第4話:手のひら返し

「かいじゅうギラギラが、悪の宇宙人たちをやっつけに来てくれたよぉ~。さあ、みんなで応援してあげて!!」

「ぎらぎら、がんばえ~」

「まけるな、ぎらぎら~!」


 きゃっきゃと姦しい声をあげて、ガキどもが私を囃し立てる。目線だけで飼育管理官の表情をうかがうと、アレクシアは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。


「じゃあ、みんなでいくよっ。せーのっ」

「「「「ハイパーギラギラビーム!!」」」


 マイクを持った人間に統率され、ガキどもが声をはりあげる。

 アレクシアからは、おざなりに手をふる動作しか返ってこなかった。許可を得たと勝手に解釈し、私は吼えた。


「グギャオォォォン!!!」


 熱戦の代わりに照明がチカチカと明滅し、レーザー状の光が異星人の張りぼてを着た人間の元に向かっていく。

 ステージの背景からスモークが立ちのぼる。煙が晴れると、侵略者は舞台裏に消え去り、壇上には怪獣ギラデルだけが残った。


「ありがとう、かいじゅうギラギラ! みんなも、この星を宇宙人から守ってくれたヒーローに拍手して!!」

「ありがとぉ~!」

「ぎらぎら、つよいねえ~」


 熱のこもった視線が向けられているのを感じる。ステージの上で這いつくばっていたあの頃とは天と地ほども違う扱いだ。

 内心ではハラワタが煮えくり返り(本当に溶けた)、血管が100本ブチ切れるほど(実際に切れた)怒り心頭だったが、試練だと言い聞かせて暴れ出しそうな己を律する。


 これは好機だ。紛れもなく。

 人間どもは異星人を焼き払った私の行為を、「人類を救うために戦った」と報道、英雄視したのだ。

 飛行物体をぶち壊し、毒を打ち込まれて昏倒する場面しか映像が残っていなかったことも有利に作用した。

 全生物の愛護を訴える団体は、拘束具による怪獣の行動制限を不当だと主張し、檻に閉じ込めて管理する研究所を批判した。中には、私のことを「奇迷羅きめらさま」と呼び、神格化している輩まで現れる始末である。


 メディアにおいても、怪獣ギラデルは善玉のイメージに一新され、この100年の中で最も注目を集めていた。手のひらを返す人間どもにはうんざりするばかりだが、千載一遇のチャンスを生かさない手はない。

 表向き人類の望み通りに振る舞ってやり、機会をうかがっていれば、きっと警戒が緩む瞬間が来る。そのときこそ、雪辱を果たしてやる。


 復讐の日を待ち遠しく思いながら、脳内で人類を殲滅する妄想をしていると、飼育管理官が電子ロックを開けて入室してきた。

 初対面の日、アレクシアは不満げで、「このような扱いは不当」と言わんばかりだった。怪獣の管理を任された人類の心理状態など知るよしもないが、前途ある立場の者に与えられる仕事でないことぐらい、私にだって想像はつく。

 メディアにおける私のイメージが刷新されたのと同じ時期に、飼育管理官という肩書にも相応の権限が追加されたらしい。

 職位こそ変わらぬものの、躍進したのだろう。周囲の見る目も明らかに変わった。にも関わらず、アレクシアを取り巻く空気は淀み、以前にも増して攻撃的に見えた。


「今日は雑誌の撮影が二件と、ワイドショー出演が一件。後はドキュメンタリー映像の件で視察が来るから」


 アレクシアは携帯端末を手に、予定を淡々と読み上げる。到底、国家の防衛に携わる人間がやる職務とは思えない。飼育管理官は元々、人類軍の関連組織に所属しているはずだった。

 軍属でありながら、彼女はいつも着飾っていた。

 100年も人類を見ていれば、特別に誂えた衣服と、そうでない物があることくらい、区別はつくようになる。

 アレクシアの服は、どれも上等な材質で出来ている。皺一つなくピンと張った光沢のある布地に、細々とした装飾が施された血しぶき色の服。かかとの部分が細長く尖った、凶器としか思えない靴。金色に輝く豊かな頭髪は、会うたびに違うかたちに結い上げられていた。

 髪と同じ色のまつげを揺らし、アレクシアはじっと私を見上げる。色々な人間の顔を見てきたが、アレクシアほどまつげの長い女は見たことがない。

 最近、奴はこんな風にじっとこちらを眺めては、口の端に乗せた言葉を呑み込むように黙るということを繰り返してばかりいる。

 以前の私ならば不満も顕に、歯ぎしりの一つくらいはしてみせただろうが、今は雌伏の時だ。

 特に反応を示さずにいると、アレクシアは眉間に渓谷を刻み、険しい顔のまま苛立った様子で部屋から出て行った。



 円盤型の飛行物体には、どうやらお仲間がいたらしい。

 私が熱線を放ってから三ヶ月後、友軍機からの通信が途絶したことを知った異星人たちは、徒党を組んでこの星を再び侵略しにやってきた。

 武装した宇宙戦艦が20隻。その一つ一つにこの間の戦闘機がみっちりと詰まっていたのだから、人類に勝ち目などあるはずがない。


 泡を食った愚か者ども――大統領やら何やら、人間の代表を名乗る連中の幾ばくかが集まり、私の処遇について議論した。

 拘束具を外して異星人を迎え撃ってもらおう、いやそれはあまりにも危険すぎる……ぐだぐだと話し合いは続き、会議の場に攻撃が着弾したことで参加メンバーもろとも白紙になった。


 この星は着実に、滅びへと向かっていた。

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