第2話 ユジェ
やがて、水滴の音が一夜とともに過ぎ、〝雨〟は去った。外に出られない騎士たちの代わりに、外壁担当の兵士が〝雨〟の終わりを報告しに現れた。それを合図に女性は剣から手を放し、騎士たちから緊張が抜ける。
「ユジェ」
一夜の〝雨〟との戦いを終えて、ディルは〈剣の神子〉に声をかけた。女性はディルの姿を認めると、桃色の髪をなびかせて振り返り、満開の笑顔を咲かせた。
「おつかれさま! ディル!」
彼女はユジェ。〈剣の神子〉であり、ディルの妻であり、メアリの母である。
ディル、レオ、ユジェの幼馴染三人は、昔から騎士に憧れていた。中でもユジェは才能に恵まれ、頭角を現してすぐに騎士に任命された。〝駿剣〟などと呼ばれて持て囃され、誇らしそうにしていたものだ。
しかしそんなある日、ユジェが神剣に〈剣の神子〉として選ばれて、手の甲に印が浮かんだ。
先代の〈剣の神子〉が力を使い果たして息絶えると、神剣が次の〈剣の神子〉を選び、手の甲に〈剣の神子〉である印が付けられる。印を持った人間が、〈剣の神子〉の責を放棄して逃げようと一定以上の距離を離れたり、〝雨〟が降っても傍にいなければ、印が身体に痛みを与える。その苦痛は想像を絶するもので、のたうち回るほどだという。選ばれてしまったが最後、〈剣の神子〉は神剣の近くで衣食住を共にして、力を使い続けて死ぬその日まで、自由を奪われ続けるしかない。
ユジェ本人も相当に衝撃を受けた。夢だった騎士となったのに、街の命そのものである〈剣の神子〉となり、戦うことが許されない身の上になってしまったのだ。
ディルはその時に決意を固めて、ユジェに結婚を申し込んだ。当人にも大変に驚かれたが、想いは結実する。娘のメアリも授かり、周囲の後押しもあって騎士隊の隊長に任命された。以降は出来る限り、ユジェの側に居るようにしている。
「何事も無くて良かったね! 騎士の皆も、ありがとう。そうだ! このまえ商店街の方に食材を多めに頂いたのだけど、皆のおうちで食べない? 我が家では食べきれなくて。ええとね、唐土と牛肉と……」
「ユジェ様、住民から献上品がありますよ。今夜のご飯にと、三件ほど。」
「本当に? 昨日もそれで貰ったばかりなのに〜! ちょっと待ってて、今小分けにしてくるから!」
〝雨〟の時間が終わった途端、〈剣の神子〉らしからぬ庶民感を丸出しにするユジェ。騎士達からも思わず笑みが漏れる。ディルも伸びやかな妻の姿が好きだった。〈剣の神子〉になった当初は元気のなかったユジェは、今はこの通り生き生きとしている。子供を持つこと、使命を全うすることも、ユジェ自身が望んだことだ。その健気な生きざまは、〝雨〟に怯える人々の心の励ましとなり、皆から羨望の対象となっている。
だが、そんなユジェを見るたび、ディルは誇らしくもあり、やるせなくもなる。
〈剣の神子〉は国を守るために命を削っている。〈剣の神子〉になってから生きていられる期間は五年で、任期中も心身ともに影響を受けて衰弱していく。
ユジェはもうすぐ、命を使い果たしてしまうのだ。
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