第28話 〈剣の神子〉ラルフとジェレミー

 落陽の刻、エペト・グラム王城内。


「マキナ様、これは……」


 客間の長机を挟んでマキナの対面に座る、小太りの男は呻いた。身なりが良いが装飾品がびかびかと光っているのが目を引く。口ひげが鼻の下だけ生えている。この男はエペト・グラムを『名目上』収めている王族だ。彼はマキナから預かった書簡の中身を見て、動揺していた。


「ええ。見ていただいた通りです。〈剣の神子〉の二人には私から後でお伝えしておきます」

 マキナは、渉外用のそつのない笑顔を、王族の男に向ける。

「そ、そうですか。感謝いたします。で、では、私はこれで……」

 王族の男は話もそこそこに切り上げると、逃げるように立ち去ってしまった。


 それから少しして客間の外から、足音とともにぎゅ、という、重みをかけるような鈍い音が交互に鳴りながら近づいてきた。一人ではない。二人だ。


「マキナ様、うちのが失礼いたしました。大変お待たせして申し訳ありません」

「全く、本当に王族なのかしらね。恥ずかしいったらないですわ」


 現れたのは先ほど案内をしてくれた〈剣の神子〉ラルフと、ラルフにそっくりな女性だった。罵倒を続けるラルフと同じく、彼女もまた王族の男を貶している。そしてこちらもラルフと同様、剣鞘の先を杖代わりに突いて歩いている。茶髪で、眼には迷いがなく、聡明さを感じさせた。


「ラルフ、ジェレミー。二人の貴重な時間を奪ってすまないね」

 マキナは椅子から立ち上がって詫びた。

「とんでもありません。我が国を救ってくださったマキナ様のご訪問に、顔も見せずにはおられません」

 女性の方、ジェレミーは甲斐甲斐しい動作で礼をする。ラルフとよく似ているが、こげ茶の髪は長く腰程まであり、ラルフと対照的にが隻脚だった。ふたりはマキナの傍までぎこちなく歩いてから、椅子を引き、腰を下ろした。マキナは慣れた様子で二人の着席を待ち、落ち着くのを見計らって口を開く。


「さっきエドモンド殿にはお伝えしたのだけど、やっぱり二人にも知らせた方が良いと思って。書簡は、王様にはぼやっとした内容のやつを渡してあるよ」

 ラルフとジェレミーが同時に頷く。

「あのには、何を言っても何も出来ませんので、賢明なご判断かと」

「兄様の仰る通りですわ。私達が居りましたら、それで充分ですのに」

 話が及んだ途端、兄妹の間で王族への罵倒が飛び交う。マキナは、久しぶりに見たやり取りに堪えきれず、くすくすと笑いを漏らしてしまう。


 この双子の兄妹はどちらも〈剣の神子〉であり、ほぼ同時にその任を開始した、とても珍しい例である。ラルフが神剣『エペト』、ジェレミーが神剣『グラム』を持ち歩いている。

 彼らはマキナがこの国に干渉を始めた頃に〈剣の神子〉となり、全面的に協調して足並みを揃えてくれたのだ。というのも、この二人が貧民街の生まれで、王族と神子たちに相当な恨みを抱えていたことも理由のひとつだ。機知に富む双子は、帝国からの支援を受け入れた方が国の為になると考え、その干渉を甘んじて受け入れるようにと、王族に命じた。政治能力に欠ける王族は、勝手に国政を乗っ取った彼らに逆らう事が出来ないまま、受け入れるしかなかった。そのお陰でエペト・グラムの肌色による差別は取り払われ、マキナも安心してこの国で活動が出来るようになったのだ。


「……しまった。失礼致しました、つい口が止まらず。それで、今後の動きについてのお話、という事で間違いございませんでしょうか?」

 恐る恐るといった様子で、ラルフが尋ねてくる。

「そう。実際に事を交えるようになった場合……住民とをどうするか、という話だね。前々から伝えている通りに動いてくれれば良いのだけど、その確認かな」

 マキナの返答に、兄妹は深く頷いた。

「民と兵士達には、北へ動けるようにと指示はしております。やはり、レ・ユエ・ユアンの影響で、境界線を越えて南下する事は難しい様です」

「問題の隣国・アロダイトへは、有事の際には一個師団を派遣予定ですわ。人攫いをされてはたまりませんから」

 即座に、きちきちとした答えを述べる双子に、マキナは心強く思う。うんうん、と頷いた。この双子、マキナが接する人間の中でも頭の回転が速いので助かっている。エペト・グラムを他国から守る目的で、競争力を維持するため、国内の格差を完全に解消せずにいるような、現実的な手を取る者たちだ。


「そうだよね、聖地付近は特に〝雨〟が頻繁に降るから、やはり北だよね。砂漠はこれから私たちが視察に行く予定だから、もしも環境的に変容があったりしたら、報せるようにするよ」

「まあ! マキナ様が大砂漠に? 我が軍より数名、同行させましょうか?」

 驚いた様子でジェレミーが申し出てくれるが、マキナは手で示しながら大丈夫、と答える。

「旅商団で来ているし、護衛も雇っているから」

 それに対して、ラルフが目線を泳がせていたと思うと、ああ、と言ってからマキナに喋りかける。

「あの金髪金眼の男、〝金狼〟ですね? あれを護衛にしているのですか。気難しいと聞いていますが、よく手懐けられましたね」

 ラルフが述べているのは間違いなく一般論だが、今となっては懐かしくなる言われように、マキナは少し笑った。

「ご名答。彼は勿論腕もあるし護ってもらっているけど、実はもっと重大な役目があるのさ」

「役目というと……では彼が、前々からおっしゃっていた、後継者ですか?」

 ジェレミーが、探るように上目遣いで聞く。


「いや。彼じゃないんだ。の方だよ」

 マキナは、そう言って意味深な笑みを浮かべた。

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