第27話 ロウの想い

「薬品? 返して何になるんだ。そもそもお前は、どこの所属の人間だ? オレたちが命懸けで盗ってきた品物だぜ。それを売り払えば、むこう数十日は余裕が出る。お前が、同じ金額を保証できんのか?」

 ロウが低い声で脅しかけても、女は気にも留めていない。

「所属で言うと帝国だよ。その薬は、〝雨〟の浄化の研究で使用する、貴重な薬品だ。お金の面なら何とか出来るから」

 女が早口で返した内容を聞いて、盗賊たちが一刻のあと、どっと笑いだした。〝雨〟の浄化なんて出来るわけないだろ、頭がいかれてる、等の侮辱と嘲笑だった。


「……君は笑わないんだね?」

 だが赤毛の女は、ロウだけを見て意外そうにそう言った。確かに、子分たちと違って、ロウは笑おうとしなかった。〝雨〟の浄化など、常識的に考えてあり得ない。御伽噺の怪獣を退治しに行く、と言っているのと同じだ。だがロウは何故だか笑う気分になれなかった。


「あ、やば」

 しかしロウがその事を考えている間、唐突に赤毛の女が呻いた、と思った途端、椅子から滑り落ちて、ばたりと床に倒れてしまった。

「は?」

 これには流石に、ロウからも素っ頓狂な声が出た。子分たちは一層笑いだす。女は何やら呻いており、ロウは仕方なく女の傍に跪いて話を聞いてやる。


「み、水あるかな……。悪い。薬が切れた」

女の声はか細かった。

「薬だ? 薬取りに来てお前が薬切れてどうすんだよ……。帝国出身なら分からねえと思うが、ここじゃ水も貴重なんだよ。諦めて死にな」

 ロウは呆れ半分で言い捨てたが、倒れた女は苦しそうにしながらも、真剣な顔つきでこちらを見た。


「それで……今のままでいいのか? 君たちは。人々から奪い取ってばかりで…誰も幸せにならないじゃないか。このままじゃ、君らは一生…貧しいままだよ」

「……?」

「……私だって、こうやって病気を持って、死にそうになっているが…諦めてない。私には無理でも、将来の誰かの力になるかもしれない。それで充分じゃないか。……君らは、この街のなかで奪うしか、生きていけないと思っているだろう。特にここは、土地を区切られているからね。でもどうせ、命を懸けるなら…別の街まで行って、交易の交渉をするとか、援助を頼むとか、出来るはずだ。端から諦めてるから、人から盗むことしか出来ない」

 女は懇々と訴えた。ロウは普段ならこのような世迷言になど聞く耳をもたずに、蹴り飛ばしてしまうところだが、なぜかこの女の話には耳を傾けてしまっていた。


「大したことじゃない…薬品を返してくれればいい。代金分は…私から出せる。協力して損はしないだろ?」

「馬鹿言え。のこのこ返しにいったら俺達が捕まっちまう」

「私が取引して…受け取った事にすればいい」

「……」

 話をそこまで聞いて、ロウは携帯していた水筒から水を汲み、女に差しだしてやった。女は礼を言うと、懐から瓶にいっぱい詰まった薬を取り出して、ごくごくと飲み始めた。その尋常ではない服薬量に、少したじろいだ。


「……どうしてそこまでする?」

 ロウは女に問いかけた。盗賊団の根城に女一人でやってきて、無理な注文をして、そのうえ倒れる。しかも目的は〝雨〟の浄化の研究の為、ときた。何のためにそのような、常識外の行動ばかりしているのか気になった。女は、薬を飲む手を一旦止めて、ゆっくり話した。


「帝国ではさ、強くないといけないの。君たちが肌の色で爪弾きに…されてるみたいに、強くないと追い出される。でも、可笑しいでしょ。人間って全員それぞれ…強さも見た目も違うでしょう。強さを正しい! って思わせてるのは、支配者の勝手なわけ。だから…私は、こんな弱い身体でも戦えるって、それを示して生きてる。そうじゃなきゃ、可哀想にって思われて終わりじゃない。生きるからには…戦える限り、戦うよ、私は」

 女はまだ苦しそうではあったが、晴れやかに笑った。ロウは心底驚いた。生きる為にと、仕方なく奪ってきた。自分たちをこんな環境に押し込めている〝雨〟が、国が、世界が悪いと信じていた。だがこの女は、世界の枷をものともせず、自分の理想のため、無茶と知りつつ命を懸けているのだ。ロウにとっては、無謀にも思える目的でもありながら、大きな衝撃でもあった。


「……あんた、名前聞いてもいいか?」

 ロウは動揺を隠せずに聞いた。

「もちろん。マキナだよ。君は?」

「ロウだ」

 赤毛の女、マキナは右手を差し出す。その手は未だ、症状のせいか震えている。ロウは片手をその手に添えて支えてやり、握手する。それを見て、これまでマキナの言動を嘲笑っていた子分達も、少しだけ困ったようにしながら遠巻きに様子を見つめている。


 これがロウと、マキナとの出会いだった。


 その後、マキナと約束した通り、薬品は返還された。マキナは薬品を取り返した事を口実に、帝国から人を派遣してエペト・グラムの政治に介入した。肌色による居住区の区分けを撤廃し、国全体としても農地の整備や、水道を引いて環境を整えたのだ。褐色肌の人々は勿論、白肌の人々の暮らしも向上した。

 王族達から多少の反発もあったが、趨勢を決定づけたのは新たな〈剣の神子〉が、帝国側の味方に付いたことだった。その一人が、先ほど会った〈剣の神子〉、ラルフだ。最も尊い身分である〈剣の神子〉の決定に、王族たちも逆らう事は出来なかった。それ以降エペト・グラムと帝国の間では親交が深まり、同盟関係に近しい状態となっている。


──たどたどしくではあるが話を終えたロウが、ふう、とため息をつく。一瞬のあいだ静寂がやってきて、燈火から、ジジ、という音が聞こえた。


「ロウは、どうして……従者になったの?」

 話に聞き入っていたクリスティが、慎重に尋ねる。

「さっき話したように、姐さんの考え方は衝撃だった。この人の理想を手伝いたい、って想いと、危なっかしくて見てられねえって気持ちがあってさァ。貧民街を救ってくれた恩もあるし。盗賊団を解散してから、姐さんの元を訪ねたんだ。そしたら二つ返事でいいよ、って言ってくれてさ。それ以降、姐さんの隣が、オレの居場所ってわけ」

 ロウは気恥ずかしそうに笑う。本人はおどけて話しているが、北部から南部までやって来て、帝国の『誓い』まで果たすとは、相当な覚悟だったのだろう。マキナとロウの間は、普段は見せないが、固い信頼で結ばれているとは理解できた。


 しかし昔話をされたのはいいが、結局自分たちを呼び出して何が話したかったのか。カインはその点を問おうと思って、その前にロウが喋った。

「なあ、カイン。もしもオレが居ない時に、姐さんが危ない事があったら……多分助けてくれるよな?」

「ん……? 同行している間は、そうだろうな」

 突然、予想もしていなかった事を神妙な面持ちで言われ、カインとしても多少狼狽えたが肯定する。するとロウは俯き、囁くように話した。


「もし、オレのせいで……」


 ロウから最も遠い位置に座っていたクリスティには、聞こえない程の小声だった。カインには何とか聞こえて、内容に対して目を見開く。ロウはすぐに表情を切り替え、からっと笑って声を上げた。


「ま、そういう事でェ! 聞いてくれてありがと」

「え? ロウ、私。聞こえなかった」

「大丈夫。カインに伝えておいたからァ! 大した事じゃないンで」

 この場で教えてもらえないことにクリスティは不満げだが、ロウは取り合わない。話は終わりと言わんばかりに、それ以降はのらりくらりと躱して、何も言おうとしなかった。


 恐らく、ロウは初めからカインにだけ伝えるつもりでいたのだ。だが、カインとしても彼の言葉を、どう理解すべきか分からずにいた。



──『もし、オレのせいで、誰かが危なくなれば。その時は容赦しないでくれ』

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