第四章:聖なる遣いの子 トリア~コラーダの旅

第37話 過去の記憶:鉄鉱山の街、ミスティルテ

 アルマスが滅んだ。

 遠征に出ていただけのはずだった。コラーダで突然賞金をかけられ、追われる身となったレオ達は、方々を駆けては身を隠して彷徨っていた。逃避行は南部に限らず、北部まで足を延ばすことも往々にしてあった。


 逃げ隠れて生きることを強いられるようになり、数カ月が経過した頃。ふたりはエペト・グラムより東、大陸北部の鉄鉱山の街・ミスティルテに滞在していた。北部で扱われている建材、武器装具の材料となる鉄や金銀は、この街で採掘されているものが中心だ。鉄鉱山で働き、鉱夫として生涯を終える人間がほとんどで、誰が出入りしようが野垂れ死のうが気にされない。そんな寂れた空気がふたりには都合が良かった。


 鉄鉱山の麓にある街のさらに外れ、貧民窟と呼ばれている地区の通路の脇に、ふたりはいた。買い物のために店へ向かい、来客の少なくなる時間を待っている。

 気取られないように視線だけ動かした後、金髪の長身の男──レオが、小声で傍らの少女に話しかける。少女──メアリは、桃色の髪と白肌を隠すように、深く外套を被っている。

 メアリが小さく頷くと、レオはその場に彼女だけを残して、店に向かって歩いて行く。レオが店主と話して商品を買い付けている間、メアリは出来るだけ目立たないように建物の陰に隠れる。だが、その様子をじっと見ている者が居た。物音ひとつ立てずにメアリの背後に近付き、口を布とともに抑える。メアリはくたりと意識を失い、その身体は誰にも気づかれないままに、連れ去られた。


「……くそ!」

 買い物から戻り、待っている筈のメアリを探すが見当たらない。事態に気づいたレオが悪態をつく。南より治安が良いと言われる北部の只中、そう危険は無いだろうと油断してしまった。


 あの日から、こんな事ばかりだ。数日のつもりで遠征に出ただけなのに、アルマスは滅びた。コラーダの兵士達から武器を向けられ、命からがらどうにか走って、逃げて。逃げ込んだ先で、自分たちに賞金がかけられている事を知った。休む間もなくコラーダから追手が現れる。出来る限りは逃げ、打つ手のないときは戦うか殺すことが日常となった。

 運に見放されているのは昔からだ。レオは、生まれ故郷と大事な人たちを護るために戦ってきたが、『殺人鬼』や『化け物』呼ばわりされる事ばかりだった。襲われて、害されるから仕方なく殺しているだけだ。


 メアリは辛抱強く耐えていたが、ある時に一晩中泣いた。レオはかける言葉も見付からないまま、傍に居てやる事しか出来なかった。その晩からメアリはあまり笑わない。母に似て明るく奔放だった子の、苦しみを諦めたように大人びた顔を思い出して、レオはどうしようもなく不安に駆られた。今この場で手掛かりは何も無いが、居ても立っても居られず走り出した。






 瞼に粘りつくような重さを感じながら、メアリは目を開けた。起床する時とは違う気怠さが全身を支配していた。なんとか意識を覚醒させると、自分の置かれた状況を確認した。

 まず、手首と足首が縄で縛られていて、身の自由を奪われている。口はとくに何も塞がれていないが、先ほど口元で嗅がされた布の薬品のせいか、叫ぶ気力は無い。ここはどうやら洞窟内のようだった。確か鉄鉱山近くの街に居たはずだから、その内の一つかもしれない。置きっぱなしにされている採掘道具が錆びており、人の出入りがあまり無い事が伺える。そういえば、レオがこのあたりは廃坑が多い、と言っていたような。


「お目覚めか? 迷子の神子さま」


 楽しそうに声を弾ませ、不細工な中年男がこちらを向いた。暗闇の中で松明を手に、男女数人がばらばらと周りに立っている。見るからに鉱夫らしき背格好の者や、貧民窟に居た身なりが貧しい者ばかりだ。その中に混じって、二人だけ剣を持った戦士が居た。

 いつも自分たちを追ってくる者達と気配がそっくりで、おそらく盗みや誘拐、殺しなど特化した傭兵……〝殺し屋〟

と呼ばれる人種だろうと予想した。彼らはこちらに気付き、二人のうち片方が近寄ってきて跪いた。顎から鼻までを布で覆って隠しているが、年齢はレオより若い位の青年に見える。


「ほう……六つの子供とは思えんな。全く動じていないじゃないか」

 それは脅しのような質のものではなくて、感嘆だった。青年は少しだけ残念そうに喋る。

「すまんな。俺は依頼を受け、ただその通りにするだけだ。依頼者の元へお前を連れていく」

 メアリは沈黙を貫いた。従う気も無いし、レオが来るなら彼らの思惑は叶わないだろうと思ったからだ。


「傭兵さん。それで、俺達の分け前はいくらくらいなんだ?」

「まあ待て。あの騎士がここを嗅ぎつけないとも限らん。無事にこの神子を街から運び出してから……」

 青年の後ろで、もう一人の傭兵と鉱夫たちが話している。やはり自分たちの賞金目当てのようだ。恐らくは貧民窟の者も、金目当てに自分たちを売ったのだろう。北部の街ですらこうなのだから、自分たちに逃げ場所は無いのだろう、と思った。


「……オイ! 誰かいるぜ」

 青年のほうが、鋭く叫んだ。

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