第3話 魔法の時間

「ちゃんと約束通り来たようね」


 彼女はいつもの漆黒のゴスロリの服に身を包みながら、頬杖をついて怪しく笑みを浮かべていた。


 約束通りというか、あなたがそうさせたのでしょうに。

 翌週も第二夫人の屋敷の社交パーティーに家族そろって参加いたしました。いえ、参加せざる得ない状況であったと言うのが正しいでしょう。私が次回の社交パーティーに参加するようにお母様に進言しようとしたところ、第二夫人の方からお誘いの手紙を受けたということを耳にしました。


 第二夫人とは我が家と直接顔合わせしているわけでもなく、パーティーは今回が初めて。何方が差し出したかは不明とのことですが、直感で彼女であると理解しました。是が非でも私を連れてくるように外堀を埋めに来たのでしょう。

 お母様はその場でクルクル一人踊っていましたが、私のせいで家が没落するかしないかの天秤にかけられているとはとても言える雰囲気ではありませんでした。


 そして、当日。私は彼女との約束通りに、お母様の眼を盗んでパーティーホールから抜け出して、彼女のいる庭園にやってきたのです。


 テーブルに座ると、彼女は手を後ろにやって私の周りをその場でグルグルと回り始めました。それは何の儀式なのでしょうか。


「まず勘違いを捨てることから。魔法はその力を持っていることで優位に立てるわけではない。使いこなす訓練と忍耐力と復習を延々とすることで、力をつけれる」

「はい」

「というわけでまずは」


 ドスンと音を立てて私の前に分厚い本の束が落とされました。


「算数の勉強から」

「魔法の勉強の間違いでは」

「まずは集中力と論理的思考力を身につけること。集中力がないと魔法を形にできないし、聖女が四則演算もできないと面目が立たないでしょ。解き方は私が適時教えるから」


 本を開くと、時計に刻まれている文字が横一列になって並んでいた。間には知らない記号もあり、何もわからない。


「これは足し算。数はわかる?」

「はい、時計と暦だけは覚えるようにと言われてましたので」

「では時計を使って説明するね。一+一。一時にもう一回一時を増やす、すると二時になる。後は同じように増やしていくの。一+二は三という具合に」

「この一と三は何ですか」

「十三。十二の次の数字。この一は次に二に変わると二十という十がもう一つ増える数になる」


 一つ一つの問題を彼女は丁寧に教えてくれた。一枚目が終わると次は引き算。次は二つの問題を組み合わせた問題までも出てきた。今まで言葉でしか聞いたことのない四則演算という問題は、一問一問解くごとに頭がだんだんと重くなり始めた。彼女が魔法で鉛でも乗せているかのようだ。ついには頭が風邪でもひいたかのように熱くなり始めた。


「頭使いすぎて知恵熱出たみたいね。はい、ハーブティーとクッキーよ。頭を使うと脳内の栄養が減ってしまうから、休息は必須よ。甘いものは減った栄養を補給できるから」


 彼女が出してくれたハーブティーを口にすると、すっと重かった頭が引いていく。このクッキーも甘さとサクサクした食感が楽しくいくつでも食べられる。と調子に乗ってしまいお腹が膨れて、巻いていたコルセットに締め付けられる。せっかくのお菓子だけどこれ以上お腹が膨れたら苦しくなってしまうと、二つ程度で止めた。


「もういいの?」

「私小食なので」

「じゃあ、次は国語。といっても本を読むだけどね。『花騎士姫』有名な童話だけどこれを」

「ごめんなさい。この本知らないです」

「ほんと?」


 彼女は信じられないという顔で驚いていた。


「ごめんなさい、物を知らなくて」

「もういいわ。今後もの知らないことで謝るの禁止、まったくとんだ家ね。教養なしに社交界に顔を出させるなんて」


 彼女の毒吐きはもう慣れてきたが、家のことを言われるとムッとなった。お父様は必死に社交界に食らいつくために、家の資金をがんばって切り詰めているというのに。

 本の内容は、男装したお姫様が妖精と共に困っている人を助ける冒険譚の話だ。時折「この時の主人公が思っていることは」などどんな心情であったかという質問を投げた。

 読むだけならまだしも、本の作者でもあるまいし、その人の考えなんて分かるわけない。けど答えないと細かい部分にまで質問されて、非常に頭を使わせた。こんなことをして、本当に魔法の練習になるのだろうか。


「はい、今日はここまで」


 本が片づけられると、私は拍子抜けしてしまった。魔法の練習もするのだろうと思っていたのが、まさか勉強しただけで終わりだなんて。


「これで終わりですか」

「そうよ。ハーブティー温めなおすから待ってて」

「本当にこんなことで、魔法を使えるようになるのですか。まったく関係ないことばかり覚えても意味がないのでは」

「前と同じように手を出しなさい」


 先週と同じく掌を開く。けど、昨日と違い彼女は何もしてこない。


「私がしたのと同じようにしてみなさい。手に力を籠めるように球体のイメージをして」


 自分の掌に右手の指で円を描いて、頭の中に丸のイメージを思い浮かべる。すると掌から半球が顔を出した。前の時と違い、ほぼ白に近い青色だ。出てきた球体をすべて出そうとするが、それ以上は出ることができなかった。掌に力を籠めると頭だけしか出てなかった球体が、半分くらいまででてきた。しかしそれ以上は手ジクジクと擦り傷ができた時みたいな痛みが襲ってくる。


「いった~」


 痛みに耐えきれず力が抜けると、魔力の球体は掌の中に引っ込んでしまった。


「出せませんでした。これと勉強の何の関係が」

「魔法を操るには集中力が必須。集中力が切れると痛みが伴うの。あなた今日何時間勉強したと思う?」

「えっと、二時間ぐらいですか」

「いいえ、三十分。最初の算数が十分、国語が二十分ぐらいね。つまりそれだけしか集中力が保てないってこと。聖女になるなら何時間も魔法を保たないといけないの、しかもそれを自由自在に形を変える想像力。想像力は知ることが大事。もしかして、魔法があるから魔法の勉強だけすればいいって考えてなかった?」

「うっ」

「そんなに甘くないわよ。聖女の道は、どんなに素質があっても国家の大事にかかわるのだから、それに見合う知識教養は必須よ。さあハーブティーができたわ」


 お母様はいつも楽にお金や地位が手に入らないのかしらって悩んでいたから、この力魔法ですぐに家の役に立てると思っていたのに、途方もない道のりだと気落ちしてしまった。沸かしたての黄色いハーブティーをいただく。が、さっき胃に入れたハーブティーとクッキーがまだ残っていたのか、少しハーブティーが入っただけでお腹がコルセットにつっかえてしまった。


「どうしたの? すぐ」

「もうお腹いっぱいで」

「……ちょっと立ちなさい」


 彼女が私の後ろに回ると、背中に手があてがわれる。すると、締め付けられたコルセット拘束具が外れて、肺やお腹が急に楽になった。


「これでまだお腹入るでしょ」


 ふふっと彼女は小さく笑みを浮かべる。なんでクッキー食べたいってことがわかったのだろう。まさか。


「もしかして、透視か思考を読み取って」

「あんた分かりやすいっての、最初の時も目が物欲しそうにしてたし。ほら、いっぱい食べな、このクッキーいつも貰っているからいくらでもお代わりはあるから」


 ケラケラと彼女が笑う。小バカにした笑いだけど、いつもの冷たい皮肉屋めいたものは消えて、子供っぽいかわいらしさが溢れていた。改めてクッキーをほおばると、あっという間に全部食べてしまった。彼女の言葉に甘え、お代わりももらって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無学な私が女装王子に秘められた才能を見出されるまで チクチクネズミ @tikutikumouse

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ