第52話 協力者

「構えろ!」

 突如、女性の声がした。それと共にずしり、というやけに重い足音がした。現れたのは、細身で長い黒髪の女性。伴って数十名、武器を持った人間も現れた。カイン達の前に広がって隊形を展開する。まるでこちらを守ろうとする様だった。


「あんたは?」

 カインは女性に尋ねた。女性は黒い革製のような身体に張り付く衣服を全身に纏っているが、生身の肉体ではなかった。機械だ。コルヴァと同じく、機械の身体を持っている人物のようだった。


「あたしは、イブの。ディルとマキナにも力を貸している」

「ディルとマキナに?」

 機械体の女性から思いがけない名を聞き、思わず繰り返してしまった。女性の方は、こちらに一瞥をくれるのみで、すぐにコルヴァに対して鋭い目線を向けた。


「……うん? テミスさんか。一〇〇〇年前に、反乱分子は根絶やしにした、と聞いていましたが。どうやって?」

「あたしの名も、きちんと記憶域メモリに入っているのか。さすが、ユリアス肝煎りの機械体サイボグ

 コルヴァと、テミス、と呼ばれた機械体の女性が、睨みあったまま問答している。ノア文明のものと思われる用語が飛び交っていて、意味は理解できなかった。すると、テミスは振り向いて、クリスティに対して話しかけた。


「君の、マキナから貰ったやつだね。それがあればイブへ戻れる筈だ。奴が言った通り、これからイブ世界で虐殺が起きる。早く戻って、止めて」

 テミスは、早口でそう言った。すぐにコルヴァへと向き直って、武器を抜く。イブでは見たことがない、やけに細身の剣のような武器で、刺突剣にも似ている。刀身は黒くよく研がれていて美しかった。


「何故だ。あんたはどうして、俺達を助ける? それに、あいつを相手できるのか?」

 正直、この場を受け持ってくれるのは有難い。機械体であるからして、ノア側の人間なのだろう。ただ彼らがイブ世界へ行った仕打ちを知った今、カインはテミス達を容易く信用できずにいた。


「こいつらの、ユリアスの行いは、人間のする事ではない。自分たちが生き残る為に、あなた達の世界全てを苦しめた。それに、私の姉妹も……。もう終わりにしなければならない、だから協力する。コルヴァの機械体は、当時最高峰の技術が詰まっている。我々も勝てるか分からないが、あなた達より抵抗できる。さあ、行って」

 テミスはこちらを見ずに、またもや早口で答えた。彼女が率いる人々も、すぐにでもコルヴァと戦える姿勢のままだ。カインはテミスの言葉には半信半疑ではあったが、とにかくこの場を任せる事にした。


「分かった……。感謝する。クリスティ、行こう」

 カインが逃げるよう促し、クリスティも続く。しかしクリスティは僅かに狼狽えてから、出来るだけ後ろへ身体を向けて、言った。

「ありがとう!」

 そしてカインの後を着いて駆けだし、この場を後にした。



「死ぬ気ですか? やっぱり抵抗勢力の人間って、物好きですね……」

 コルヴァが肩を回しながら、面倒くさそうに言った。

「そう。覚悟してなきゃ、抵抗なんて出来ない。この世で唯一、身体と脳を持たない機械体サイボグ仲間さん。あんたも、心はあるんじゃない? まあ、知った事ではないけれど」

 テミスは不愛想に言い切り、黙った。コルヴァはその言い草に、一瞬驚いたように目を見開いたが、次の瞬間にはそれも消え失せていた。


「ルネア。今、行く」

 黒髪の戦士の呟きは、誰にも聞こえないまま消えていった。彼ら以外には誰もいない、棺桶が並ぶ墓地のような冷たい空間。戦いの火蓋は切って落とされた。







 協力者を名乗るテミス達の介入により、危機的状況から救われたカイン達。この機械だらけの奇妙な建造物から脱出するべく、カイン達は話す暇もなく駆けまわっていた。建物に入ってきた方の通路は、先ほどはコルヴァ本人が陣取っていたので、現状はとにかく走って道を探すほかなかった。


 追手の危険は勿論あったが、すでに相当な距離は離れている。クリスティの体力は限界だった。

「カイン、ふぅ、ま、待って」

 クリスティが息も絶え絶えになりながらそう言うと、カインはほんの少しこちらを見てから、足を止めた。クリスティは自らの膝を支えに手を置き、軽く屈む。肩を上下させながら、暴れている鼓動を落ち着かせようと試みる。

 カインの方も、ずっと振り向かなかったので気付かなかったが、かなり息が荒かった。これまで三年連れ添ってきて、カインの息が上がっている姿を見るのは久しぶりだ。クリスティにとっては意外だった。状況だけに、焦っているのだろうか。


「……」

 そんな彼が、こちらへ何か言いたげに視線を落としている事が、丸めている背の上から感じられた。

「はあっ……。カイン、ごめん。何?」

「……コルヴァも言っていたが、戻ってからはユリアスと対峙することになるだろう。命の保証が出来ない」

 それを聞いて、息を整えながらやっとの事で身体を起こす。カインはじっと視線を投げかけているが、その眉が僅かに下がっていて、クリスティを心配しているようだった。

「さっきのコルヴァの話で、私のことを心配してくれてるの?」

「そうだ。あれの言うことが全て真実だとは……判断できないが、相手はこちらの世界の人間ですらない。一旦身を隠すのも手だろう」

 諭すような、丁寧な口調だった。クリスティは、カインはこの提案を突っぱねられる事は分かっていても、言わずにはいられなかったのだろうと思った。クリスティがアルマスを理由にしているように、カインにとっての生きる理由はユジェ達と誓ったように、自分クリスティを護ることだ。この先はカインであっても予想が付かない。失う事を恐れている部分もあるのかもしれない。


「ありがとう、カイン。でも私、戦うよ。だって私たちだけが生き残って、ここに居るのは、きっとその為だよ」

 クリスティは力を籠めるように、握りこぶしを示して言った。心配をかけてしまう前にと、そそくさと先行して歩き出した。だがカインはそこへ先回りして立ち塞がり、クリスティを止めた。


「違う。お前の命を誰かのために使う必要なんて無い。別に、逃げたっていい。戦うというなら、それで良い。。それだけは履き違えるなよ」

 カインは、深く、言い聞かせるようにした。クリスティは思わぬ気勢に狼狽えたが、うん、と絞り出すように答えた。そうするとカインは何も言わずに、再びクリスティの前を歩き出した。


 カインにしては強い言い草にクリスティは疑念を抱いたが、一旦考えるのを放棄して、後を追った。

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