第35話 黒鬼士の正体

〈剣の神子〉のもとへ向かう途中、クリスティは右手首に装着している『アルマス』の欠片を動かして、〝雨〟の浄化を始めた。万が一トリアがこのまま滅ぼされてしまったときに、自分たちが死なない為のものだ。

 街中はところどころ壊されて、瓦礫が出来ている。壊れ方も異様で、まるで砲丸が撃ち込まれたように、ある一点を中心として崩されていた。


〈剣の神子〉が居る要塞を目前にして、何者かが争っているような衝突音が聞こえた。カインは立ち並んでいる住居の壁を背にして、クリスティもそれに倣わせてから剣を抜いた。上半身だけ乗り出して、状況を確認すべく目を凝らす。


 そこで見たのは、以前に南部ニル=ミヨルで見た、〝黒鬼士くろきし〟と、白い男・コルヴァだった。黒鬼士は巨大な大剣を振り回し、コルヴァは短剣で受けて、斬り返しているように見えた。やはり人間業ではない。黒鬼士が大剣を振り回すたび、建物が呻くように音を立てている。コルヴァは正確に受け手を見定めて短剣を振り、神秘的な見目とは裏腹に、猿のような身軽さで飛ぶ。そこを薙ぐように、大剣が横切る。

 

 淡々と繰り広げられる戦いだったが、ふとした時に状況が変わった。白い男・コルヴァの方が振るった一撃を黒鬼士が受け止めきれずに、その身ごと吹き飛ばされたのだ。黒鬼士が飛んだ先の住居は崩れ、瓦礫を作った。およそ人体が受けられる衝撃とは思えなかった。

 

 この時運悪く、瓦礫の間からカイン達とコルヴァの目線が合った。黒鬼士を吹き飛ばしたコルヴァは、カイン達の姿を嘗め回すように見てから、片方の口角だけ持ち上げて愉快そうに笑った。


「これはこれは……欠片と神子ではないですか。どうしてこのような所に……」

 そういってこの男が視線を定めたのは、クリスティ。すかさず、カインがふたりの間に割って入る。


 そこへ黒鬼士が瓦礫から飛び出て、今度はコルヴァの身体を打つように吹き飛ばした。コルヴァはどのようにしたのか、衝撃を殺して空中で宙返りし、すたり、と地に戻った。


 カインの眼前には、黒鬼士が左方を向いて立っていた。なおかつ先ほど受けた衝撃からか、着ている鎧が所々壊れて剥がれ落ちてしまっていた。〝黒鬼士〟と呼ばれる所以となっている、特徴的な角のある兜もガラリと音を立てて落ちる。


 目の前で露わになったその横顔を見て、カインは驚愕した。


「ふふふ……不意打ちは酷いじゃないですか。さん」


 茶化すような口調でコルヴァがそう言った。


 見覚えのある黒髪、意志の強い瞳。朗らかで人に好かれる印象は影もなく、眉間に皺が寄り、深く険がある顔をしている。瞳の色はもともと橙色だったはずが、何故か鮮やかな赤色になっている。それでも、見間違えようはない。


──『お前にしか任せられない。頼まれてほしいんだ』


 あの日、〝雨〟でアルマスが滅びる前日に、最期に交わした言葉が頭をよぎる。



「ディル……‼」

 カインはその名を呼んだ。


 アルマスの騎士隊長で、親友。〝黒鬼士〟は、かつては英雄と呼ばれた男・ディルだ。だが、ディルの方はカインを見もせずに、無言のままコルヴァに近付く。そしてコルヴァに大剣の切っ先を向けた。


「手段など、どうでもいい。殺すだけだからな」

 それは、コルヴァが口走った言葉への返答だった。その声はニル=ミヨルで聞いた時と変わらず、くぐもった低い声。すると、コルヴァは演技がかった笑顔をやめ、表情をすっかりと失う。


「今日はやめにします。僕の方もほら、この通りですので」

 そう言って右手首をディル、そしてカイン達に見えるように示した。手首から皮も中身も千切れている。掌と手首で分かれ、掌がぶらぶらと揺れていた。


 否、確かに切れてはいるが──生身の肉体ではないようだった。見た事もない、部品と管でつながった精密な機械のようなものが見え、掌の皮・機械の中身・手首という順での。表面で見えている皮は、本当に被り物としての皮だ。

 

 コルヴァは再びにこりと笑うと、まだ〝雨〟が降っているにも関わらず、トリアの外へ向かうようにして、消えた。




〝黒鬼士〟──ディルは、ニル=ミヨルの時のように追ってはいかず、大剣を降ろして肩で息をしている。やはり先ほどの衝撃で、消耗が激しいのだろうか。


「ディル! お前……どうなっているんだ。それに、さっきの攻撃を受けて立っているなど……っ」

 カインが彼の肩を掴むと、ディルは黙ってこちらに身体を向けた。先程までは右顔しか見えなかったが、左側の顔と左半身が露わになった。


 その姿はあまりに醜悪で痛ましいもので、思わず言葉を失った。カインの背に隠れていたクリスティも、衝撃で声にならない声を上げた。左顔と、鎧の外れている左半身部分は、すべてが焼けただれたように、形を失っている。左顔はかろうじて瞳が元の位置にあるくらいで、あとの部分は骨が見えたり肉が溶けた部分と混ざるなどしていて、見るも無残であった。恐らくは、鎧で隠れている部分も同様なのだろう。


 二の句を継げないでいるカインに、ディルは何も言わず、大剣を持ち上げた。切っ先が向いたのは──カイン達に対してだった。


「レオ、メアリ。……今は違う名だったか? お前たちは俺の敵だ」


 黒鬼士は低い声で、そう言った。

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