第五話 自滅帝、怪訝な表情を向けられながらも入部を果たす
緊迫した空気の中、俺は唖然とした表情を浮かべる部員たちに囲まれて駒を片付けていた。
「それにしてもあの東城先輩をイチコロとは、ミカドっちってば鬼畜ぅ~!」
からかうように語尾を伸ばした葵が肘で俺の肩をグリグリしてくる。
「葵君、君の目から見てこの試合はどうだった?」
俺の後ろで腕を組みながらドン! と仁王立ちしている武林先輩が葵にそう問いかける。
ここ将棋部なのに、部長だけどう見ても体育会系なんだよな……
「うーん。戦型は古き良き相矢倉、戦い方は俊敏で豪胆、なのに見逃しが無くて正確。最後の寄せまできっちり最短手順で王様を詰ましてる。どこからどうみても100点の将棋っすね~」
何やらべた褒めされているみたいで照れる。
自分では結構荒い将棋を指すタイプだと思っていたから、正確と言われると嬉しいな。
「ほう、ではどのくらいの棋力があると見える?」
「一局だけじゃあ分からないっすよー! まぁでも、矢倉24手組は完璧っぽいですし最低でも『初段』はあるんじゃないっすか?」
「「なっ……!」」
葵のセリフを聞いた部員たちは、驚きと嫉妬の感情を含んだ反応を見せ、納得いかない表情で俺の方を見ていた。
なるほど、俺の棋力は大体『初段』くらいなのか。やっぱりネット将棋の棋力とリアルの棋力じゃ大きく差があるな。過剰に慢心しなくてよかった。
「に、入部したばかりで『初段』だなんて聞いたことないですよ!」
「そ、そうです! いくら葵玲奈の形勢判断が正しいからって納得できません!」
部員たちが口々に文句を言うと、葵は呆れたような表情を浮かべる。
そして武林先輩が間に入って場を静めた。
「すまないな渡辺君、彼らにも思う所があるんだ」
「い、いえ。こちらこそ入ったばかりの身で偉そうに、その、すみません」
「そんなことないさ! 入部テストとはいえ、東城君を破ったことは大いに評価されるべきだ。それが仮にたまたま、偶然、マグレだとしても、だ!」
武林先輩は東城と同じく納得のいっていない部員たちに視線を飛ばすと、部員たちはぐっと息を呑んでその場を堪えた。
「さて! 今日はもう遅い。本当は歓迎会でもしたいところだが、うちにはろくな部費もないからな! 渡辺君には悪いが今日は気持ちだけ受け取ってもらおう! 改めて入部おめでとう!」
「あ、ありがとうございます」
肩に手を乗せてうんうんと頷く武林部長と、俺の隣に並んで一人笑顔でパチパチと拍手をする葵。どれだけ耳を澄ましても葵の拍手しか聞こえてこない。
俺は若干の気まずさに悶えながらも、今日は将棋部を後にするのだった。
※
学校の帰り道。俺は近くのコンビニでアイスを買って、それを食べながら適当にスマホで将棋戦争をプレイする。
対戦相手は俺と同じトップランカーに位置する『七段』の猛者。『ライカ』という名前で実況している将棋系Youtuberで、かなりの強敵だ。
しかも戦型は相矢倉模様。さっきの東城との戦いを思い出す内容だった。
「……さすがライカさん。強いな」
こっちはアイスが溶けそうなのも相まってかなり高速で指しているのに、相手も同じくらいの速度で指し返してくる。
このままいけば
俺はさきほどの東城との戦いが個人的にあまり上手くいってなかったのを反省して、速攻を仕掛ける
『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪wwwPart9』
名無しの611
:ライカと当たってて草
名無しの612
:マジ?今?
名無しの613
:>>612 今
名無しの614
:相矢倉やんけ
名無しの615
:指し手はっや
名無しの616
:あれ、分岐した?
名無しの617
:自滅帝の方は急戦矢倉か?
名無しの618
:>>617 令和急戦矢倉じゃね?
名無しの619
:自滅帝の指し手早すぎ
名無しの620
:なんか食ってんの?ってくらい高速で指してるな
名無しの621
:はっや
名無しの622
:寄せもはええwww
名無しの623
:詰みまで一直線じゃん
名無しの624
:読むのはっやwww
名無しの625
:あ、詰んだ
名無しの626
:詰んだな……
名無しの627
:ライカちゃん、撃☆沈
名無しの628
:自滅帝の評価値ずっと右肩上がりで草
名無しの629
:ほんまバケモンやろこいつ
名無しの630
:ライカさん負けた動画UP待ってます!
名無しの631
:帝ちゃん女の子相手でも容赦ないねー
名無しの632
:そういえば今日クラスメイトの女子と指すとか言ってなかった?あれどうなったん?
※
俺が西ヶ崎高校の将棋部に入部してから1日が経った。
朝、俺はいつも通り鬱屈とした気分になりながらもなんとか学校までたどり着く。
友達もいなければ話す相手すらろくにいない。そんな俺にとって学校生活は地獄のようなものだ。
せめて共通の趣味くらいあれば話の話題にも乗っかれるだろうに、残念ながら俺には将棋しかない、将棋以外全く分からない。そしてこのクラスで将棋ができる人はほとんどいない。
唯一将棋ができる東城は俺のことを嫌ってるみたいだし、そもそもカースト値が違い過ぎて覇気だけで失神しそうだ。
そんな俺の憂鬱とした長い一日が今日も始まろうとしていた。
ガラガラと扉を開け、誰の目にも止まらない空気のような歩行で教室の中へと入る。
しかし、異様な雰囲気というか、視線を感じ取った俺は、思わず下を見つめていた視線を上にあげた。
──なぜかクラスメイトたちが、こぞって俺の方に視線を向けていた。
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