第五章:レ・ユエ・ユアン 異変と真実
第46話 コルヴァの誘い
「間違いないのか。どのようにして、亡くなったとか」
兵士にカインが尋ねた時、クリスティが無言のまま手を繋いできて、その手は震えていた。だが、次に兵士が述べた内容は、先ほどの驚きをさらに凌駕した。
「従者の男が殺したと言われている様です。それ以外、考えられないと……」
「従者……まさか、ロウが? そんなはずは……」
カインは思わずそう口にした。マキナとロウは、日ごろは互いに憎まれ口を叩いてはいたが、信頼し合っている間柄だった。エペト・グラムでロウ自身が言っていたように、彼にとってマキナが恩人であって、それを心から大事にしているのは、見ていれば分かる事だった。兵士も答えを持たないのであろう、困ったように俯いてしまった。
「それは事実ですよ。ただ、ロウという彼自身が行ったことでは無い、でしょうけどね」
その時、兵士とは別の、男の声が割り込んだ。カインは、いつの間に人が、と思いつつ、声のした方へ視線を向けた瞬間、全身が総毛立った。
そこに立つのは、白く若い、美しい男。ニル=ミヨルと、トリアで、〝黒鬼士〟ディルと戦っていた男。《神子殺し》コルヴァ。まさにその当人が目の前に立っていた。
「ああ! 先ほどは、道をご案内いただき感謝いたします!」
「いえいえ。兵士様のお役に立てて、光栄です」
若い兵士は敬礼とともにコルヴァに礼を言う。コルヴァはにっこりと笑った。信じられないことに兵士の彼は、この男こそが今まさに世界を揺るがしている元凶、その当人だという事に気付いていない。
今のこの男からは、何の危険性も感じられない。率直で親切な人間。ただ善良な市民そのものを、完璧に演じている。それが逆に、不気味だった。
「下がれ! そいつから離れろ!」
カインは剣を抜く。クリスティも弓を持とうとしたが、カインはクリスティには敢えて出ないように制した。
「何がです……っ⁉」
兵士が呑気な声を上げようとしたところで、コルヴァは素早く彼の背に回り、その腕を片手で絡み取ってから、短剣を首に突きつけた。
「おっと、動かないでくださいね。カインさん、クリスティさん。あなた方にお願いがありまして。レ・ユエ・ユアンまで、ご同行願いたいのです。従われない様なら、彼の首が飛びます、と」
コルヴァは、善良な市民の演技をやめた。声色は全く同じままで、いつ刺し殺してもおかしくないという危うさを感じさせた。兵士は、何も分からないまま突然、人質に仕立て上げられてしまった事で震えている。先ほどまでは隠されていた冷血さ、それを今は肌に感じる程であった。
「……何を言ってる。お前がマキナを殺したのか?」
「従う気はありませんか。では仕方がない」
カインは努めて冷静に訊いたが、コルヴァの方はそれを拒否と受け取ったようだ。
短剣をためらいなく首に刺そうとし、刃の先端が首に吸い込まれる。兵士の青年は悲鳴を上げた。
「やめて!」
クリスティが咄嗟に叫んだ。その瞬間、コルヴァは短剣を兵士の首から抜き、拘束を解いて背を押した。兵士は地面につんのめって倒れこむ形で転がされる。カインは従わざるを得ないことに苦々しい顔で、舌打ちした。
「では、僕と同行して頂きましょう。何、そう日数はかかりませんよ。何せ大陸のど真ん中を広く占有する
コルヴァは、血の気のない白い顔で、にんまりと嗤った。何をしてくるのか分からない相手だが、ひとまずはもう兵士に手を出す気は無いようだった。カインはまだ震えたままの兵士の背を支えてやり、起こしてやる。そうしながら小声で彼に囁く。
「帝国に戻れたら、この事陛下に伝えてくれるか」
「! はい……!」
コルヴァに気取られないよう、静かにやり取りを澄ませる。とはいえ、カインとしてはコルヴァには気付かれているだろうという腹積もりではあった。恐らくは初めから分かっていて、そうさせている、とも。
カインがクリスティを振り返ると、懸命に恐怖を抑えようとしているのが見て取れた。彼女の身が脅かされる事は避けたいが、叶うだろうか。複雑な心境のまま、致し方なく前を向けば、そこには相変わらずコルヴァが、にたにたと笑っているだけだった。
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