第5話 いつまでも離さない

「初めまして。お姉ちゃん…伊宮いみやひめの妹の乃々花ののかです」


「あら~、初めまして~!!私はしおりの妹の麗香うらかで~す!前に写真で見せてもらった時よりずっとかわい~!!」


「そ、そうですかね」


「ちょっと待ってね~!写真撮らせて~!待ってね待ってね、カメラカメラ~…あ~!家に置いてきちゃったかも!」


「麗香さん、スマホで撮れますよ」


「あ~そうじゃん!すっかりだった~。賢いね~プリンセスちゃんは~!」


 この前とは別のカフェテリアで待ち合わせたお姉ちゃんの浮気相手(仮)。


 私のお母さんである栞さんの妹の麗香さん、つまりは私の叔母さんに当たる人と初めて会った印象は今の所、思っていたより重度な感じの頭お花畑と言った感じで、何と言うか距離感の近い変人だった。


 私に人見知りさせる暇すら与えず、ひたすらハイテンションでやかましいが、しかし、不思議と不快さはない。


 どことなく雰囲気が栞さんと似ているからかもしれない。


 私はどう接したらいいのか分からず固まっているが、お姉ちゃんはやや呆れ顔で「はいはい」と応じている。


 本当に接し方が栞さんに対するものとそっくり。


「ほら~、二人共もっと寄って寄って!」


 何故か私とお姉ちゃんとで二人並んで、麗香さんに写真を撮られることになっていた。


 というか、もうほとんどくっつくくらい近いのに、これ以上どう寄れと言うのか。


「もっともっと、ハグまでしちゃって~!」


「え。え!?」


「乃々花、あの人言い出したら聞かないから、ハグしよっか」


「う、うん。お姉ちゃんがいいなら」


 正直人前で恥ずかしいが、お姉ちゃんとハグすることに関しては寧ろ大歓迎だし。


 両手を広げたお姉ちゃんの腕の中にすっぽりと収まる私。


 いつも通り居心地が良くて、背中に手を回され、頭を撫でられると気持ち良すぎて脳が蕩けそうになってしまう。


 あれ?私ってここに何しに来たんだっけ?


 なんて思っている内にシャッター音が聞こえた。


「よーし、いいの撮れた!じゃあ次は私と乃々花ちゃんで撮ろ~!プリンセスちゃんがカメラマンやって~!」


「いいですけど、普通に姫ちゃんって呼んでください。恥ずかしいって何回も言ってるのに」


「え~!いいじゃん別に~!可愛いよねぇ!プリンセスちゃんって言葉の響き!ね~乃々花ちゃ~ん」


 そう言いながら麗香さんは真っすぐ私に抱き着こうと近付いてくる。


 お姉ちゃんにもこういう感じで抱き着いてたのかなと思いつつ、お姉ちゃんにではなく自分にならいいかと受け入れ体勢に入ったが、結局麗香さんにハグされるには至らなかった。


 何故なら、お姉ちゃんが麗香さんよりも早く私を抱き締めていたから。


「お、お姉ちゃん?」


 お姉ちゃんの胸に顔を埋められて、少し苦しい。


 何とか顔を上げて見ると、今までに見たことのないような鋭い眼光を放つかっこいい顔をしたお姉ちゃんがそこにはいた。


 お姉ちゃんは我に返ったのか焦ったように私から離れ、


「あ、あれ?ご、ごめんなさい!なんかつい体が動いちゃって…」


 一瞬だけ辺りが静まり返ったような重い空気が流れたが、パシャっとまた麗香さんに一枚撮られる。


「おー、なるほどねー」


 とにこにこ笑いながら、カフェオレのお代わりをする。


 この人の真意が今一読み取れなくて、それが逆に恐ろしくて、私は色々と段階をすっ飛ばして、口を開いてしまう。


「あ、あのっ!お姉ちゃんに、軽々しくキスとかハグとかしないでください!!わ、私の彼女なので!!」


 急にこんなことを言って、普通なら絶対失礼なのに、麗香さんは口角をにやりと上げて。


「さては見てたなー?」


 言いながら私の方へ近寄り、


「あ痛っ!」


 でこぴんを食らわされた。


 痛がる私にケラケラ笑いながら、


「ちゃんと守れよ~」


 と真剣なのか冗談なのかよく分からない表情で私とお姉ちゃんを交互に見やり、私達はただ頷くことしか出来なかった。


 それ以降は何だかよく分からない会話をして、気付けば時間が経っていて、麗香さんは仕事があるとか何とか嵐のように去って行った。


 カフェからの帰り道、私たちはしばらく無言で歩いていたが、お姉ちゃんが不意に口を開いた。


「麗香さん、お母さんみたいだったでしょ?」


「…うん。でも、それでも、お姉ちゃん。軽々しく抱き着かれたりしないで、欲しい。キスも、挨拶でも絶対駄目だから」


 私がしっかりと目を合わせてそう告げると、お姉ちゃんは頬を真っ赤に染めながら、


「わ、分かりました…」


 と、言ってくれた。


 結局、麗香さんは全然浮気相手じゃなかったし、お姉ちゃんが私以外眼中にないって言うのが分かって、私はもうすっかり満足していた。


 どちらからともなく手を繋いで、前に買えなかったアイスも買って、もうすぐ家に着くと言う所で私はお姉ちゃんに伝えた。


「お姉ちゃん、大好きだよ。ずっとずっと、いつまでも、大好きだから…お姉ちゃんも、私のこと、好きでいて?」


「うん。一生好きでいるから覚悟してね」


「お姉ちゃ―――んっ」


 不意に唇を塞がれて、倒れそうになったが背中を支えられて、お姉ちゃんに身を任せる形になる。


 外だと言うのに情熱的なキスをされて、私はもうすっかり蕩けてしまい、唇が離される頃には夏場に放置されたアイスのようにとろとろに溶けてしまっていた。


 そんな私にお姉ちゃんは不敵な笑みを浮かべる。


「離さないからね」

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ツンツンしていた妹が一日で落ちた話 甘照 @ama-teras

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