第三話 自滅帝、棋力を勘違いされたまま対局に臨む
何やら最近は将棋ブームが来てるらしい。
外の情報をあまり知らない俺でも、ここ最近はネットニュースなどで将棋の情報を目にする機会が増えてきた。
それはここ
聞けば将棋ブームが訪れてから学生たちの間でも将棋に興味を持つようになる者が増えてきており、そこから囲碁将棋部が立ち上がって、そのまま連鎖的に普及して将棋部単体としても独立できるくらいにメンバーが集まったことで今の将棋部が誕生したとのこと。
そんな西ヶ崎高校の将棋部のメンバーは俺を除いて6人、まだ名前はほとんど覚えられていないが、全員リアル大会でも通用するくらいの棋力の持ち主らしい。
そしてうちの西ヶ崎高校はいわゆる西地区に分類されていて、個人戦なら学校の名を背負っていつでも出場できるのだが、団体戦での出場は最大で7人必要らしく、残り1人のメンバーを探していたそうだ。
西地区は県の中でもかなりの強豪に分類されており、うちの高校は強いメンバーが揃っているにも関わらず晩年苦汁を飲まされ続けた立場だそう。
そして、そんな時に現れたのが俺らしいのだが、さすがにこれは荷が重いというかなんというか……。
「はぁ……」
思わずため息を零して部室の端で身を固める。
別に入ると決めたわけじゃないけど、なんか流れ的にそうなってしまった。陰キャ故に勇気をもって断ることもできず……。まぁ興味があったのは事実だし、"約束"もあるから入ろうとは思っていたけどさ。
それにしたって荷が重い……。
今は東城が対局の準備をしていて、俺はそれを待っているという状態だ。
部長である武林先輩は入部テストをさせてもらうとか言っていきなり俺と東城をぶつけさせるし、その東城はめんどくさそうな視線をこっちに向けるし、さっきの発言で周りから怪訝な目で見られてるし、なんかもう帰りたくなってきた。
というか俺、絶対東城に嫌われてるよな……まぁ陰キャだし当然か。
「俺の気持ちを分かってくれるのはここだけだよ……」
そんなことを思いながら一人寂しく掲示板を開き、スマホをポチポチする。
文字という明確な意思疎通が存在するこの場所では、俺の陰キャが発動することはない。他人同士故に着飾った言葉もなく、他人同士故に全てにおいて他人事。口を開いても容姿や顔で判断されないのは思いのほか救われる。
すると、そんな俺を見かねた一人のボーイッシュな女子生徒が話しかけてきた。
「やぁ」
ショートボブにちょっと着崩したスタイルのやんちゃな女の子、確か一つ下の後輩の
武林先輩の話だと、うちの部の中でも東城に続いて2番目に強いらしい。
そんな葵は俺の肩に両手を乗せて顔を近づけてくる。
「いやー、それにしても凄いっすねミカドっち。あの東城先輩相手に『九段』なんてハッタリかますなんて」
え、なに、なんで急に距離詰めてきたのこの子。怖い。てかミカドっちなんて呼ばれ方したの初めてなんだけど。
「いや、別にあれはハッタリのつもりじゃ……」
「あははっ、ミカドっちは面白いっすねー!」
話聞けよ。
「でもミカドっち気を付けた方がいいっすよ。東城先輩めっちゃおっかないっすから。アオイが初めてこの部に入った時も容赦なく叩きつぶしてきたんすよ! 怖くないっすか?」
うん、怖い。助けて。逃げたい。あと顔近い。
「ま、まぁ俺『九段』だし? 多分なんとかなるよ」
なんでここで急に見栄張ってんだよ俺。恐怖のあまりおかしくなってるわ。なんか失言しまくってるわ。誰かこの口止めて……。
「にゃはははっ! ミカドっちやっぱ面白いっすね!! アオイ気に入りました! アオイはミカドっちを応援するっすよ!」
「あ、ありがとう……」
「うんうん! よしよし!」
いや、どさくさに紛れて頭撫でるのやめてくれないかな。なんなのこの子、すっごい個性的なんだけど。
あとすごい恥ずかしい……。
「ちょっと、イチャイチャするなら他所でやってくれる?」
「あ、ごめん……」
「東城先輩だー! 逃げろー!」
葵は東城の顔を見るなり一目散に部室の端へと逃げていった。
「……準備できたわよ」
一方、そんな葵をスルーして準備を終えた東城は、長机の上に盤と駒箱を置いて席に着く。
部室には俺を含めて7人の部員がおり、その大半が盤面を挟んで対面にいる俺と東城を興味深そうに眺めていた。
「うちの部長は寛容な性格だからどんな結果であれアンタの入部を認めるでしょうけど、アタシは最低でも『5級』はないと認めないからね?」
そんなことを言い放つ東城。
いや、だから俺『九段』なんだけど……。
「……?」
「なによ?」
駒箱を開けて将棋盤に駒を並べ始める東城。
しかし、俺はそんな東城をみて違和感を覚えた。
「えっと、
「はぁ?」
俺の言葉に東城は呆れを示した。
平手──それはいわゆるハンデ無しのことだ。俺はてっきり平手で東城と戦うものだと思っていた。
しかし、東城は自分の陣地の『王』『金』『歩』を残して全ての駒を取り払ってしまう。
「初心者相手なんだから"八枚落ち"に決まってるでしょ?」
「え……?」
さすがに驚きの声が漏れてしまった。
八枚落ちとはその名の如く、駒を八枚落とした状態から将棋を始めることを意味する。
最強の駒である『飛車』と『角行』、それから『香車』『桂馬』『銀将』と両端から順に2枚ずつ落としていけば金しか残らない八枚落ちの完成だ。
だが、それはあまりにも大きすぎるハンデだった。
「いや、さすがに八枚落ちなら圧勝するけど……」
思わずそんな言葉を漏らしてしまった。
とはいえその言葉に嘘偽りはない、八枚落ちならどんな相手だとしても負けることはないと思う。以前プロ棋士を破った最強AIと八枚落ちを遊び感覚で指したことがあるが、ものの数分で勝った記憶がある。
そもそも八枚落ち自体に必勝法が存在しているのだから、それを暗記してしまえば理論的に勝てる仕組みだ。
「自分の級を『九段』なんて偽ってるような初心者なんだから、八枚落ちで十分でしょ?」
嘲笑うように東城はそう言った。
俺は訂正する勇気もなく、東城の言葉に従うしかなかった。
「べ、別にいいけど……東城さんの実力が知れないのは残念だな……」
「は?」
「いや、八枚落ちなら定跡通り進行すれば多分1分も掛からず終わっちゃうと思うし、それだと東城さん全力だせないから……」
俺は心の底から、本心でそう言った。悪意があったわけじゃない。
すると東城はプルプルと震え出し、駒箱に戻していた自分の小駒たちを盤上に叩きつけた。
「……あぁそう、なら平手でやりましょ」
「と、東城君!」
「部長は引っ込んでて。これはアタシとコイツの戦いなの。まぁ平手でアタシに勝てるのなんてこの学校にはいないでしょうけど、アタシがどのくらい強いのか教えてあげる必要がありそうだからね」
「東城君……」
も、もしかして地雷踏んだ? なんかめっちゃ怒ってるんだけど……、こ、怖い。
それにこの圧倒的な自信、やっぱり俺なんかじゃ太刀打ちできないくらいの棋力を持っていそうだ。もしかしたら奨励会有段者レベルなのかもしれない。
負けたら何言われるか分からないし、ここは気を抜かず全力で戦おう……!
「それじゃあ、覚悟はいいわね?」
「う、うん……」
対局──。
「「お願いします──!」」
──開始だ。
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