第5話 後輩くんは、ワンコくん

 


『場所取り完了しました! 本日、十三日(金)花火大会は七時からです。今日はジョンソンの日だからみんな気をつけてきてください』



 今日は大学の近くで花火大会がある日。

 毎年十三日と十四日に行われていて、毎年初日にサークルメンバーと花火を見ている。今年はたまたま十三日の金曜日だったから、うきうきした気持ちでサークルのグループラインに飛行機をとばして、場所がわかるように写真も数枚送っていく。


 ぴこん、すぐに返信が届いた。



『俺の個人ラインに間違えて送ってます(笑)サークルのラインに送り直しました』



 あわてて送信先を確認するとキツネ彼氏に送ってしまっていた。


『間違えて送っちゃった。忙しいのにみんなに送ってくれて、ありがとう』


 キツネ後輩くんは母校のサッカー部が夏の大会を勝ち進んでいて応援に行くから今日の花火大会は参加しないけど、明日は二人で花火デートする。

 みんなでフットサルした時に、ワンコみたいにボールを楽しそうに追いかけていたのを思い出したら早く会いたいなあと思ってしまった。


 感謝の気持ちと大好きをいっぱい込めて、ハートを抱きしめるたぬきスタンプをぺたりと貼る。このたぬきとキツネのスタンプシリーズは第三弾まで発売されていて、大好きすぎてついつい買ってしまう。



『どういたしまして。先輩ってぬけてますよね』



 スマホの文字画面なのにニヤリと意地悪そうに笑うキツネ顔の彼氏と目があった気がして、にやけた口もとをとがらせる。

 むむむ、否定しきれないけど認めるのはちょっといやだなと、たたっとタップして飛行機を飛ばす。


『くせってこわいね』



 ゆうれいのまねっこたぬきと、かき氷でキーンとするたぬきのひんやりスタンプをぺたぺた貼り付けた。こわいに掛けたダブルひんやりのひんやりづくし。いつ送るのが正解なのかなあと思っていたけど、思わぬところで正解を見つけてしまった。やったね。


『それって癖なんですか?』

『うん、きっとそうだよ。これから気をつけるね』


 キツネ後輩くんはキツネ彼氏になる前からラインしていて、いつも履歴の上にあるからサークルラインに送るつもりが無意識にキツネさんに送っちゃったんだよね、とスマホに向かって、うんうん、とうなずいた。



 ◇◇◇



 夏特集の浴衣にグッとくる、浴衣デート必勝法、うなじや仕草で彼を悩殺、をいっぱい読み込んだ。

 アイメイクはいつもよりちょっと濃いめ、口もとは薄めに仕上げて、はじめての花火デートに気合いをいれていく。


 涼しい電車の中で、スイスイとスマホの写真をスクロールして昨日のサークルの花火大会の笑いすぎた思い出を振り返っていると駅に到着した。



「浴衣、いいですね」



 つぶやくキツネ彼氏の耳が赤いから、口もとがにやける。

 腕にぎゅうっとしがみついてパチパチまつ毛で見上げるともっと赤くなるのが嬉しくて、すきまがなくなるようにひっついた。


 二人で手をつないで花火会場まで歩いていくと、ずらりと並んだ屋台の匂いにお腹がすいてくる。



「あっ、苺けずり食べたい」

 


 昨日気になった苺けずりの屋台を見つけて反応してしまう。


「旨そうですね。じゃあ俺は電球ソーダとたこ焼き買います」


 土手に座って花火があがるまで、ふわふわに削られた苺にたっぷりのクリームの乗った苺けずりを味わうことにする。桃けずりと悩んだけど、来年買おうと心に決めて初志貫徹の心で苺けずりを選んだら甘くてとっても美味しい。

 サッカーの試合に勝った話をするキツネ後輩くんはやっぱりきらきらしてワンコみたいにキュートで、たこ焼きをほおばるキツネワンコくんが愛おしくてなでなでする。


「キツネなのにワンコみたいだねえ」


 細い目が見開くのが好き。横顔のあごのラインがシュッとしてるのが好き。耳たぶが男っぽいのが好き。格好いいからぜんぶ好き。


「それ、褒めてます?」

「うん、好き――ねえねえ、高校生のころの写真見せて」


 ぴかぴか桃色と黄色に光る電球ソーダ、キツネ色を選んでひと口こくりと飲むとパイナップルの味がする。



「交換ならいいですよ」



 黄色の電球ソーダをひょいと取り返したキツネ彼氏はニヤリと笑って、ごくごく喉仏を動かした。

 男らしい仕草にドキドキしてうなずいた。



「友達に撮られたのしかないですけど、どうぞ」

「友達にかわいく撮ってもらったの」



 せーの、でスマホを交換して目線を落とす。

 今より幼いキツネ後輩くんの姿に胸がキュンキュンする。制服の白シャツがさわやかで、なんだかキツネっぽいのにワンコっぽくて格好いいのにかわいい。


「キツネワンコっぽいねえ」

「たぬきですね」


 高校生でサッカー部のワンコキツネくん。

 目が細くてかわいい。ちょっと斜に構えてるところも好き。髪の毛がさらさら流れてるのも好き。格好いいのにかわいいから好き。サッカー部でやんちゃなモテそうキツネワンコくん――なでなでできないのは好きじゃない。



「――ありがとう」



 スマホの丸いボタンを押して、胸のもやもやと一緒に返す。どうしよう、あれ、これってどうしたらいいのかな……。





 私のスマホ画面から目を離したキツネ後輩くんの細い目が獲物を見つけたみたいに見えて心臓がどきん、と震えた。



「ジョンソンって誰ですか?」

「えっ?」



 ひらひらと見せられたのは、昨日みんなに送ったつもりでキツネ後輩くんに送った場所取り完了メッセージ。



「十三日の金曜日なら『ジョンソン』じゃなくて、『』です。どこのアメリカ人なのかと思いました――みんなに送らなくてよかったですね」



 目を細めて告げられた誤字の指摘。


「えっ? んん? あれ? そ、そうなんだ……」


 ジョンソンとジェイソン……。

 似てるけど全然ちがうよね……。たしかにジェイソンだったような気もするし、ジョンソンさんもアメリカ人と言われると陽気な名前にしか思えない。どうしよう、すごく恥ずかしい……。もやもやなんて霞むくらいに恥ずかしい。


 うう……。でもキツネ後輩くんがジョンソンのところを消してラインしてくれたから、みんなに送らなくて済んだわけで……。あっ、これ、だめなやつ……きゅんってなっちゃった。どうしよう胸がすっごくどきどきする。細めた瞳の流し目、ワンコじゃないキツネさん、やっぱり格好いい。どうしよう好き……。



「どうして電球ソーダに隠れるんですか?」



 うう……、この真っ赤な顔を桃色の気のせいにしてほしいのに。

 ひょいと電球ソーダは抜き取られてしまう。




「花火はじまります」




 ニヤリと笑ったキツネ彼氏は、目線を夜空に向けて。

 シュッとした横顔、男っぽい喉仏と耳たぶ、さらさらした髪の毛、キツネ彼氏を作るすべてがぜんぶ好き。昔じゃなくて、今のキツネが好き。

 花火が上がる音が聞こえたら、勝手に身体が動いていた。



 ――ドンッ




 花火が夜空に咲いたのが視界の端に見えた。



「…………え?」



 細い目を見開いたびっくりした顔も好き。

 今のキツネくんが好き。ワンコになってもオオカミになっても、みんなみんなぜんぶ好き。

 どうしよう、こんなに好き。ずっととなりにいたいなあ。好きだよ。




「小鳥に化けちゃった」




 恥ずかしくなって、夜空に次々と打ち上げられる花火に視線をうつした。

 この後、ちょっとちがう小鳥になっていっぱいさえずることになったのは、秘密にしてもいいよね……?





 はじめてのやきもちで小鳥に化けちゃった私が、羊に化けるのはまた別のおはなしーー。





 おしまい

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る