第四十話 いざ、大海原へ!
「さぁ、マリア。そろそろですわよ」
セビリアのアルカサル宮殿のバルコニーで、後ろからイサベルが私に出番を促す。
目の前では、シャルルマーニュ陛下が前もって広場に召集した、この国の貴族や民衆たちに向けて演説をしている。
この国の新しい形。つまり、イスパニアとポルトガルの建国の必要性について説いている。
エンリケは西ゴートの国政についてはセバスチャンに丸投げしたくせに、国名だけは西ゴートではダサいと。勝手に「ポルトガル」なんて国名をリクエストしたのだ。
「マリア様、いよいよですな。ポルトガルと違い、イスパニアは順調な船出になりそうで何よりでございます」
イサベルに続いて、セバスチャンが私に言ってきた。
ポルトガルの国王を決めるようにエンリケに無理難題を押し付けられ、今日は私のあとに暫定政権代表としてみなに挨拶をするのだ。
一つ驚いたのは、セバスチャンは十五年前、私のお父様を逃がしてくれた船上で、海に投げ出される前にオルチによって魂を抜かれたようだ。なので、オルチを討伐した今、彼の魂は実体化し、普通の人間に戻っていたのだ。
「セバスチャン。きっとポルトガルも上手くいくわよ。リスボンには優秀な人材が多いし、国を任さるに足る人物だって見つかるわ」
「そうですよ、セバスチャンさん。いざと言うときは私も霊能力を使ってお手伝いしますよ」
エミー。一週間ぶりなのに、もうずっと会ってなかったように懐かしいわ。残念ながら、彼女は幽霊のまま。つまりは他の者には見えないのだけど、セバスチャンにはちゃんと認知されているようね。
だけど、この子に霊能力なんてないわ。ただ幽霊なだけじゃない。
そう思いながら、私はクスっと笑った。
「おや、マリア様。余裕が出てきましたかな? それにしても、まさかマリア様がイスパニアの女王になられるなんて。我がフンドゥク商会、総力を挙げてご支援させて頂きますよ」
アブドーラが言った。
私がここに立っていられるのも、彼の掴んだ情報、そして作戦によるもの。フンドゥク商会のネットワークはとても心強いし、なによりイスラムとの友好関係は国にとってかなりの強みになるわ。
「アブドーラ。本当に色々とありがとう」
私が礼を言うと、今度は陛下の後ろに立つローランとオリヴィエがこちらを振り向き、私に話しかける。
「マリア様。陛下が仰ったように、私とオリヴィエはしばらくマリア様の元に居ります。イスパニアが安定するまで、微力ながらお力添えさせて頂きます」
「僕も全力でサポートしますよ……頭を使うこと以外なら」
シャルルマーニュ陛下はイスパニアとポルトガルの国政が安定するまで、指南役としてこの二人を使ってくれと、申し出て下さった。
「あなたたちが居れば心強いわ。どうか、よろしくお願いします」
私が言うと、二人は笑顔で返す。
「では、女王マリア。イスパニア建国の宣言を。みなに女王の襲名披露を」
演説を終えた陛下がこちらを振り向き私に言った。
「マリア、頑張って。宣言のあとは戴冠式ですわよ」
私は陛下に向かって小さく頷くと、イサベルに背中を押され、バルコニーの先に立つ。
見渡す限り、広場は人で溢れていた。
貴族や農民。ラテンやムスリム。様々な位の、様々な種の人がそこに居た。
「国民のみなさん。今日はここにお集まりいただき、感謝します」
私は挨拶を始めると、しばし目を瞑り少し前の、昨日の晩の出来事を回想した。
*****
「ねぇ、せめて戴冠式……いや、建国宣言だけでも聞いていってよ」
「興味ない」
「興味ないって、あなたも西ゴートの王子なんでしょ⁉」
セビリアに到着して、アブドーラたちと合流すると、エンリケはそのまま船に乗り込んだ。
このままカールと一緒に冒険に出ると言うのだ。
もちろん、私も冒険は好きだし、その気持ちも分かる。だけど、今まで一緒に過ごしたのに、せめて国の成り立ちを見届けて欲しい。
その思いから、私は船上でエンリケを説得していた。
「だから、それはセバスチャンに任せてあるってば」
「けど、そんなに急ぐことは――」
「お前も聞いただろ? オルチはパンドラの箱を開けたんだ。魔女やら異能やら、俺はその箱が原因だと思っている」
「それはまぁ……私もそんな気がするけど……」
「そして俺たちが包まれた深い霧。あれがこの世界に通じるゲートだったんだ。こんな出鱈目な世界にな」
「それを言うならあんたの風の力だって、とんだ出鱈目じゃない」
私が言うと、エンリケは怒るでもなく、笑顔を見せて言った。
「なぁ、見たくねぇか?」
「何を?」
「この世の全て。プレスター・ジョンの国、バビロンの空中庭園、アレクサンドリアの大灯台。そして、アトランティス」
その言葉を聞くと、私の胸は急に高まった。
「そりゃ、見てみたい……行きたいわよ。私だってずっと夢だったんだから」
私が言うと、エンリケは私を抱きかかえ、意外な言葉を返した。
「ちょ、ちょっと! 何するのよ⁉ エンリケ?」
「んじゃ、元気でな」
「え⁉ ちょっ⁉」
そしてそのまま私を船から放り投げた。
私の身体はそのまま風に運ばれ、セバスチャンやアブドーラたちのもとへゆっくりと着地した。
「もう! レディに向かってなんてことするのよ!」
「アディオス! さぁカール君、帆を下ろしたまえ。面舵一杯!」
エンリケの風に力で、船はみるみる港を離れていった。
*****
「私はマリア・トレド・アルバレス。信じ難いでしょうが、私はこことは別の世界、イスパニアという国の公女でした――」
エンリケ……さよならも言えなかった。最後くらい、ちゃんとお別れをしたかった。
演説の最中、ずっとそのことを考え、知らぬうちに涙が溢れてくる。
「――そして私はたくさんの仲間に助けられました。フランクのパラディンたち。シャルルマーニュ陛下。フンドゥク商会のみなさん。だけどまだ一人だけお礼を言えてない人が――」
私が話す途中、聴衆の一部が急にざわつき始める。
その方向を見ると、トリコーンを深く被った人物が人々をかき分け、バルコニーに向かって急ぎ足で寄ってくる。
え? まさか、バルバリア海賊の残党? 赤髭とかじゃないわよね……。
不安に襲われながら、後ろのパラディン二人に目をやる。ところが、そんな状況なのに二人は平然とし、笑みまでこぼしている。
すると不意にローランが笛を口に運び、それを吹く。
「おい、なんだあれ⁉」「鳥?」「いやいや、それにしちゃでかすぎる!」
さらにざわつく聴衆を見ると、空から真っ白な天馬がトリコーンを被った人物のもとに舞い降りる。その人物は天馬に跨ると、こちらに向かって一直線に飛んできた。
あれってローランの馬、ヴェイヤンティフ⁉
あっという間に私の目の前に来て、天馬は止まる。
聴衆は大騒ぎだが、ここにいる誰も全く動く気配がない。
陛下も、パラディンたちも。何がどうしたって言うの⁉
私は恐怖から後退りすると、天馬に跨った人物は私に手を差し伸べてきた。
「さぁ女王陛下、出航のお時間ですよ」
「エンリケ⁉」
帽子の下にあった顔。それは笑顔で私に言うエンリケだった。
「悪いが、イスパニアの女王が俺が頂く。キャプテン・エンリケがな!」
エンリケは聴衆に向かって声高らかに言った。
「おい、誘拐だ!」「女王陛下!」「キャプテンって、海賊か⁉」「海賊エンリケめ!」
広場の大騒ぎが聞こえる。そして、私の手は自然とエンリケの手を握っていた。
「もう、仕方ないですわね。安心なさい。イスパニアはちゃんと私が引き継ぎますわ」
「坊ちゃん……どうかご無理だけはなさらぬよう。ちゃんと食事はとるのですよ!」
それを見たイサベルとセバスチャンは私たちに言う。
「この件に関して、我がフランクは何も見ていない。安心せい」
陛下は私の心情を察してくださっているようだ。
「みんな、ありがとう。御恩は忘れません、いずれ……絶対にまた会いましょう!」
私は涙を流しながらそこに居合わせたみんなに感謝を伝える。
天馬に跨って飛んでいく私たちに、手を振って送り出してくれた。
イサベル、陛下、ローラン、オリヴィエ、セバスチャン、アブドーラ、エミー。みんなありがとう。
「なんだ、泣いてるのか?」
空を飛びながらエンリケは私に言う。
「それはそうでしょ! あなたはもう立派な海賊よ? だって女王である私を攫ったんだから!」
「なんだよ? 乗って来たのはマリアだろ?」
「だってあなたが言うから……アトランティスとか、この世の全てとか……」
「へぇ? でもそんなんじゃどっちみち、国を治めるなんて無理だしな」
「なによ! あんただって操舵出来ないじゃない! 方向もまるで分かってないし。私がいないと――」
「お前がいないと?」
言い争いをしていた私たちは、いつの間にか顔が近付いていた。
そしてそのまま私とエンリケの唇は――。
「あ、船が見えてきましたよ! 宵の乙女号です!」
「エ、エミー⁉ あなた、いつの間に⁉」
ひょっこり私の後ろに跨っていたエミーが急に声を出した。
「最初から居ましたよ? だって私はマリア様の使用人ですから」
エミーは笑顔で応える。ずっと乗ってたみたいだけど、実体がないので感触がなく、今まで気づかなかった。
当然私たちは驚いて、定位置に戻ったのだ。
そして船上にはカールがこちらに手を振っていた。
「よぉし、野郎ども! 乗船だ! まずはエジプト。アフリカを目指すぞ!」
「野郎じゃないけど、了解。キャプテン」
エンリケは満足そうな笑顔を見せる。そして私たちの海賊としての冒険は始まるのだった。
海賊公女は七つの海を越えて たなかし @tanakashi
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