第15話 足垂と蛟の盟約

 足垂の母屋には地下に書庫がある。妖物にまつわる書籍が大半で、中には歴史的価値のあるものも保管されている。


 碧緒、雲雀、雪しろの三人は【人身御供の儀】並びに【地鎮の儀】、池の水についてなどの情報を求めて書庫を漁っていた。


 碧緒が目を通しているのは足垂が所有する土地について記されたものだ。


 足垂家は屋敷が腰を据える白苔山(はくたいざん)を所有している。書物には足垂家の敷地内や白苔山の地形についてが写真や図を使って事細かに記されていた。敷地内にある母屋や離れ、蔵や地下牢、ため池に庭や門。それから山の形、動植物分布……。


「足垂家って龍脈の上に建っているんですね」


 碧緒の後ろから地図を覗き込んだ雪しろがぼそりと呟いた。


 龍脈というのは大地の気の流れのことである。この気が通っている場所や滞留している土地は栄え、動物や妖物も多く集まる。妖物は特に龍脈を好む傾向にあり、移ろいゆく龍脈と共に移動する妖物も多かった。


 書物に寄れば、白苔山には山頂付近から出でて裾まで続く龍脈があるようだ。陰陽一家は拠点の場を選ぶ際に龍脈の傍を選ぶ傾向にあるため、足垂の土地に龍脈があること自体はおかしくない。しかし碧緒には気になる点があった。


「この龍脈、だいたい白苔川(はくたいがわ)に沿っているみたいなのだけれど、急にここで逸れてまた合流しているの」


 図の山の中腹あたりから指で龍脈を辿っていく。


 谷川に沿っていた龍脈が逸れ、足垂家を通ってしばらくするとまた谷川に合流していた。


「ここ、儀式の場所だわ」


 ちょうど谷川から龍脈が離れているところを指で叩く。


「儀式の場所は特別なところを選びますものね」


「龍脈から外れる分岐点ならもってこいだろうな。たぶんそこからまた合流するまでの間が一番淀みやすいんだろう」


「そうなんでしょうけど」


 二人は気にしていない様子だが、碧緒は気になって仕方なかった。


 龍脈と外れる分岐点になっているところを儀式の場として選ぶのは真っ当だ。けれどそもそもどうしてそれまで龍脈に沿っていた川が急に逸れているのかという疑問がある。元々谷川に沿っていた龍脈が移ってこの部分だけ逸れ、ちょうど良い場所を見つけた足垂初代当主がここに屋敷を構えたのだろうか。


 唇に人差し指を当てて考え込む碧緒の腕を雪しろが叩いた。


「十一時九分前です。そろそろ昼食の時間ですので、一旦部屋に戻りませんか?」


 私は奉公人としての仕事がありますし、と雪しろ。


 朝からずっと書庫に入り浸りだったのでそろそろ休憩を入れても良い頃だった。


 続きは部屋で検討することにして、碧緒は立ち上がった。


「戻りましょうか」


「じゃ、アタシは聞き込みにでも行ってくるかな」


 三人はそろって書庫を出ようと出入り口に移動した。


 そうして書庫の引き戸を開けたところで碧緒が足を止めた。


「あら」


 足元にぽつぽつと黒っぽい石のような何かが落ちていた。


 屈んで手に取ってみる。


 両脇から雲雀と雪しろが碧緒の手の中の物を覗き込んできた。


「田螺か」

「田螺ですね」

「田螺ねぇ」


 田螺は田螺だがただの田螺ではなかった。怪貝といって、この田螺は貝の妖物の一種である。見ると一つや二つではなく、書庫の外側の壁と床の境目に群を成していた。


 寄り集まっている怪貝を見た雪しろは思わず表情を歪めた。


「集まっていると気持ち悪いですね」


 奉公先ではあまり妖物を見ない雪しろは群体に馴染がない。一方雲雀と雪しろは慣れているので見た目の印象については何も言わず、冷静に分析した。


「これも池の鯉と同じく、川の主の使いだろうな。碧緒を迎えに来たんだろう」


「まぁお疲れ様ね。けれど、こんなにたくさん何処から入って来たのかしら。田螺には穢れを食べて浄化したり、界と界の境を食べたりする性質があるから結界を破られること自体はおかしくないわ。でも、足垂家には二重の結界があるのよ。定期的に足垂の妖滅部隊も見回っているはずなのに」


 鯉に話しかけられた時と同じ疑問が浮かび、碧緒は頬に手を当てて小首を傾げた。


 足垂家には敷地内を囲う塀に一回りと屋敷の壁に一回りの結界が張ってある。そのうえ足垂家は妖物を侵入させないため、常に妖滅部隊を見回らせているので足垂家には魑魅魍魎もいないのが常だった。こんな小物の妖物が寄りにも寄って屋敷の中に蔓延っているなんて。魑魅魍魎でさえ嫌う妖物嫌いの竜樹の目を掻い潜って来られたのは何故なのか。


「聞いてみたらどうだ? おい、話せるか?」


 雲雀が碧緒の手の上に乗った田螺を突いた。しかし田螺は何も言わず、ぴくりとも動かない。


「此奴は話せないみたいだな」


「話せなくても動いてくれるかもしれないわ」


 碧緒は田螺を床に置いた。


「ねぇ、貴方は私を迎えに来たんでしょう? 何処から私を連れ出そうとしているのか教えてくれないかしら?」


 田螺は沈黙していて動きもしない。


 三人はしばらく黙って見守っていた。


 一分、二分、五分……。


 それでも田螺は何もしない。


 やはり無意味かと諦めかけた時。


 ずるり、と田螺が動いた。


「動きました!」


 雪しろは手を叩いて喜んだ。けれど興奮はすぐに消沈した。


「……とっても遅いですね」


「此奴、もし外から来ているのだとしたら、この速さだと一日かかるんじゃないか?」


「のんびり屋さんなのねぇ」


 三人はずりずりと毎秒五ミリずつ動いていく田螺の動きを見つめながら言うのだった。


 田螺がほんの少しずつ移動するのをひたすら観察し続けて十分。


 ようやく三メートルくらい移動したというのに、田螺は動きを止めてしまった。


「力尽きたのでしょうか」


「これでも妖物だから、いくらなんでもこれくらいで疲れはしないと思うけどな」


「此処が目的地なのかもしれないわ」


 碧緒は四つん這いになって床を押したり叩いたりし始めた。何かがあるという確信があったわけではない。ただ疑いの気持ちを晴らしたかっただけだった。


「あら」


 ガタ、と音がしたと思うと、床板がほんの少しだけずれた。碧緒はそれを見逃さず、動いた床板に指を引っ掛けて力を込めた。すると床板が外れ、ぽっかりと真っ暗な四角い穴が現れたのだった。


「へぇ! 隠し扉か!」


「すごい! 漫画で見たことあります!」


「こんなところがあるなんて知らなかったわ」


 三者三様、それぞれ彼女たちらしい感想を口にして、穴の中を覗き込む。


 廊下の明かりが照らし出す範囲は少なく、木の梯子が備え付けてあることしか分からない。どのくらい深いのか。この下に何があるのか。何かがいるのか。何も分からないということが、泡立つような恐怖を連れて来る。


「降りてみましょうか」


 碧緒の提案に二人はゆっくり頷いた。


 備え付けてあった木の梯子を雲雀、雪しろ、碧緒の順に降りていく。


 灯りの無い真っ暗闇の中をひたすら足と手だけを動かし続けて十数分。三人は地面に降り立った。足の裏から伝わってくる地面は固い。岩だろうか。


 碧緒は顔よりも少し上の高さにあったランプに気がつき、火をつけた。着物の袂を抑えながら手を目いっぱい伸ばし、辺りを照らしてみる。


「ひぇぇっ!」


 雪しろは悲鳴を上げ、飛び上がって雲雀の後ろに隠れた。


 彼女が悲鳴を上げるのも無理はない。


 橙色の光に照らし出されたのは、壁一面ににびっしりと犇めき合った田螺だったのだから。


 思わずぞっと肌が泡立ち、碧緒も悲鳴を上げそうになったがなんとか堪えた。雲雀はさすが、妖滅部隊で見慣れているのか動じなかった。


「……結界用の札が食べられているわね」


 田螺が壁を埋め尽くさんばかりに貼りついているので分かりにくいが、よくよく見ると岩壁にいくつか呪のこめられた紙札が貼られていた。ただしほとんど田螺が食い破ってしまったらしく、ほんの少し文字が書かれた形跡があるだけだった。結界としてはもう機能していない。


「あの田螺共はここから侵入したみたいだな。しかしここは一体何だ?」


「水だわ。水路かしら」


 数十センチ先でランプの明かりが水面に乱反射している。ただ水路にしては大きすぎるような気がした。遠くを照らせば照らすほど地面の光の拡散範囲が広くなっていく。


「排水路か?」


「どうかしら」


 碧緒は近付き過ぎて落ちないよう十分注意しながら水路を辿っていった。


 そうして行き止まりに行きついた碧緒は、ほう、と白い息を吐いて上体を傾けた。


「これはたぶん、白苔川よ」

「白苔川!?」

「白苔川ですか!?」


 同時に叫んだ二人の声がわんわんと反響した。


 吐く息が白くなるくらいの外気温。橙色の灯りが暗闇の中で乱反射し、水が岩を叩く音が洞の中で響いている。果てなく続くように見える水面と岩肌しかないこの場所は人の手で造られたものではなく、明らかに自然に創造されたものであった。


 あの池の水は足垂の下を流れる白苔川から湧いたものだろう。だから蛟は水を介して鯉を操ることができたのだ。


「白苔川は二股に分かれていたということですか。つまり、龍脈から逸れていなかったのですね」


「足垂家が腰を据えたのが龍脈の上ではなく、儀式の川の上……この一体を統べる主の座すところだととらえると状況が変わってくるな」


「蛟と足垂家の関係は盟約の下に成り立っているのでしょうけど、これは質であるとしか捉えられないわ。蛟は六十年に一度の生贄を逃さないために足垂家を監視しているのだわ」


 かつて東方本家を離れた足垂家の創始者がこの地に腰を据えたのは、太い龍脈が通っていることに加え、土地の穢れを祓ってくれる蛟がいたからだと推測される。龍脈は動植物だけでなく、邪な気を持つ人間や妖物も集めてしまう。邪な気が集まると周囲が穢れ、動物は死に、植物は枯れ、人の世には陰気が蔓延り病が増えて、妖物は混沌を撒く。四方一門では龍脈の穢れを祓うことも生業としているが、到底人のみでどうにかできることではなく、必ず妖物の力も必要とした。もちろん足垂家もこの土地の穢れを祓うために妖物と手を組まねばならなかった。しかし妖物がすすんで自らの身を汚すことになる穢れ祓いなぞやるわけがない。そこで足垂家が選んだのが【人身御供の儀】だった。蛟が土地の穢れを祓う代わりに、足垂家が生贄をもってして蛟の穢れを祓う。当時の人間たちの価値観で悪しき風習を採用し、尊い命と引き換えに平穏を保ってきたのだろうが。


 この盟約は決して逃れられない。結んでしまったが最後。主の座すお膝元に本拠を構えてしまったが最後。逃げ出そうとしようものなら未来永劫祟られかねない。妖物、それも土地の主ともなれば呪いの力は強いはずだ。足垂の血をひく者は、悲鳴と共にこの世を去ることになるだろう。蛟との盟約の破棄は足垂家の消滅に直結する。


 屋敷を壊して別のところに建てれば良いという問題ではないだろう。そんなことだけで済むのなら、足垂はこの時代に生贄なんて用意しない。


「アタシたちと妖物は持ちつ持たれつ、得はしても損はしないという関係のはずなんだ。そういう関係は間違っている」


「御当主様が【人身供物廃止令】を言い渡したのは、もしかしたらもう一度妖物との関係を考え直してほしいという意味もあったのかもしれないわ」


 雲雀と雪しろは頷いて同意した。


 早急に蛟との関係を一新しなければならない。そうでなければまた六十年後にかけがえのない命が奪われてしまう。


 しかしどうしたものか。


 碧緒が悩んでいたその時。


バシャンッ


 水の中から何かが飛び出してきて、咄嗟に目を閉じた碧緒の額をこつんと小突いた。


「きゃぁぁっ!」


「竜だ!! 気を付けろ碧緒!」


 目を開けると目の前に真っ赤な瞳があった。


 この瞳には見覚えがある。


「ご当主様?」


 竜は答えなかったけれど、ゆうらりともたげた首を動かした。


「本当にご当主様なのか? 雪しろ、分かるか? アタシより気を読むのが得意だろう」


「私では分かりません……。ご当主様の気はよく変化するので……」


 碧緒も気を読むのは得意ではなく、気から竜を竜臣だと判断することは出来なかった。しかし、碧緒は確信していた。これは竜臣だと。


 橙色の光を光沢のある身体が反射している。暗い場所では全体的に黒く見えるが、光の当たるところが青色を透かしているので青い竜なのだろう。


「どうしてこんなところにいらっしゃるのですか?」


 竜の頭が横を向く。


 降りてきた梯子がある、行き止まりの方。


 つられた碧緒がそちらを向くと、竜は碧緒の背後を通り、凄まじい速さで壁を這って一回りした。そうしてふぅっと碧緒に向かって息を吹きかけたのだった。


 竹林での感覚を思い出す。やはりこの竜は竜臣だ。


 竜の身体は貼り付けられているように壁にくっついており、ちょうどこの場を一回りしたくらいの大きさのようだ。意外と大きい。


 それからびっしり壁を埋め尽くしていた田螺が消えている。どうやら竜が残らず追い返してくれたらしい。目の前の竜はそうとは言わず、ただぱちりと瞬きを一つ落とした。


 その仕草が碧緒の琴線に触れた。


 可愛らしい。相手は竜臣だと分かっていても、竜の形をしていて仕草も人間らしくないと認識が甘くなる。


「偉いわ」


 思わず手を伸ばして頭を撫でてやる。竜は目を大きくして瞳孔を開いた。どすん、と大きな音がしたと思うと、張り付いていた身体が地面に落ちていた。


「時間はあるかしら? お礼といってはなんだけれど、上でおもてなしさせてくれませんか?」


 人差し指を立てると竜は指の先を見上げて顔を上げた。


 碧緒はくすりと笑い、戻って梯子に手をかけた。竜は何も言わずに宙を移動してやってくると、梯子を登る碧緒を包み込むようにぐるぐるとぐろを巻いてついてきた。そうして碧緒が梯子を登りきり、室内に戻ると、ひょこりと顔だけを出してきょろきょろ辺りを見渡した。


 やっぱり愛らしい。人の姿は格好良すぎて直視なんかままならないけれど、竜の姿なら可愛がってもやれる。


「おあがり」


 優しく微笑んで言ってやると、竜は穴から滑り出でて碧緒の周りを一回りした。


「その竜、本当にご当主様なんですか?」


 続いて穴から出てきた雪しろが、信じられないという顔をする。


「ご当主様かどうかは今に分かるんじゃないか?」


 最後に登場した雲雀は穴を元のように分からないよう隠しながら言った。


「この子はご当主様よ。二人もすぐ確信することになるわ」


 小首を傾げた雪しろとニヤリと笑った雲雀が顔を見合わせた。


「今にって、すぐって、言いますけど……」


 雪しろが腑に落ちていない表情で問いかけようとすると、廊下を踏み締める音が聞こえてきた。走るまではいかないが、かなりの早足で近づいてくる。


 誰がやってくるのか。


 一同が足音の方を向く。


「おいそこの若造! 誰の許可を得て屋敷に入って来た!」


 竜樹が普段の無表情に鬼のような表情を貼り付けて現れた。


 雲雀はいつの間にか姿を消しており、残された雪しろは慌てて竜の身体の後ろに隠れて頭を下げた。


 一方碧緒は平然とした顔で笑っていた。


「あら、お父様。どうなさったのですか?」


 竜樹は碧緒を一瞥した。


「お前が入れたのか」


「そうです」


「これが誰か知っていて入れたのか」


「誰、とは? このアオちゃんのことですか?」


 小首を傾げ、右手で近くにあった竜の顎を撫でる。竜の身体はぎしりと固まったけれど、碧緒は構わず撫で続けた。


「わたくしと契約した妖物です。こんなに大きくて立派な子ですから、式としてさぞ役に立ってくれるでしょう」


 にこりと笑ってみせる。竜樹は眉間に深い皺を寄せた。


 碧緒がこの竜を竜臣だと気づいていて演技をしていることぐらい、竜樹は分かっているだろう。それでも碧緒がとぼけているのは、竜樹がどう出るか見ておきたかったからだ。


 竜樹は竜臣に碧緒への接近禁止命令を出しており、門前に姿を現そうものなら自ら飛んでいって追い払うのだと雲雀から聞いていた。対応としておかしくはないのだが、過剰に反応しているようにも思える。そこで碧緒は、自分が竜臣と共にいたら竜樹がどのような反応をするのか見定めたかったのだった。


 もちろん竜臣をもてなしたいという気持ちは嘘ではないが。


「竜臣……碧緒には決して近づくなと警告しただろう! 近づこうものなら殺すと言ったことを忘れたか!?」


 竜樹の右手にはどこからともなく現れた木刀が握られた。


 霊刀・東芍薬亜門(れいとう・ひがししゃくやくあもん)。人は切れないが妖物は切れる、竜樹愛用の霊力が宿る刀だ。若い頃は共に前線を駆け回り、敵にも味方にも恐れられる剣気を発揮していたというが、前線を退いてからは持ち出したことがなかった。


 それが今、竜樹の手に握られているのだ。碧緒はぎょっとして竜樹と竜臣の間に立ち塞がった。


「お父様、落ち着いてください。わたくしが勝手に近づいてお招きしただけで、ごと……竜臣様は何も悪くありませ……きゃぁっ!?」


 竜樹に強引に腕を掴まれ、引き寄せられる。竜樹の背中に庇われ、碧緒は竜臣と対峙する形になった。


 隣に立っていた際には思わなかったが、向かいに立ってみると気づかされる、存在感。


 体が大きいだけではない。こちらを見つめる瞳の威圧感。場を支配する圧倒的な気迫。辺りを足垂家の妖滅部隊が取り囲み始めても崩れない、悠然とした姿勢。どれをとっても……美しい。


「碧緒はやらん。お前だけには決して渡さん!」


 刀を構えた竜樹が一呼吸の間に距離を詰めて竜に切りかかった。


 竜は間一髪のところで避け、開けっぱなしになっていた窓に後ろ足をかけると言った。


「また来る」


 間違いない。竜臣の声だった。


 そうして竜は屋敷に張られた結界をいとも簡単に破いて消え去ったのだった。


「……自室に戻り、以降部屋を出るのは最低限に留めろ」


 鋭い瞳で睨まれ気圧されたが、碧緒は憮然とした態度で言い返した。


「なぜですか? どうしてお父様は竜臣様を嫌っていらっしゃるの?」


 たったそれだけの返だったのに、今まで「はい」しか言ってこなかった碧緒は緊張していた。父に愛想を尽かされてしまったらどうしようという不安もあった。


「あれを嫌っているわけではない。お前に近づくのを許していないだけだ」


「此度の件のせいですか? それとも別の理由があるのですか?」


「お前は知らなくていい」


 ぴしゃりと言い放ち、竜樹は踵を返して行ってしまった。辺りに集まっていた妖滅部隊も引いていく。


(知らなくて良いということは、今回の儀式の阻止や結婚の言い入れ以外に理由があるということかしら)


 碧緒は思案する。

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