公子の初恋皇女さま
雨玖(ウク)
第1話
☆登場人物☆
天華国が誇る六大貴族、柳家の次期当主。
幼い頃から初恋の皇女を思い続けている。
天華国第三皇女。温厚で優しく寛容な性格。
生母は淑妃。王位継承権一位(皇太女)。
天華国第四皇女。優華の妹。
怜悧で思慮深い性格。継承権三位。
柳家の当主で黎明の父。
〜序章〜
初恋は実らない。
世間ではそう言われる事の方が多く、実際初恋を実らせる事など極めて少なければ、実らせた者はかなりの果報者と言える。
初恋が実らない事の一つとして挙げられるのは主に身分違いの恋が多い。
六大貴族のひとつに数えられる
そんな決められた未来があるなら、恋をして苦しむなど惨めな話だ。
この頃の黎明は叶わないどころか、恋などしていい事などあるのだろうかと幼いながらに思っていた。
今日は第三皇女、並びに第四皇女生誕の宴が開かれてる。有力貴族達は皇女の誕生日を祝うために続々と集まっている。
我が柳家でも宴は催されるが、皇族の開く宴はより豪勢で煌びやか、その規模や格が違う。
格の違いを見せられたからか、難しい大人の会話について行けず退屈を極めた黎明はこっそりと会場を抜け出し庭園を散策していた。
主役はあくまで誕生日を迎えた二人の皇女だが、ただ祝うためだけに集まっているのでないことは黎明にもわかっていた。
今頃宴は大いに盛り上がってることだろう。
(さすがに、そろそろ戻らないと怒られるな…)
父や誰にも告げず抜け出したし、時間もだいぶ経ったころ黎明はくるりと向きを変え会場に戻ろうとした。
その時、奥にある茂みからパシャッと水の跳ねる音がした。
(誰かいるのか…?)
人を呼ぶべきか考えあぐねた末、黎明は足音を忍ばせゆっくりと茂みに近付いた。音を立てないようにそっと奥の様子を伺うと1人の少女が岩に腰掛けていた。
その瞬間、黎明の心に何かがすとんと落ちた。
まさか、そんな…と言い聞かせ頭を振って否定するが、幼いながらに華やかさのある雰囲気と憂いを帯びた表情を浮かべる少女の姿に、黎明がいくら否定しようと、すっかり目を奪われてしまったため視線が離せられないでいる。
少女を眺めてることに気を取られていた黎明だったが、足元に転がってる小石をコツンと蹴ってしまった。
「あ…!」
そして物音に反応した少女が顔を上げ、こちらを振り返った。
黎明は何か言おうとするも声が出せずそのまま固まってしまう。
すると少女の方も現れたのが自分と同い年くらいの少年という事に驚いてる様子でこちらを見つめていた。
「きみは…?」
少女は訝しみながら尋ねる。
黎明は怪しい者じゃないと弁明するが、動揺しあたふたとする様は如何にも怪しく少女は黎明をジッと見据える。
「あっ…、俺、黎明って言うんだ! 柳黎明っ!」
「柳…、六大貴族の?」
必死すぎて他のものが見たら貴族とは思えない幼稚で礼儀の無い自己紹介をした。
とはいえ実際黎明は十とまだ幼く、子供だと容認されるが、仮にも六大貴族に名を連ねるからには大人のように接することもあれば、それを求められることもおかしく無い。
あぁ…、やってしまったと思ったが少女は特に気にしてる様子はなく静かに頷いた。
「私は…、華華…」
自分も名乗るべきと判断したのか、華華と名乗った少女は礼儀正しく挨拶する。
黎明は一瞬首を傾げた後、ハッと気付く。
皇女の誕生祭に呼ばれた貴族の令嬢だろうと思っていたが、どうやら違う。
少女の纏ってるものは頭のてっぺんから足の先までどれもが一級品で、貴族の令嬢といえど身に付けられるものではない。何より主役である皇女を差し置いての目立つ服装は礼儀に反し不敬に値する。
そして名前だ。必ずではないが、皇族は名前に“天”または“華”という文字を入れている。
ともすれば自ずと答えに辿り着く。目の前の少女が皇女であると。
「皇女さま…」
そう口にすれば華華はそうだけど…と静かに答える。
何かまずいことを言っただろうかと思っていると、華華の体が僅かに震えていた。
その理由に気付き黎明があっ!と声をあげる。
「…!? 足ッ、怪我してるっ!」
さっきまで気付かなかったが少女は左足を切っており血を流していた。
ここに座っていたのは怪我して身動き一つ取れず、憂いを帯びていたのは人気離れた暗い場所にひとりでいて心細くなってきたのだろう。
震えていたのも痛みを我慢してのことだと解釈した。
黎明は華華の前にしゃがむと、自身の纏っている着物の袖を破り、怪我してる足首に巻いていき応急処置を施す。
その行動に驚いた少女は目を見開き黎明を見下ろす。
「…これで、よし! 痛む?」
「平気…」
少女は未だ驚いてる様子でいたが、すぐさま「ありがとう」とお礼の言葉を述べた。
笑みを浮かべた華華の表情に、黎明はますますドキッとし、照れくさそうに頬を染めながら「どういたしまして」と返した。
そろそろ戻らねば、本当に怒られるだろう。
会場のある方を気にかけそわつく黎明の心情を察してか、華華が「戻らないと怒られるのでは?」と訊ねてくる。
確かに怒られるだろう。しかし戻るのであれば、華華も一緒に連れて行きたい。
とはいえ怪我してて動けないだろうし、置いて行く訳にもいかない。
人を呼んでくればいいだけの話だが、黎明は一瞬でも離れたくないと思った。
そうこうしてる間に、黎明はよし!と心に決めその場に残ることにした。
黎明はちょこんと華華が腰掛けてる岩の隣に座る。
「戻らないの?」
「うん。それにほら! 話し相手がいれば退屈は紛れるでしょうから」
「……」
「…ダメ、でしょうか?」
迷惑だろうか、いや馴れ馴れしかったのかもしれないと黎明が捨てられた子犬のようにシュンとすると、華華はまたもぽかんとしていたが、すぐにクスッと笑い出し頷いた。
「じゃあ、何か話して。それと敬語もいらないよ」
一緒にいることを許可され、黎明はぱあぁと顔を綻ばせた。
少女の口数は多くはなかった。
否、話し相手とは言ったが正確には黎明が殆ど話してる状態だったが、華華は嫌な顔ひとつせず、穏やかな表情を浮かべ黎明の話に耳を傾けながら頷き、時折話の内容を訊ねるというのを繰り返していた。
自分の話がつまらなくはないかと思ったが、華華の様子を見るにそうでないと分かると安堵する。
それからどれくらい経っただろうか。遠くから誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。
「…──ま、…黎明さまー!」
それが自分だと分かると黎明はスッと立ち上がった。
なかなか戻らない自分を、父が探しに行くよう命じられた御付きの者が迎えにきたのだ。
黎明はちらりと
「すぐ戻るから!」
黎明は一言添えると、付き人の元へ駆けて行った。
「黎明様ー! 黎明様、どちらですかー!」
「こっちだ!」
「黎明様!!」
黎明の姿をようやく見つけ、無事であることを確かめるとお付き人が安堵の息を漏らす。
「ああ! 無事でよかった! さあ、参りましょう。当主様がお待ちです」
「待って! それよりあっちで、華…、皇女様が怪我をしてて動けないんだ」
「なんですと? 皇女様が!?」
話を聞いた付き人がそれは一大事だと急いで向かう。
黎明は急いで華華のいる場所に案内するが、戻ってくるとそこには誰もおらず、しんと静まり返っていた。
黎明は辺りを見渡すが影も形も無く、聞こえるのは穏やかな風が吹く音だけであった。
確かにここにいたのだと言う黎明に付き人はわかっていますと返す。
「黎明様が嘘をつく訳ありません。皇女様の方も迎えの方が来て戻られたのでしょう」
入れ違いになってしまったのか…。
「さあ、行きましょう」
付き人の言うように華華が無事戻ったのであればいいと思いながら黎明はその場を後にするのであった。
会場に着くと、既に臣下や有力貴族達が集まっていた。
「黎明 どこへ行っていたのだ?」
「申し訳ありません…、散歩して、迷ってしまい…」
問い掛けられ答えた黎明に、父の柳慧は困った顔を浮かべる。
息子の行動に目を瞑りながら「席に着きなさい、宴が始まる」と口にして間もなく、宴が始まった。
壇上の一番上、真ん中に鎮座しているのが天華国の皇帝。そして隣には皇后。
皇帝と皇后の一段下には*四夫人といわれる、皇后の次に位のある妃が座っている。
*(上から貴妃、淑妃、徳妃、賢妃のこと)
最も座っているのは徳妃と賢妃の2人で、淑妃は子供を産んですぐに、貴妃の方も半年前に亡くなったとのことである。
黎明も幼い頃に母を亡くしており、自分と同じ境遇になってると思うと苦しくなった。
宴が佳境に入り盛り上がったところで、皇帝が高々と告げる。
「今日は皇女の誕生祭によくぞ集まった。ここで我が娘の演奏を披露したいと思う!」
主役の演奏ということに臣下達は、一層注目する。皇女の演奏など早々に聴けることも少ないのだ。
黎明も舞台に目を向け注目する。袖口から箏を携えた皇女が登場し、尊顔を確認した黎明は小さく「あっ!」と声を上げる。
息子の反応に柳慧は「どうした?」と尋ねる。
「えっと、さっき散歩した時に会って…」
黎明がそう答えると柳慧は、なに?と驚きの声を漏らす。
一体どこで?と柳慧は周りに聴こえないよう黎明に問い掛ける。
「庭園の少し奥まった場所で、足を怪我して座ってました」
息子の話を聞き柳慧は一度舞台に目を向け再度向き直ると黎明にソッと耳打ちするように教えた。
「……あの方は、第三皇女の優華様だ」
(優華、さま…)
父の紹介に黎明は初めて本名を知ることとなる。華華とは偽名、いや…愛称のことだったのだと。
壇上に上がった優華は、来賓者にお辞儀を一つし座る。箏に手を置き構え、すぅーっと息を吸い呼吸を整え演奏を始めた。
その瞬間、会場は箏の音色に包まれた。
繰り出される音色は、天上の音のようで、優華の奏でる箏の演奏に貴族達は皆演奏に聞き惚れていた。
演奏が終わり見事な音を披露した皇女に、会場は拍手が鳴り響き、貴族達は歓声を上げる。
遅ればせながら黎明も拍手を送ると、素晴らしい演奏を披露した愛娘に皇帝陛下も誇らしげに満足の笑みを浮かべる。
父の横で拍手を送りながら、そうだ、足の怪我は大丈夫だろうか?と密かに思いながら見ていると、演奏を終えお辞儀をした優華と目が合い、黎明にニコリと微笑んだ。
その様子から大丈夫だと確信し、素晴らしい演奏を披露した華華に改めて拍手を送った。
出逢ったのは数刻前、僅かな時間で交わした言葉も少なかった。
もっと話したい、可能であるならばあの子と共に生きたいと思うほどに。
「実に素晴らしい演奏だった。……しかし第四皇女…婉華様はどうしたのだろうか?」
もう1人の主役であるはずの皇女が未だ姿を見せないことに柳慧は首を傾げるが、黎明はそんな父の言葉に気付かず優華を見つめていたのだった。
公子の初恋皇女さま 雨玖(ウク) @asagiume
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