第25話 遊牧民の終着地、エペト・グラム
弔いを終えてドゥリンダナを発った一行は、北部と南部の境界線を過ぎ、北上。船はゆっくりと入港し、目的地に到着した。この国では帝国と数年前から交流があるそうで、住民側も動揺のない様子だ。
下船して荷を下ろし終わると、旅商団はロウを先頭として、街中を進んでいく。カインにとってこの国で目を引いたのは、組み立て式の円状の住居だ。他国と同じような煉瓦式の建物がほとんどを占めてはいるが、先ほどの簡易住居もこまごまと点在している。ロウが先頭に立って、軽快な口調でこの国の説明を続けている。
「エペト・グラムは、もともと〝雨〟が降る前からの遊牧民が土着した国なンです。あの丸い家屋は移動式住居で、すぐに組み立てが出来る仕組みになってます。歴史的に他国への侵略が盛んだったらしくてェ、神剣を二本所持していて、国土はかなり大きいっす」
港町らしいやや湿った質感の地面が、歩くたびにじゃり、と鳴る。ロウのすぐ後ろはクリスティがついて歩き、その後ろにカイン、という順だ。つまりクリスティが、その前後をふたりに挟まれる格好となっている。
ドゥリンダナでの一件以来、ロウが妙に心配そうにクリスティの近くに寄って来る事が多くなり、今もクリスティを傍に置いている。カインにとっても有難い事だが、少しむずがゆい心地がする。
「ロウ。ちょっと……心配しすぎ」
そこへ、保護される側のクリスティから注文が入る。どうやら、感じていることは一緒だったようだ。ところが当のロウは、そう言われても反応がなかった。暫くしてはっと気づき、オレか!と声を上げた。
「? ぼうっとしてた?」
クリスティが首を傾げながら聞いた。
「あはは……いやね、この国。俺が前に住んでた国なんですよォ。なんで懐かしいなァ~って、つい」
ロウはそう言いながら、照れ臭そうにして頭を搔いている。
「帝国民になる前は北部の生まれだったのか。ああ、でも捨てられたって言ってたな」
やり取りを黙って聞いていたカインが、ふたりの会話に横から入った。
「アンタは本当そういうの遠慮なく言いますよねェ。嫌いじゃないっすけど」
ロウはそう言いつつも、何故か嬉しそうににやにやと笑っている。
そこへ今度はマキナが、ロウの傍に寄って肩を掴んだ。突然の事だったので、ロウは細い悲鳴を出すほど驚愕していた。この皇女は相変わらず、人を驚かす事が好きだ。
「見て正面。あの杖の茶髪の青年、〈剣の神子〉だよ」
カインはすぐには言われた言葉の意味がよく分からなかったが、確かに前方で、杖をついた茶髪の男性が立っている。男性は右足の膝下から足が無く、隻脚だ。彼を護るように、騎士が数名取り巻きのように立ち塞いでいるため、分かりやすくはある。
「〈剣の神子〉が? 普通、王城や要塞に居るものではないのか?」
カインがマキナに対して訊いたところ、その〈剣の神子〉の青年本人が、すぐさま口を挟んだ。
「ええ、その通り。通常はこのように自由な振る舞いは許されないでしょうが、我々は〈剣の神子〉がある程度自由な行動を許されております。ようこそ、南の皆様」
言い終わったところで青年は、杖をごつ、と突きながらこちらへ歩み寄ってきた。 青年の杖はよく見ると、杖ではなくて、鞘のようだった。その鞘の先端に緩衝材らしき付属物が付いている。妙な杖を使っているな、とカインは思った。こげ茶で、癖なのか、くるくるとした毛質が特徴的な〈剣の神子〉は、きりりとした切れ目と長い眉で、余裕のある笑みを湛えている。佇まいはマキナとも似ており、腹に一物かかえている印象が強かった。
「ラルフ、お出迎えわざわざありがとうね!」
マキナは、嬉しそうに青年に駆けよった。
「いえ。このエペト・グラムの大恩あるマキナ様の為でしたら、当然です」
ラルフと呼ばれた〈剣の神子〉の彼の方も、親し気にやり取りを交わしている。
「カイン。あの杖の中身が、神剣『エペト』。この国では〈剣の神子〉が、神剣を持ち歩いているので、自由に行動できるンす」
ロウが小声で耳打ちするように、補足をしてくれた。なるほど、神剣を杖代わりにしているのか。
「それから、ロウも。おかえりなさい」
こちらのやり取りを聞いていたのか、ラルフはロウに対しても声をかけてきた。ロウもこの国には前に住んでいたと言うので、知人なのだろうか。
「あ~……こっ恥ずかしいですねェ。お邪魔します……」
珍しく狼狽えながら、ロウはぼそりと返事した。ラルフはにこりと笑顔で返すと、くるりと振り返って、こちら側に背を向けた。
「では、例のボンクラの王城までご案内します。マキナ様とロウだけで良いですか?」
言説を弁えた人物とみえたラルフから、突然これまでとは打って変わった暴言が聞こえて、皆が耳を疑った。マキナだけは慣れているのか意に介さず、うーん、と悩んでいる。
「ああ……。そしたらロウ、悪いけど旅商団の皆を宿に連れてってくれるかな。父上から預かってる言伝と書簡があって、口外無用のもので王様以外に伝えちゃいけないらしいのよ」
「オレもですか⁉」
ロウが驚いている。確かに、彼はマキナの従者なので、別行動していることはかなり珍しい。
「ごめんね、ロウ。カインとクリスティも、悪いけど宜しくね。それじゃあ行こう」
そう言うと、マキナはラルフに何か喋ってから、さっさと王城に向かって歩いて行ってしまった。後には、ロウとカイン達、それから旅商団の面々が残された。
「随分と変わった〈剣の神子〉だな」
カインが神妙な顔で呟く。
「そっすねェ……。仕方ねェ、まあ、じゃあ、宿に行きますか」
ラルフとマキナの嵐のようなやり取りに、団員たちも呆気に取られていた。ロウは気を取り直して、皆を連れて宿へ向かった。
宿場に入り、団員たちはそれぞれ休息を取る。カイン達は、ロウの用事が終わるのを立って待っていた。その間、宿の使用人の一人が、仕事をこなしながらもカインの事をじろじろと観察していた。相手にはしなかったが、クリスティは気にしているようだった。
「あの人……カインに失礼。私、言ってこようか?」
クリスティが不満そうに小声で囁いてくる。
「有難う。特にいい」
カインはそっけなく答えた。そこへ、ロウがその使用人の視線を遮るようにして近付いてきた。宿屋との手続きを終えたようだ。
「お待たせしましたァ。とりあえず、休みましょう。オレの部屋が広いのでェ、そこで話しますか」
少し疲れた様子のロウが言った。ロウを待っていたのも、彼自身からの『話したい事がある』という申し出からだった。ロウはカイン達の前に進み出て、部屋へ通じる階段を昇っていく。
視線を遮られた使用人は、まだちらちらと眼を向けてきてはいたが、カインは一度だけ其方を向いて、その後は何もしなかった。
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