第5話 ウイスキーボンボン 〜高2の冬〜 破

時間が飛んでいるように思えなかった。

低い気温も、走り込みをする運動部の掛け声も、全国大会出場の垂れ幕も、さっきと何も変わらない。

制服に黒いリュックを背負った私の格好も、さっきと何も変わらない。


ただ息が上がっていた。まるで校舎から走って出てきたかのようだ。


後ろから私を呼ぶ声が聞こえる。

振り返ると、クラスメートの男子が立っていた。


「なんで止まるんだよ」

「なんでって…」

「お前が逃げたんだろ」

「そう…なの」

「悪かったよ、もう絡まないから帰れよ」


彼は私に背を向けた。


「ねえ、何が」

「関わらないって言ってんだろ!」


私は動けなかった。

彼は私が固まっているのを察したのか、「ごめん」と呟いて校舎へ入って行った。


気がつくと、私は実家のソファに座っていた。口の中のウイスキーボンボンはすっかり溶け切って、心なしか少し酸っぱく感じる。キッチンに立ち、水道水で流し込んで、深呼吸をした。


さっきの状況は何一つ把握できていないが、一つ直感したことがある。

あれは、この先、この冬の間に起こる何か。


今は2月中旬。冬の終わりはすぐそこだ。

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酔歩路の想い出 @mustardflower

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