって、不正して勝ったってこと? それヤバくない?」


 教室内がざわつき始める。


 二階堂の発言力は凄まじく、周りの女子たちも同調して疑いの眼差しを俺に向けてくる。


「……」


 俺は言葉を詰まらせた。


 違うという反論も、これには事情があるという言い訳も、今この場で何を言おうが無意味に終わる。むしろ火に油を注ぐ結果になる。


 何故なら、人は見たいように見て、聞きたいように聞き、信じたいように信じるのだから。


 ここに東城がいたらまた状況が変わったのかもしれないが、東城はまだ学校に来ていない。この場で発言力の低い俺が何か言葉を発したところで、ただ女子たちの反感を買うだけだ。


 本当に無力だな、俺は。


「──いや、俺は信じるぜ」


 教室の端から響き渡る一声。誰もが剣を突き刺そうとしていた最中、一人だけ俺の擁護に回った男がいた。


 そいつの名は三原良二みはらりょうじ。俺の後ろの席に座っているけだるそうな男だった。


「はぁ? 何アンタ」


 突然話に割って入ってきた三原に、二階堂がギロリと視線を向ける。


 しかし、三原はいつも通りけだるそうに机に項垂れながらも、毅然とした態度で二階堂に向き直り、言い返した。


「俺はコイツが休み時間に毎日将棋の本を読んでるのを知ってんだ。ひとつのことに情熱を注ぐなんて簡単にできることじゃない。それにコイツは部の大将を背負って大会に出たんだ。そんな男がおいそれと不正をするものか? バレたら人生終わるんだぜ?」


 三原は冷静に俺の正当性を二階堂たちに訴える。


「……確かに、リスクとリターンが見合ってないよな……」

「ていうか大将に選ばれるくらい強いんだから、わざわざ不正する必要なくね?」

「そもそもこれって、誰かの嫉妬って可能性もあるんじゃないか?」


 すると男性陣が三原の意見に賛同し始め、俺の方についてくれた。


 それによって二階堂は自分の意見が淘汰されたことを悟ると、軽く舌打ちして教室を出ていった。


 それと入れ替わるように東城が教室に入ってくる。


「なんか教室がざわついていたけど、何かあったの?」

「ううん! なんでもないよ、東城さん!」

「そう?」


 カーストトップの女子たちは東城を囲むように席に着くと、何事もなかったかのように談笑を始めた。


 一方俺は緊張の糸がほぐれたようにふぅと息を吐くと、三原の方に向き直った。


「あの……助かったよ、ありがとう」

「いいっていいって、あーいうのめんどくさいよな。ぐー……」


 先程まで鋭い視線を飛ばしていた三原はどこへやら、いつものように机に突っ伏して秒で寝始めた。


(本当に自由人みたいなやつだな……)


 三原は俺と同じでいつも教室の隅で寝ている。たまに起きたかと思えばフラフラといなくなり、また帰ってきては寝るの繰り返し。


 それでいてテストではいつも高得点を叩き出してる。どこで勉強してるのか、そもそも勉強が必要ないほど頭がいいのか。よく分からない人物だ。


 だが、この男のぼっちと俺のぼっちは性質が違う。コイツは孤高で、俺は孤独だ。これには越えられないほどの絶対的な壁がある。


(なんで急に俺の味方をしたんだろ……)


 俺は三原とほとんど会話をしたことがない。それなのに、わざわざクラスのカースト上位にいる女子に反対意見を述べて庇ってくれるなんて思わなかった。


(……まぁ、いっか)


 それから俺は何事もなく今日の授業を終えることができた。


 二階堂は度々俺に怪訝な視線を送っていたが、同じ部活に所属している東城がいる前では大胆な行動が取れないのか、それ以上突っかかってくることは無かった。


 それでも確かな疑念は植え付けられ、クラスメイトが俺に対する不信感を全部取り払ったわけじゃないのは確かだ。


 別に二階堂が行動せずとも、ネット中の噂がここまで広まれば必ず誰かの目には留まっていた。そしてこういう事態になっていたはずだ。


 リアルもネットも問わず、不特定多数からあーでもないこーでもないと好き勝手にほざかれる。


 やってもいないことをやったことにされ、不正、不正とあられもない疑惑を掛けられ続ける日々。


『この渡辺真才ってやつ、学生なのに大会中に不正してたらしいよ』

『渡辺真才の指し手、これどうみても不正だよね』

『渡辺真才、顔がもう不正してそうで草』

『渡辺真才の手を解析してみた結果、AI一致率7割越え。これもう完全に黒だな』

『この渡辺真才って人最低だよね。自分だけ実績欲しくて不正して勝ったらしいよ』


 自分の名前でエゴサを掛ければ、これだけの罵詈雑言が飛んでくる。


 渡辺真才は俺にとって大切な名前だ。両親から貰ったかけがえのない宝物のひとつ。……その名前をこんな形で貶されるなんて思ってもみなかった。


 これは俺が甘かったから起きた問題だ。俺が地区大会で温い戦いを繰り広げたから、誰からも舐められた状態で勝ったから起きてしまった出来事だ。


「……」


 俺は冷酷な目で彼らを見下ろす。


 無造作に書き込まれた、なんの重みもない軽薄なコメントたちをスクロールして伝っていき、それが最後まで届いた辺りでページを切り替える。


「……」


 もしこの場を誰かに見られていたら引かれていただろう。それほど今の俺は、虫でも見るかのような顔をしていた。


 いや、実際に虫を見ていただけだ。


 多くの虫だ。


 そうして俺はSNSの自滅帝のページを開き、禁忌となる一手を呟いた。




 @zimetutei28

 13日後、とある大会に出ます。


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