エピローグ 2

 食後、僕と陽香さんは、アパートの外を特に目的もなく歩いていた。


「あなたのせいで、つい食べすぎちゃったから。歩いてカロリー使わないと」


 体重を気にしているらしい陽香さんの可愛らしい悩みがその理由だ。

 別に僕は、今のままの陽香さんでも全然いいと思うけど。

 夜に陽香さんが一人で散歩をするとなったら、僕もお供するに決まっている。

 今の陽香さんは、どうせ夜だから、という理由で、部屋着のまま外に出ている。大きな陽香さんの胸が、薄手のTシャツのせいでより大きく見えてしまうので、人目がないことを良いことに邪悪な行いをしようとするヤカラから守るためには必要なことだ。


「ついて来なくてよかったのよ?」


「いえ、心配で。ストーカー騒動の件がありますから」


「そういえば、あれがあなたと関わってしまうきっかけだったわね……あの日はタクシーで帰って、さっさとストーカー被害を訴えておくべきだったわ。はあ」


「た、ため息つかなくたっていいじゃないですか~」


「冗談よ」


 なんとまあ、陽香さんが僕の頭を撫でてくれた。


「――!?」


「どうしたのよ、目見開いたりなんかして」


「嬉ションしそうになっちゃいまして」


「気持ち悪いわねえ……あなたの人体の機能はどうなってるの……あっ、なんでもないわ」


 そんなに知りたいならボクの体の仕組みを教えてやるぜ! とセクハラ行為に出ると警戒したのか、突然口を噤む陽香さん。

 僕だって流石にそこまではしない。教えるよりも陽香さんの体の仕組みを知りたい派閥なのだから。

 気持ち悪がりながらも、陽香さんは相変わらず僕の頭を優しくなでなでしっぱなしだった。

 なんだろう、これ。嬉ションチャレンジ? 出すまでやろうってこと?


「また碌でもないこと考えてる?」


「いいえ」


「……たまにはあなたを甘やかしてバランスを取りたかったのよ。あと夜で見えにくいし。それなら恥ずかしくないと思ったの」


「それを昼間からできるようになったら、陽香さんに僕扱いの免許皆伝をあげますよ」


「なんで上から」


 単なる散歩なので、特に目的地もなかったのだが、ちょうど遠くにコンビニの看板が見えてきたので、そこを一応のゴールとした。

 僕らのアパートの周辺は、夜中まで営業している店が少ないだけに、ポツンと建っているコンビニの明かりがとても神々しいものに見えてしまう。


 日頃無駄遣いは控えているため、コンビニに立ち寄る機会はあまりないのだが、せっかく陽香さんと二人でコンビニへインしたのだ。記念にちょっとお高いカップアイスでも買ってしまおう。

 先にコンビニを出て待っていると、陽香さんがビニール袋をぶら下げてやってきた。


「陽香さんは何買ったんです?」


 陽香さんが無言でビニール袋を掲げて見せるので、中を見ると漫画雑誌が放り込まれていた。

 夜中にわざわざ漫画雑誌を買いに来るなんて、なんだか一人暮らしの男子大学生みたいなことをしている成人女性である。まあ陽香さんの根っこはこういう人だ。


「『スパプリ』の掲載誌ですか?」


「ええ。でも他に載ってるのは男の子向けの漫画ばかりでヤンキーノリが強いから読み飛ばしてしまうところも多いわ。いっそレディコミ雑誌で連載してくれればよかったのに。編集部は『スパプリ』をなんだと思っていたのかしら」


「まあ、僕が見たところ、『スパプリ』のコミカライズって男同士の熱い戦いに焦点を当てている感じがしてガチでバレーボールやってますから、バトル好きなヤンキー漫画の読者層と親和性が高いと思ったんじゃないですかね?」


「納得行かないわ」


 それでも熱心に購読している陽香さんは推しの鑑だと思う。

 僕たちは、行きと同じくだらだらと歩きながらアパートを目指して歩いていく。


「読み終わったら貸してくださいね」


「自分で買いなさいよ」


「アイス分けてあげますから」


「いらないわよ。それじゃあなたと、かかか間接キスになっちゃうじゃないの!」


「いえ、陽香さんの分も買ってあるので」


「びっくりさせないでよ!」


「いやぁ、これくらいでびっくりする陽香さんの方が問題かと」


「いいわよ、じゃあ河井くんの食べかけを寄越しなさい。涼しい顔で食べてあげるから」


「それじゃただの横取りですよ……。ジャイアンだなぁ」


「ふん、あなたのアイスなんて、帰る前に溶けてしまえばいいのに」


 ぷんするかする陽香さんに呪いをかけられてしまった。

 アパートが見えてくる。

 この楽しい散歩も、そろそろ終わりだ。


「じゃあね。明日が休みだからって、あまり夜更かししないように」


 僕の部屋の前で、陽香さんが言う。


「おっ、教師っぽいですね」


「教師なのよ」


「これ、陽香さんの分ですから」


「ありがとう。でも今すぐ食べるのは遠慮するわ。歩いた意味がなくなってしまうもの」


「僕は陽香さんと楽しくお話できたので、歩いた意味はありすぎるほどありましたけどね」


「勝手に言ってなさい」


 陽香さんは扉を開け、部屋へと入っていく。

 僕の隣に部屋へ、だ。

 陽香さんがお隣さんでい続けてくれる。

 こんな些細なことが、僕が僕なりのやり方で勝ち取った結果だ。

 明日からも、すぐ隣へ行けば陽香さんに会える。

 それだけで、明日を迎えるのが楽しみになってしまうのだった。

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押しと推しに弱い冷酷超美人教師はお隣さんで、ぼっち陰キャの僕がグイグイ行ったら好かれちゃった話 佐波彗 @sanamisui

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