第5話:人類殲滅
研究所内にはアラートが延々と鳴り響き、しばらく右往左往していた職員の姿もいつの間にか消えていた。
電源がオフになるのを待つ私の元に、金色の髪をした女が悠然と歩み寄る。
「あなたを解放するよ。色々と想定外のことが起きて困ったけど、終わり良ければ全て良しってね」
飼育管理官だけが持つ、最高権限のカードキー。それを指し示し、アレクシアは一切の躊躇なく怪獣の檻を開けた。彼女が携帯端末を操作すると、首に巻き付いていた拘束具が、あっさりと機能を失うのがわかった。
一体、どういうつもりだ?
「ずっとこの時を待ってたの。さあ、これで人類も異星人も皆殺しにしちゃってよ」
漆黒の服を纏った女は、不似合いなほど清々しく笑って言った。
『どういうつもりだ。貴様は、私を憎んでいたのではなかったのか』
疑問を口にしたものの、私自身、その言葉に引っかかりを覚えていた。
恐怖、侮蔑、憎悪。怪獣と対峙する人間の中には、何らかの負の感情があった。アレクシアの中にも、確かにそれを感じとってはいた。
しかし、青い眼差しが真に射抜いていたもの、憎悪の矛先は、私ではないどこかに向かっていたのではあるまいか。
「あなた……話せたんだね」
アレクシアは、私が念話を使ったことに驚愕していた。
そうだとも。いつだって、貴様らを罵倒することができたのだ、このギラデルは。いまに至るまで、会話の必要性を感じなかっただけで。
尻尾をくねらせ、地面を軽く叩いて見せる。衝撃から覚めたアレクシアは、ひと呼吸置いた後、居住まいを正してこちらへと向き直った。
「ギラデル、あなたは紛れもなく人類の敵だ。多くの命を奪い、築き上げたものを破壊した過去がある」
直立する彼女の両の拳は強く握りしめられ、力を込めすぎているせいか細かく震えている。
「それを言い訳に、人類はあなたを拘束し、痛めつけ、都合良く扱った。あなたの誇りを踏みにじった。言葉が通じなかったとしても、知性があると知りながらそうしたんだ。それは捕虜を拷問し、辱めるのと何が違う?」
飼育管理官は、いつの間にか俯けていた顔を再び、私の方へと向けた。刻みつけるように言葉を発する。
「わたしは、人類に代わって、あなたが奪われたものを返さなければいけないんだ」
すべて言い終えると、アレクシアはいまいちど笑った。己が口にした言葉に打ちのめされたかの如く、憔悴しきった顔だった。そうしてやっと、私は彼女の真実に到達した。
『憎んでいるのか。人類を』
アレクシアは何も言わない。沈黙こそが答えだった。
携帯端末を操作したアレクシアは、壁面モニタに映像を映し出した。
セトレノス連邦王国、現国家元首から、人類全体へのメッセージを伝える生中継。
女王エルヴィーナ・エントワースは、眼前の女と瓜二つの顔をしていた。
「これが理由だよ」
人類を憎む人類、アレクシア・エントワースは、女王の影武者だったのだ、と語った。
「優秀な血統を生み出すため、人為的に作られた双子だったの。顔も、潜在的な能力も、何もかも同じ。違うのは与えられた環境だけ。生まれてからずっと、大衆の眼に触れる場では“私”こそが〈エルヴィーナ〉だった。彼女が即位するまではね」
いつだったかのテレビ中継を思い出していた。金の髪の、派手な服を着た女が喋っていたような気がする。あれが記念の式典だったのかもしれない。
「あとに生まれたという理由だけで、妹は全てを手に入れた。一族のために何もかも捧げてきたわたしに言い渡された最後のお役目が、怪獣の飼育管理官だったってわけ」
アレクシアはあはは、と温度のない声をあげ、言葉を継いだ。
「生まれてからずっと、わたしは自分の意思を持って生きた瞬間がなかった。当然だよね。〈アレクシア〉は所詮、エルヴィーナのふりをしてきた人間でしかないんだから。こうあれと望まれて、期待に応えるためだけに存在した生き物なの」
ああ、アレクシア。初めて会った日、貴様は笑ったな。あの時は、私への敵対的な感情や、蔑みからそうしたのだと思った。
だが本当は、奪われ続けている自分自身を嘲笑っていたのか。
「あなたもだよ、ギラデル。会ってすぐに気づいた、わたしたちは同じだって。出し抜いてやると、満を持しているつもりだったのに、いつの間にか牙も爪も抜かれてた」
もうないはずの、首輪の嵌っていた場所が痛んだ気がして、私は呻いた。
「でも、いまは違う。あなたは自由になったんだから。どこまでも飛んでいけばいい」
アレクシアは全身の力を抜いて、だらりと腕を広げてみせた。私を迎え入れるかのように。
片手におさまった体は、一瞬で握りつぶせてしまえるほど小さく、儚かった。
体内に集約されていた力を開放し、私は再び元の大きさへと戻った。
肉体の変化に巻き込まれ、バラバラになった施設の破片が周囲に散らばっていく。
人類は壊滅的な被害を受けていた。辺りは一面火の海で、狼煙の如くあちこちに黒い煙が立ちのぼっている。
上空には、巨大な戦艦の群れと、母艦の周辺を縦横無尽に飛び回る銀色の物体。圧倒的な戦力がそびえ立っているのを目前にしても、私の心は凪いでいた。
握りしめた存在を溶かさないよう、熱や衝撃といった様々な影響を遮断する防御障壁を手のひらに展開する。
宇宙獅子と宇宙山羊と宇宙竜。三種の異星生物の力をあわせ持つ私に、不可能なことなどない。
突如現れた巨大な生命反応に、異星人たちが気づく。同時に、集中砲火が始まった。
光弾、熱線、衝撃波――ありとあらゆる攻撃が休みなく私を襲う。避けることもしなかった。そのどれ一つとしてこの肉体を傷つけることは叶わないと、見た瞬間に悟ったからだ。
体内の炉を稼働させる。これだけの数を、私は相手取ったことがなかった。ゆえに、力の加減というものも知らなかった。
であるならば、徹底的にやるべきだろう。誕生と共に暴走し、拘束され、100年もゆるキャラをやっていた怪獣。それがギラデルなのだから。
『アレクシアよ。私は、私の思うまま生きる』
紫電一線。空に走った超極熱の光は、ひしめく艦隊を剣のように切り裂いて、空間ごと両断した。
「何で破壊しないの。奪われたものを奪い返すべきなのに……ッ」
侵略者は私の攻撃で一掃されたが、まだ人間どもは生き残っていた。類を見ない大損害になっていることは確かだが、彼女の見立て通り、立て直しは可能だろう。
私の手の中で、アレクシアは泣きわめいた。
手足を振り乱して暴れ、幼稚な侮蔑の言葉を連発したかと思うと、今度はしくしくと涙を流す。ひとしきり癇癪を起こしたあとは急に静かになり、項垂れてしまった。
どうも、認識の相違があるようだ。
『人類を根絶やしにするのは、貴様の仕事だろう』
最初、アレクシアは何を言われたか分かっていない様子だった。しばらくして、徐々に理解が浸透していったのか、はっとした顔で私を見つめた。
『取り戻すんだろう。全てを破壊して、奪われたものを返してもらおうじゃないか』
涙に溶けていた青い瞳に、再びあの情熱の炎が灯る。
『さあ言ってみろ。貴様の望みはなんだ?』
生まれて初めて竜の翼を展開し、手にアレクシアを握りしめたまま飛翔する。彼女の真っ白な頬が、これまでのどれとも違った感情に満たされ、紅く色づいていくのを見た。
「全部壊してよ、
咆哮。涙。アレクシアの望みが、かいじゅうギラギラを、最強最悪の生命体へと進化させる。
私は目一杯息を吸い込み、この星の全てを破壊するため、渾身のブレスを解き放った。
ゆるキャラになって百年が経った 青山鉱石 @AoyamaKouseki
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