第26話 ロウの過去

 部屋に三人で入り、カインとクリスティは備え付けの椅子にかけて、ロウ自身は寝台の上にどかっと座った。


「さっき、使用人にじろじろ見られていたでしょ。あれは肌の色を見てたんです。北部は、白肌の君しろはだのきみが多いのでェ、神子でない人間の価値ってすごく低いんですよ。今回は姐さんが連れている手前、目立ってそういう視線を向ける奴は少ないようですけどォ」

 ロウはやれやれ、といった具合に肩をすくめる。〝白肌の君〟は、褐色肌の人々から神子を皮肉って呼ぶ言い方だ。


「北部では、珍しいことじゃないッす。今後アンタたちは北部を旅するって聞いてますけどォ、特にアンタ一人だと嫌な事言われるかもしれないので、お気をつけを」

 ロウはカインをびしっと指し示して、そう告げた。


 確かに北部地域は、肌色による差別が強いとは聞いていた。これは聖ユリアスの教えが影響しており、〈剣の神子〉の務めは聖なるもの・その資格を持つ白肌の君みこは尊いもの・それ以外は卑しいもの、という考え方が広まっているからだ。南部では支配者たる帝国の姿勢から聖ユリアスの信奉者自体が少ないが、北部は数百年前までラ・ネージュ法王領が直接治めていた為、その影響が色濃く残っている──とは、先日の皇帝の弁だ。


「ここだって元は酷い国だったンすよ。姐さんが来てから、多少変わりましたけどね」

 ロウは軽快な調子でそう言うが、らしくもなく後ろ向きな言葉が多い。帝国に服従を誓ったくらいなのだ、故郷とはいえ北部を嫌っていてもおかしくはない。


「マキナがこの国に、以前来ていたという事か。お前が話したい事はそれに関係あるのか?」

「ああ、そうでしたァ。それを説明するのにはまずね、オレの昔話を聞いて欲しいンです」

 カインとクリスティはいちど顔を見合わせたが、黙って頷く。ロウはごほん、と息を整えた。慣れていないのか恥ずかしそうにしながらも、話し出した。




――四年前 エペト・グラム、貧民街。

 

 当時のエペト・グラム国内は、整備されておらず雑然と物が溢れていた。それぞれが好き勝手に土地を使い、農地の拡充や放牧を行っていたため、王城周辺も汚れ放題であった。余った土地に組み立て式の住居を無理やり使っている有様で、住民はせまぜまとした暮らしを送っていた。

 王族はまともな政治能力を持っておらず、しかしその権威は振るいたがった。王族自身は神子であったため、『白肌は尊い、褐色肌は卑しい』の風潮を利用し、褐色肌の住民を追いやった。国土の大半は白肌の君みこのものになり、残った土地に褐色肌の人々が詰め込められ、貧民街となった。


 貧民街の中を、金髪の少年が大勢の子分を引き攣れて闊歩する。手首、耳、足首、首元など至る所に金色の装飾品を身に着けている。住民たちは彼らを見るなり怯えた様子で引き下がり道を開けていく。金髪の少年──ロウは、エペト・グラムの貧民街を根城に、盗賊団を率いていた。

 

 愚かな王族によって身分が隔てられたこの国で、優雅に暮らす白肌の君みこに対し、褐色肌の人々は食うのもやっとの生活を強いられていた。親元も分からず貧民街に捨てられていたロウは、育ての親も早くに亡くしてしまい、以降は誰の助けも得られず暮らすほかなかった。神子が住む土地から奪い、盗むことを生業として暮らしているうち、盗賊団の頭領として成りあがった。


 エペト・グラムも多分に漏れず、神剣と〈剣の神子〉に守られているが、神剣『エペト』『グラム』は二本とも王城内に安置されている。貧民街は王城から離れている為、かろうじて恩恵を受けているだけで〈剣の神子〉を見たこともない。

 身に纏う金色の装飾品は、神子たちの暮らす地域に潜り込んで奪った品だ。盗品は裏の流通路を使って売りさばき、分け前は子分達にも渡す。それですらも衣食住は充分ではなく、衣服は擦り切れてぼろぼろだ。ロウは自らを苦しめる世界に憤りを感じつつも、生きるために盗賊に身を窶すしかなかった人々を受け入れつつ、また人から奪わせていた。



 彼らは貧民街を練り歩いた後、根城としている住居に入っていく。ロウがいつもの様に、入り口の仕切り布を捲ると、向かって正面に思わぬ訪問者の姿があった。


「お邪魔してますよ~」


 燃えるような赤毛が特徴的な若い女が、居室内のど真ん中に、椅子を寄せて座っていた。部下の盗賊達が後から入って来ても、飄々とした態度でのんびりとしている。


「なんだこいつは? お前ら、どうして入れた?」

 ロウが根城で待機していた筈の子分に鋭く聞くと、子分は狼狽えた様子で弁明した。

「い、いええ、この女勝手にずかずか入ってきたと思ったら、頭と話す予定があるからって座り出したんで、仕方なくこのままにしておいたんですが……」

 嘆息した後、ロウは無言で女を睨む。女の方は動じていない様子で、真っすぐ見つめ返してくる。見たところ武器も携帯していないようだが、護衛が居る様子もない。身一つで盗賊団の拠点に入ってくるなど、自殺行為だ。目的が全く探り取れず、ロウはまず、この女を質すことにする。


「てめェの目的は何だ?」

「おっ、話が速いね。君らが最近、あの王族が住んでいる方の土地……から盗んだ薬品がある筈なんだけど、それを返して欲しいんだ。どう~しても、ウチの国の研究に必要なんだ」

 赤毛の女は恐れのない様子で飄々と喋った。ロウは態度が気に入らない、と思いつつも話を進めた。

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