第51話 ノア人の目的

 三人は永劫に続くかと思われた通路内を進み、ようやく明るく開けた場所に出た。


 手前に長方形の箱──まるでのような機械が縦に立てられていて、その背後から何本も配線や管が繋がっている。配線の行く先には、培養液の入った水槽がある。水槽の中には何かの臓器らしきものが浮かんでいる。水槽の後ろから別の太い配線が何十本も飛び出ていて、また先程のような棺桶が並んでいる。

こちらは横に倒されて、所狭しと並んでいる状態だ。


「着きました。ここがご案内したかった場所です」

 コルヴァはようやく立ち止まると、くるりと振り向いてこちらに笑顔を見せた。無垢で憂いのない、しかし引き攣った笑顔だった。


「この手前の箱は、僕が生まれてから収容されていた管理機。奥の水槽が、イブの〈剣の巫女〉の皆さんから拝借した、心臓と〈魂〉を変換してリウにする変換装置。その後ろの横倒しになっている箱たちが、ノア人が寝ている保管庫です。」

 子供が親に贈り物をするときのように、手を広げて無邪気にそう言った。


 拝借した〈魂〉。コルヴァが言うのは、、という事だろう。後ろに繋がっているものが、ノア人が仮死状態で収まっている棺。


 イブ側こちらからすれば、身内を奪って勝手にリウにされた場所、という事になるのだが、コルヴァにそういった機敏は分からないようだ。カインは内心憤ったが、無駄と悟って堪えた。


「・・・・・・どういうつもりだ? 俺達に何か手伝いでもさせたいのか」

 カインが聞けば、コルヴァは先ほどまでの笑顔を引っ込めた。相変わらず、仮面を剥いだように突如表情を無くしてみせる。

「そうですね、協力をお願いする為です」

 ゆっくりと足を進めて、カイン達の眼前に近付くコルヴァ。

「協力?」

「実は、回収した臓器のうちのひとりが寿命が近すぎたのか、リウが足りないのですよ。どうせこの後イブ中の『魂』を回収されるとはいえ、これは別目的で集めています。これでは使命を果たせないという事で困っていまして……そこで、何度もリウ化を経験していて、変換されやすい良質な〈魂〉を持つクリスティさんに、のです」


 それはこれまでと何ら変わらない平坦さで告げられた。

 鳥肌が立った。カインは、イブとノアに関する真実を告げられて、少しでもこの男に同情を感じていた自身を恥じた。こいつは三年間戦ってきた《首喰い》達のように、クリスティの命を狙っている存在なのだ。それどころか感情のひと揺れもない冷徹さで、命を刈り取る者。


「馬鹿な。クリスティの命を差し出すものか!」

「ま、待ってカイン。『この後イブ中の〈魂〉を回収される』って……どういう事?」

 カインが思わず剣を抜いたところへ、クリスティが口を挟んだ。


「〝雨〟の浄化は計画通り進み、あとは必要な分の〈魂〉とリウが確保できれば良い段階です。これから、イブの人々の〈魂〉は収穫される。法王領ラ・ネージュは戦争を起こします。人々を捕虜として人々をこちらの世界へ運び、レ・ユエ・ユアンへの〈魂〉の補充、またはリウへと変換する。そうすれば、ノアの人々が目覚めてからの当面、必要な動力を賄う事が出来ます。」


 ──これから、あの世界の者たちは、何らかの手段で大陸中を蹂躙して戦火を齎し、人を攫っていくらしい。それは、〈魂〉が資源になっているからだという。詳しくは私も分からなかった──


 マキナの遺書にあった通りだ。法王領ラ・ネージュは戦争を始め、それに紛れて人々をノアへ輸送する。〈魂〉の不足したレ・ユエ・ユアンへの〈魂〉の補充、またはリウそのものに変換してしまうと言うのだ。


「世界がどういうもので、これからどうなるか理解した上でなら、穏便に〈魂〉を譲渡いただけるのではないかな、と考えていました。僕はリウ化しやすい〈魂〉を持っている人たち、すなわち〈剣の神子〉の〈魂〉を集めています。〈剣の神子〉の〈魂〉は、リウの量が普通と比較にならない。集めた〈魂〉の動力を利用して、いま仮死状態となっているノアの人々は目覚める。そして互いの世界を繋げているて、イブ側からの反抗を封じます。つまり、ユリアスの始めた浄化の総仕上げとして、〈剣の神子〉の心臓を集めることが、僕に課せられた役目。出来るだけ確実に、穏便にね」

「……もうイブ世界は終わりだから、諦めて死ねという事か。だとしても、クリスティはどうあっても渡せない」

 カインは、剣を構えてコルヴァと戦う姿勢をあらわにした。これに、コルヴァは至極残念そうに顔をゆがめた。


「何故です? いまお話しした通り、あなた方の世界は、ノア人たちの思うままだ。今だって殺戮が始まろうとしている。我々が決めた筋書き通りに進んでいます。帰ってもあなた方が苦しむだけですよ。それならここで、未来ある世界の為に命を使った方が、有意義だと思いませんか」

 心底わからない、という顔で白い男はのうのうと言った。カインは、どこまでもイブ人を見下す姿勢に怒りを覚えたが、代わりにクリスティが反論した。


「私の命は、アルマスの皆を背負ってる。それは、生き残ってからだよ。あなた達にあげられるほど、軽くない」

 決然と言い放ってから、きっ、とコルヴァを睨み付けた。クリスティは確かにユジェの子だが、もうユジェと似ている面よりも彼女自身の強さの方がよっぽど際立ってきていた。追われるだけだった三年間も、帝国と法王領を跨いだ旅路も、クリスティをさらに強くした。


 相対するコルヴァは肩をすくめながら、困ったような表情を見せる。これも、人間のように見せるための演技なのかもしれないが、違和感がある。カインはここまでの関わりで、コルヴァをただの機械としては見られなくなっていたが、命への考え方については決定的な隔たりがある。それをこの場が証明していた。

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