第二話 初心者(九段)が入部するようです

 退屈な高校生活の穴埋めをしたかったのか、過去の夢に未練があったのか、どちらにしろ深層心理は定かではない。

 とにかくこの時の俺は、気づいたら将棋部の扉を開けていた。


「し、失礼しまーす……」


 今にも消え入りそうなか細い声でそう言いながら部室の扉を開ける。

 てっきり和風チックな内装を想定していた俺の視界に飛び込んできたのは、将棋盤を置く長机とそれらを囲って椅子に腰掛けながら対局している部員たち。しかも数人はパソコンと向き合って駒にすら触れていない。


 そういえば今はAIの時代。畳の上で互いに考察するより、パソコンと向き合って情報を集めた方が有意義というわけか。何とも最先端の将棋とはすごいものだな……。


 そんな思ったより本格的な部室に呆けていた俺の前に、一人のガタイのでかい男が話しかけてきた。


「おっ、入部希望者かね?」

「えーと、まぁ……見学だけ……」

「そうかそうか! ちょうど一人足りなかったんだ! 助かるよ!」

「いや見学だけっす……」

「おーい! お前らー! 貴重な新入部員だぞー!!」


 話聞けよ。


「あら、確かアンタうちのクラスの……」


 そう言って奥の席から立ち上がったのは、同じクラスの東城美香とうじょうみかだった。


 文武両道、才色兼備、加えて男子たちからモテまくるカーストトップのクラスメイト。まさに俺とは正反対の世界に生きる女だ。

 こうして相見えることなんてないと思ってたけど、スポーツ以外に将棋もできるのかよ……。


「今日から入ることになった、えーと、名前を教えてくれるか?」

「あっ、渡辺真才です」

「渡辺くんだ! 部員一同歓迎しよう! 因みにオレは部長の武林たけばやしつとむだ! よろしくなっ!!」

「まだ入るとは決めてないです、よろしくお願いします……」


 このガタイのでかい武林先輩は俺の話全く聞いてくれないな……。


「はぁ……よりによってこんな男が最後のメンバーだなんてね」


 パチパチと適当な拍手が飛び交う中、東城だけは嫌そうな顔をしながらため息をついていた。


「アンタ、将棋の経験は?」

「えっ、ま、まぁ少しは……」

「級は持ってるの?」

「級……?」

「免状のことよ。アンタ何にも知らないの……?」


 いや、免状じゃなくて"級"という単語に疑問を持っただけなんだが、まぁ言い返せるほど強く出れないのが陰キャの特性だ。


 俺は東城の質問に正直に答えた。


「め、免状は持ってないけど……」

「え? それじゃあ道場とか通ったことないわけ?」

「道場は子供の頃に少しだけ……」

「そこでの級は?」

「えーと、8級、だったかな……」

「……はぁ、完全に初心者じゃない」


 俺の回答に東城は呆れ声を加速させていき、やがて目線すら合わせてくれなくなった。


「渡辺君! 将棋アプリとかはやっているかな?」

「あ、はい。"将棋戦争"ってアプリを一応やってます」


 "将棋戦争"は一般的な将棋アプリのひとつ。シンプルな構造と対戦システムで将棋指しの中でも最も人口が多いスマホアプリだ。


「ほう! ではそこでの棋力を教えてもらえるかな!」


 武林先輩が期待を込めた目でこちらを見てくる。

 たかがアプリの実力なんて伝えても何の意味もないと思うんだが、それでも俺は正直にこう答えた。


「えと……一応『九段』です」

「は??」

「え?」


 その言葉を放った瞬間、部室の中が凍り付いたように静寂となった。




『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪wwwPart9』


 zimetu260

 :今日勇気出して将棋部に入ったんだけど


 名無しの261

 :あ、いる


 名無しの262

 :自滅帝おるやん


 名無しの263

 :>>260 自滅帝学生ってマ?ww


 名無しの264

 :>>263 周知の事実だぞ


 zimetu265

 :なんかアプリやってるかって聞かれたから、将棋戦争『九段』ですって答えたら冷めた目で見られた


 名無しの266

 :>>265 草


 名無しの267

 :>>265 草


 名無しの268

 :>>265 当然やろがい!


 名無しの269

 :>>265 信じてもらえてなさそう


 zimetu270

 :部員にカースト上位女子のクラスメイトいてめっちゃ気まずい。しかも部のエース


 名無しの271

 :>>270 kwsk


 名無しの272

 :>>270 うらやま


 名無しの273

 :>>270 もっと詳しく長文でレスしろよぉ!!


 名無しの274

 :>>270 絶対可愛い奴やんそれ


 zimetu275

 :このあと入部テストも兼ねて、そのエースの子と対局することになった。かなり強そうだから勝てるか分からんけど、全力で挑んでくる


 名無しの276

 :>>275 あっ


 名無しの277

 :>>275 あっ


 名無しの278

 :>>275 あ


 名無しの279

 :>>275 ちゃんと手加減はするんだぞ?


 名無しの280

 :>>275 相手の棋力確認した?


 名無しの281

 :>>275 あー


 名無しの282

 :>>275 もういないやんけ


 名無しの283

 :>>275 あーあ


 名無しの284

 :>>275 日本一の自覚あるのかオメー!


 名無しの285

 :ネット将棋だからって自分のこと過小評価してる節あるよな自滅帝


 名無しの286

 :>>275 これはアカン


 名無しの287

 :今北産業、何事


 名無しの288

 :>>287 自滅帝 リアルで動く 部潰れる


 名無しの289

 :>>288 理解した。やっちまったな帝ちゃん


 名無しの290

 :これでまた自滅帝の連勝数が伸びたな

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る