第45話 遺書
倉庫内は、物置にしていたのか資材が積まれていた。だがエルムサリエ帝国の紋が入った書物、機材があちこちに置いてある。それらが、埃をかぶって放置されていた。
「カイン。ここって、もしかしてマキナの?」
「そうだ。図書館の中の本に、ここを指示する端紙が紛れていた。俺達がいつかコラーダに来ると分かっていて、挿し込んだのだろう」
「それって……」
事態を察して、クリスティが困惑した声をあげた。カインは何も言わないまま、置きっぱなしの資材から、棚に入っている本や器具の付近など至る所を探り始めた。埃が舞い上がって、軽く咳き込む。クリスティも追いかけるようにして、部屋内を探り始めた。
そのうち、机の上に残っていた空き瓶に目が留まる。蓋を開けてみると、蓋の裏に織り込んだ小さな紙が貼りつけられている事に気付く。瓶は、マキナが持ち歩いていたものと同じ型だ。
「手の込んだことを……」
ぼやきながら瓶の蓋を開けて、中の紙を取り出す。折り目を解くと、案の定何か記述がある。カインはクリスティを呼んで、一緒に読み進めていく。
『レオ、メアリ。君たちを此処まで導き、そのように仕掛けた事を詫びたい。私は帝国の為に各地に赴くふりをして動いてきたが、こんな手段を使ってでも、協力者を得る必要があった。なぜなら、病気持ちでろくに戦えない帝国皇族など、奴らからすればこれ以上なく利用しやすいからだ。私の命は、いつ断たれるかわからない。君たちには私の代わりに、これから起こるであろう虐殺を止めてほしい。
私は五年前、聖地レ・ユエ・ユアンで、あの世界の協力者から未来に起こる事を聞いた。アルマスを皮切りに、〈剣の神子〉を狙った襲撃が起こって、数年したらそれが世界中に広がると。信じがたい事だけど、これを書く前日、アルマスは消えた。現実になりつつあるんだ。
先日、アルマスが滅ぼされた時、私は兵士たちに刃を向けられた君たちを見ていた。《首喰い》に狙われたら、逃げ場はない。昼夜問わずその首を追われる事になるだろう。それでも、君たちは諦めず生きようとした。だから君達に託そうと決めた。
これから、あの世界の者たちは、何らかの手段で帝国と法王領を操り、大陸中を蹂躙して戦火を齎し、人を攫っていくらしい。それは、〈魂〉が資源になっているからだという。詳しくは私も分からなかった。ただ、それが起これば、既に壊れかけているこの大陸は終わりだ。私には何も残せずにすまない。どうか、奴らを止めてほしい。そして、君たちの深慮と親愛の情に、心から感謝する。
──マキナ・ル・エルムサリエ』
「……」
マキナからの手紙を広げ、内容を確かめていたふたりは暫く無言だった。
あの世界の協力者、大陸を覆う戦火、虐殺。何かを示唆する単語が書かれているが、意味が分からない事ばかりだ。
「戦火、って……」
クリスティも、どこまで信じるべきか半信半疑といった様子だ。いつも通りの、飄々としたマキナの口から、冗談だよ!なんて聞こえてきそうだ、と思えてしまう。
「戦争は優に三〇〇年ぶりか。これだけ各地が疲弊していて、戦争をする体力があるとしたら、帝国と法王領くらいだろうな」
カインはひどく平坦と言った。これまでイブ大陸を巡ってきて、どこの国も〝雨〟と《神子殺し》に怯え、その対策に追われている。酷い所は政治が立ち行かなくなっている様な状況だった。
手紙の殆どは現実味のない話だが、アルマスの事だけは事実。すると、手紙を書いたのはアルマスが滅びてすぐだ。つまり、三年前にこれを書いたという事になる。実際、あて名はカイン達が今の名前になる前の、本名の方だった。
仮にすべて彼女の言う通りならば、マキナは三年前から、この“協力者”から聞いた話をもとに各地を奔走し、やがてカインとクリスティに出会って同行するように、仕組んでいたという事になる。
「でも、カイン。これ、こんな書き方」
クリスティはそう言って、不安そうにしながらカインの服の袖を引っ張った。カインは、彼女が言わんとしている事を承知で、こくりと頷いた。
これではまるで、遺書のようだ。
「出来るだけ早く帝国へ行く必要があるな」
返答代わりにカインは言った。もともと、マキナ達へ法王領で聞いた事の共有も兼ねて、帝国には一度足を運ぶつもりだった。あの法王は信用ならない。貰った煎薬も手を付けずにいる。
倉庫を出て少ししたところで、自分たちを呼ぶ声が届いた。声の主は帝国兵の若い男性で、とにかく大急ぎでこちらへ向かってくる。
「どうした? ここまでどうやって来たんだ」
カインが兵士に聞いた。
「はあっ……はあ……帝国から早馬がありまして。図書館でおふたりをお見かけしたので、まだ街中にいらっしゃるかと思い、お探ししていました。先ほど親切な方に、おふたりを見たと教えていただきまして……」
親切な方とは誰だろうか。カインは違和感を覚えたが、急いでいる様子なのでひとまず要件を伝えられるまで、尋ねるのは後に置いておくことにする。息を整えた兵士は、努めて真剣な表情をつくって、こう言った。
「落ち着いて聞いてください。マキナ様が、亡くなられたのです」
「……なに?」
カインは兵士の言うことが信じられず、そのような問いかけを口にした。先ほど見た手紙の内容からして、あり得ない話ではないはずだ。だが、いくら平坦を装っても彼女の死はすぐには受け入れられなかった。
「……う、そ……」
それは、クリスティも同じか、それ以上に衝撃を受けたようだった。驚いた表情のまま、息を吞んで固まっている。
あの手紙はやはり、遺書だ。
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