第3話 レオ

 翌の陽昇り刻。じめじめとした熱気のなか、金髪金眼の騎士・レオは要塞に向かっていた。ディル達の一家は、ユジェが〈剣の神子〉なので神剣のもとを離れることが出来ず、それに合わせる形で夫ディルと娘メアリも要塞内に同居している。レオ自身は既に両親と死別しており、人々の様子を眺めながら要塞に登営するのは、僅かな安らぎのひとつだ。


 アルマスの風景は実に牧歌的である。〈剣の神子〉の力が及ぶ範囲のぎりぎりまで、畑、灌漑用の河川、農作が広がっていて、外周を囲むように城壁。ここに兵士たちが詰める。街の中心に要塞があり、残った内陸部に住居と商店がひしめき合う。秩序は無いが、隣り合って暮らすぶん顔見知りばかりで暮らしやすい土地だ。貧しい者もいるが、住民同士が少しずつ支え合っている。


「レオ!」

 まだ早朝だというのに大声で呼び止められ、びくりと肩が上がった。肉屋の女主人が手招きしている。


「驚いた……。朝から何だ?」

「早くからご苦労様! 帰りに寄りな! 新しい商品が入ったから」

「嬉しいな、じゃあ寄らせて貰うよ。有難うな」

 女主人にひらひらと手を振るレオ。こういった繋がりを護りたいと、レオは考えていた。


 おはよう、と挨拶をしながら『神子の間』の扉をコンコンと小突き、少し時間をおいてから開く。神剣が部屋の中心で突き立っていて、寝台や水回りといった生活空間が壁沿いに広がっている。これらは〝雨〟の時は仕切りで隠されているが、〈剣の神子〉はここで暮らすほかないので、ここがディル家の住処だ。


「あら? どなたかしら。ディルー!」

 レオから見て部屋の右方に、ぺたりと床に座って衣服を畳んでいるユジェが居た。

そう離れてはいないが、ユジェは目を細めてこちらを見ても、誰が訪問してきたのか分かっていない様子だった。胸の内がちくりと痛む。

 

 少しして、ディルが眠たそうな顔のままのっそりと現れる。行こうか、と促され、書類仕事用の執務室に二人で向かう事になった。


「急に呼び出して悪いな」

「いや。……ユジェ、また悪くなったか?」

「ああ。手が伸ばせるくらいの距離でないと見えないらしい」

 執務室への道すがら、ディルがこちらを見ずに答えた。レオは思わずため息を吐いてしまう。ユジェは〈剣の神子〉の務めの年数が長くなればなるほど、視力が弱くなっている様だった。〈剣の神子〉は『魂』を削る──と、聖ユリアスの教えで云われている通り、何かしら身体に支障をきたす事が多い。分かってはいても、見ていて辛い物があった。


「実はな、ちょっと遠征を頼みたい」

「遠征?」

「北のコラーダに。今度の同盟調印の間、偵察をな」

「ああ、そういう……」

 言いにくい事でもあるのか、掻い摘んだ言い方だ。コラーダは北に位置する隣国で、同盟を組むという話が持ち上がっている。レオは、騎士隊長のディルにしょっちゅう呼び出される。単に気兼ねなくて便利だからという面もあるが、先の大戦後の扱いで、レオがディルに比べて冷遇された事を気にかけられているのではと思う。


 詳細まで話が及ばないうちに執務室に到着し、二人は足早に部屋に入る。室内に誰も居ない事を確認すると、レオはディルを睨むように見上げた。

「その遠征は誰を連れていけばいい? 欠片はあるのか?」

「メアリを連れて行ってくれ」

「は? いや、メアリは駄目だ。ユジェの命が、もう残り少ないだろ」

 レオは真っ向から反対し、首を横に振った。

 

 遠征はアルマスの街から出て任務に赴く任務のことだが、〈剣の神子〉の浄化範囲を出るので、当然だが〝雨〟を対策しなければならない。それを解決するのが、神剣の刃から削り取った、欠片である。神剣の欠片に神子が触れていれば、〈剣の神子〉の範囲には及ばないが、周囲少しの距離を無毒化できる。〈剣の神子〉の個人用簡易版、といったところだ。

 やっている事は〈剣の神子〉と同じなので、使用する神子の命を削る事には違いない。神子が重宝されるのは実のところ、〈剣の神子〉代わりになれるという特性もある。


「それが、彼女の希望なんだ。自分が生きてるうちに街の外を見せておかないと、もし剣に選ばれて〈剣の神子〉になったら可哀そうだからって。欠片は新しい物を削って用意したから心配しないでくれ。まあ、コラーダとは順調に話が進んでいるから、何事もない筈だ」

「……そうか……」

 レオは唸る。納得していないという本音が顔に出ていた。ディルの頼みは、レオとメアリの二人でコラーダに出向き、あちら側が妙な動きをしていないか見張っているようにという内容である。


「分かってはいると思うが、あの子の護衛はお前にしか任せられない。頼まれてほしいんだ」

 真剣な面持ちでディルがこちらを見つめてくる。もともとレオは剣の腕は抜きんでていて、裏目に出て兵士仲間からは恐れられてもいるが、実力は確かだ。今回ばかりは親友だから、という理由だけではないのだろう。


「……仕方ない、引き受けるよ」

「本当か! ありがとう、助かる……!」

 ディルが大袈裟なほど深々と頭を下げてきたので、レオは苦笑いする。


 お前のような男が、俺にそんなことをしないでくれ。居た堪れなくなったレオはすぐに頭を上げさせて、話を切り上げた。

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