第6話 先輩、小鳥なんですか?
『場所取り完了しました! 本日、十三日(金)花火大会は七時からです。今日はジョンソンの日だからみんな気をつけてきてください』
着信のあったスマホをひらくと彼女から誤送信したと思われるサークル恒例の花火大会の案内メッセージ。
手直しと返信不要を付け足してグループラインに流してから、うっかりな彼女にラインを返す。これでたぬき彼女とゆっくりラインのやり取りを楽しめる。
『俺の個人ラインに間違えて送ってます(笑)サークルのラインに送り直しました』
『間違えて送っちゃった。忙しいのにみんなに送ってくれて、ありがとう』
ハートを抱きしめるたぬきに先輩を重ねてしまい、口もとがゆるむ。
このたぬきとキツネのスタンプシリーズは先輩のお気に入りで、ついつい俺もこのたぬきとキツネシリーズのスポーツ編を買ってしまった。たぬきは癒される。
サッカー部の後輩達が夏の大会を勝ち進み、今日は地元で応援するためサークルの行事は不参加だけど、明日は二人で花火を見に行く。
サッカーといえば、みんなでフットサルするときに俺の好きな海外チームのユニフォームを着せたのがすごく似合っていた。控えめに言って、最高に可愛かった。
『どういたしまして。先輩ってぬけてますよね』
スマホ画面を前に目を瞬いているたぬき彼女を想像したら可愛くてたまらない。
『くせってこわいね』
『それって癖なんですか?』
『うん、きっとそうだよ。これから気をつけるね』
なぜか幽霊に化けたたぬきと、かき氷を堪能するたぬきスタンプが画面に表示される。
怖いの連想ゲームをした結果ひんやりしているスタンプを二個選んだらしい。
これ、きっといつ送るのかわからないスタンプの正解を見つけたと喜んでるんだろうな。こういうところ癒される。好きだ。
それに俺に送るのが癖ってなんだよ……。
たぬき彼女、無自覚にこういうの送ってくるんだよなあ。いちいち反応がかわいすぎる。
サッカー部の友達に会う前にこの顔のゆるみが取れますように。
◇◇◇
サッカー部の奴らとラインのやりとりをした後、サークルラインのアルバムに次々追加される花火大会の写真にたぬき先輩を探してしまう。
黄色の電球ソーダを笑顔で持つたぬき先輩に反応してしまった。
たぬき彼女は、最近キツネ色を見ると選んじゃうんだあと癖のはなしをしていた。黄色はきつね色で選ぶとか、彼女の癖がいちいち可愛い。マイナスイオンの発生地かパワースポットかもしれない。わりと本気でそう思っている。
駅に到着してたぬき彼女が現れるのを待つ。
――浴衣、かわいい、浴衣、色っぽい、浴衣……
「浴衣……いいですね」
たっぷり見惚れてから本音が出た。
いやいや、もっと褒め言葉があるだろうと冷静な突っ込みを入れる自分もいるが語彙力が消え失せている。
はにかんだたぬき彼女が嬉しそうに小走りしてきて腕を絡ませて潤んだ瞳で見上げてくるんだが、なんだこれ、可愛すぎて、なんだこれ。なんだこれ。
夢かもしれないともう一度ゆっくり見ると、もっとぴったりくっつくとか、なんだこれ、可愛すぎか。
一瞬で色々と悩んだ結果、恋人つなぎで花火大会の会場まで歩いていくことにした。まわりの男達の視線がたぬき彼女に集まっていく。本人は気づいてないけど、まあ振り返るよな、俺ならこんな美人が浴衣着ていたら振り返る。
この祭りは屋台が充実していて匂いが漂ってくると、たぬき彼女がキョロキョロし始める。小鳥みたいな動きがかわいいけれど迷子にならないようにしっかり手をにぎれば、彼女が嬉しそうに見上げて笑みを浮かべる。だから、可愛すぎか。
「あっ、苺けずり食べたい」
「旨そうですね。じゃあ俺は電球ソーダとたこ焼き買います」
苺けずりの屋台で急に眉が下がるたぬき彼女の視線の先に『桃けずり』の文字。
優柔不断のたぬき先輩が小鳥みたいに苺と桃を交互に見て悩んだ末に、来年は桃けずりを買おう? と小首をかしげて放った言葉はきっと無意識なんだろうな。当たり前にされる少し未来の約束。
嬉しそうに苺けずりを食べるたぬき先輩にサッカーの試合を夢中で話してしまう。たぬき先輩は聞き上手でついつい語りすぎたと気づいた途端に、なぜか髪をなでられる。
「キツネなのにワンコみたいだねえ」
ほわわあと話すたぬき彼女。ワンコってなんだ?
「それ、褒めてます?」
「うん、好き」
たぬき彼女がパイナップル味の電球ソーダを飲む。それは俺のソーダなわけで。だめだ、好きが刺さってる。
「ねえねえ、高校生のころの写真見せて」
間接キスを意識するなんて中学生かよ、と思うのに好きなたぬき彼女の口をつけた電球ソーダに喉がごくりと鳴ったのを気づかれないように一気に飲む。間接キスはパイナップル味……俺、どうかしてる。
「――交換ならいいですよ」
冷たいソーダに頭が少しだけ冷えて、先ほどの質問の答えをようやく口にすると彼女は嬉しそうにスマホをスクロールし始めた。俺が一人で写ってる写真なんて大してない。
「友達に撮られたのしかないですけど、どうぞ」
「友達にかわいく撮ってもらったの」
スマホを交換して息を呑む。
今より幼いたぬき先輩の制服姿が想像以上に可愛くて美人で胸がざわつく。見なければよかった、なんて思う俺は本当に心が狭い。先輩のすべてが知りたいけど想像したくないことがちらつく……。
「キツネワンコっぽいねえ」
おっとりした口調で高校生の俺にそういう先輩。
俺だけざわついてると思うと悔しくて。
「――たぬきですね」
こんなにどろどろした気持ちが湧くなんて、本当にどうかしてる。
「ありがとう」
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
いや、ちょっと待て、たぬき彼女の様子もおかしくないか?
初めて見る表情……。
ああ、やばい……どろどろしたものが一瞬で消えていく。
「
獲物の小鳥を見つけたキツネみたいに口もとがゆるむ。
「ジョンソンって誰ですか?」
「えっ?」
わざわざ見せたのは、たぬき先輩が昨日みんなに送ったつもりの場所取り完了メッセージ。
「十三日の金曜日なら『ジョンソン』じゃなくて、『
大きな瞳を瞬かせて、俺の言葉を理解した瞬間。
「えっ? んん? あれ? そ、そうなんだ……」
ぶわりと赤く染め上がるたぬき先輩。
過去は変えられないけど、今、となりにいるのは俺。
この可愛すぎてたまらないたぬき彼女をからかっていいのは、今となりにいる俺だけ。
「どうして電球ソーダに隠れるんですか?」
ああ、もういちいち反応が可愛すぎる。
真っ赤に照れてる顔が見たくて電球ソーダを抜き取って。
「花火はじまります」
一緒に花火を見るしあわせを楽しもうと夜空を見上げる。
花火が上がる音より早くシャンプーの匂いが近づいて。
――ドンッ
小鳥彼女のくちびるが頬に当たるのと同時に花火が夜空に咲いた。
「…………え?」
驚きすぎて息がもれた。あれ、今のって……?
「小鳥に化けちゃった」
小首をかしげた小鳥彼女はさえずると花火に視線をうつしたから、小鳥に逃げられないように大切に手をつないだ。
この後、彼女が違う意味で沢山さえずることになった話は俺とかわいい彼女だけの秘密の出来事。
小鳥に化けたかわいい先輩が、羊に化けるのはまた別のおはなしーー。
おしまい
後輩くんは、キツネ顔 楠結衣 @Kusunoki0621
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます