オカルト好きだけど幽霊の存在には懐疑的な俺と、オカルト嫌い現実主義者なのに思考がホラーより怖めの彼女

丸山 令

彼女とのドライブは、今日も楽しい。

 俺は、車を運転するのが好きだ。

 

 この日も、いつもの如くハンドルを握っていた。

 隣に、彼女を乗せて。


 年に何度かは、必ず通るその道。

 気の抜けた表情で外の景色を楽しんでいた彼女は、視線をちらりと後ろに流す。



「あれ? 最近この辺、死亡事故あった?」


「え? 今年は、まだ無いけど?」


「ふーん。花置いてあった。新しいの」


「あぁ。お気の毒に」


「そうだね」



 彼女は、瞳を伏せる。



「直線の路肩だったから、暗がりで引っ掛けられたかな。

 安全運転でお願いします」


「了解」


 

 俺は、淡々とそれに応えた。

 

 しばらくの沈黙の後、彼女は口を開く。



「事故とか事件とか災害とかはさ、遺族感情とか大切だから、献花とか有りと思うんだけど、あれだね。

 区別したら可哀想かもだけど、自殺の場合は、花とか置かない方が良い気がするよね」

 

「確かにね。

 続くと口コミで広がって、名所化するからね。

 そっちも」



 かつて住んでいた町にも、名所化した橋があった。



「〇〇〇〇橋なんて、かつては観光名所だったらしいけどね。

 柵をどんなに高くしても志願者がよじ登るから、しまいには柵の上に有刺鉄線が張り巡らされていたよ。

 それでも、まだよじ登る。

 手足どころか身体中血まみれになって上ってた人、慌てて引き摺り下ろしたこともあったなぁ」


「えぇ……執念かな。

 そこまで引き寄せられるってのは、やっぱりなんかあるのかね?

 すると、怨霊ってのは、超強力な磁場を持ってるってことになるのかな? ブラックホール的な」


「俺は、人は死んだら無だと思うんだけどね?」


「それは、私も同意見だけど。

  それじゃぁ、例えば、落ちた先にこびりついた遺体の細胞から、何かしらの電波とかが出てて、波長が合っちゃうと引っ張られるとか?」


「なるほど。

  それじゃぁ、恨みや未練が残った人だけが、現世に留まるってのは、どういう現象? 」


「ふむ。例えば、感情を司る物質に、重さがあると仮定してみたらどうよ。

 つまり、未練のない人は軽いから、地球の引力に縛られずに、ぐんぐん上がってっちゃうのかも?

 逆に、未練や恨みは重いから、引力に捕まっちゃう的な。

 よく考えると、文字通りだよね。

 気持ちが軽くなるとか、重くなるとか言うじゃん?」


「でも、それだと地縛霊は説明出来ないよね?

 タクシーの運転手さんの怖い話知ってる?

 病院で女性のお客さんを拾って、指定された家までのせていったのに、家に着いたら消えちゃったって。

 家の人に話を聞いたら、『これまで何度かあったんだけど、多分亡くなった娘だと思う』って言って、タクシー代を払ってくれた話」


「すると、彼女は家に帰りたいって未練があるのに、病院に縛られていて、帰れないってこと?

  可哀想だね。

  家族も、娘が帰って来られるように、タクシー代支払っているのにさ。

  ようやく家に着いたと思ったのに、気付いたら、また病院に戻ってるってことなのかな?」


「何度もあるってことは、そうなるよね」


「ふむ」



 彼女は、右手の人差し指を唇に当てた。

 何かを考える時の彼女の癖だ。



「このお話に登場するのは、三人だよね?

  タクシーの運転手さん、娘を亡くした親、娘と思われるタクシーの客。

 この中で、親が善人であることだけは、間違いないんだよ」


「……うん?

 あぁ。まぁ、そうだね。

 娘の帰りたい思いを尊重して、お金を払っているわけだから」


「そう。このお話の場合、語り部がタクシーの運転手だから、彼が被害者みたいに扱われているけど、真の被害者は、娘を亡くした親なんだよ。

 運転手は、お金を受け取っているから、『怖かった』以外に被害がない」


「なるほど」


「このお話は、運転手の一人称で語られているから、自分の心情とか都合の悪い部分は、端折られているものと仮定するね。

 実はこの運転手は、仲間のタクシードライバーから、同様の怖い話を既に聞いたことがあった。

 仲間うちだから、送った先の住所の特定は可能。

 タクシー会社の運転手って、多分、月のノルマあるよね?

 今月、どうしても少し足りない。

 そこで、この話に乗っかった」


「その家に行って、虚偽の話をしたってこと?

 既に何度か支払いをしているから、親は疑わずに運賃を支払った、と。

 いや。それは酷いけど、それだと、実際何回かはあったってことで、幽霊の存在否定にはならないよね?」


「うん。そうね。

 この仮説だと、絶対一度は、そういった事象が無いと駄目なんだよ。

 そこで、新たに、第三者の悪意説」


「悪意?」


「その前に聞いておきたいんだけどさ。

 このタクシーの運転手さん。どうして、着いた家の人に、話を聞きに行ったのかな?」


「どういうこと?」


「だってさ。『後ろ向いたら、乗ってた人いなくなってた!震撼っ!』って時に、その家凸するって、どう言う心理状態よ」


「……言われてみれば、確かに。

 普通なら、慌ててその場を離れるかな。

 外に出るのも怖いし」


「でも、こういうことなら、自然にその家の人に声をかけに行くかもしれないよね。

 乗っていた客が、『手持ちがないので、親に支払って貰います』って、具合悪げに言えば」


「確かに」


「インターホン越しで、親は困惑した。

 娘は、もういない。

 ひとまず、運転手に説明を求める。

 そして、タクシーに戻ってきたら、娘さんの姿は消えていた。

 これで、辻褄があった」


「ああ。うん」


「この場合、タクシーに乗っていた女性が、本当に亡くなった娘さんだったとわかる人って、その場にいないんだよね。

 その女性を見たのは、運転手さんだけだから。


 ただ、それが娘さんかもしれないと、思わせるような状況ではあった。

 その女性は、娘さんが亡くなった病院からタクシーに乗ってきたし、家の住所を言ったから。


 でも、これってさ、本当に誰も知り得ない情報だった?

 ご近所さんや友だちなら、娘さんがどこの病院に入院していて、いつ亡くなった、まで、知ってるんじゃないの?

 住所なんて、近所ならほとんど一緒だし」



 この怖い話を聞いた時以上に、背筋に冷たいものが走った気がした。



「つまり、娘のふりをした、近所に住む女性の無賃乗車ってこと?」


「そう。

 それなら、運転手さんが家の人と話をしている隙に、車道側の扉からこっそりタクシーを降りて、自分の家の敷地に逃げ込んじゃえば、消失マジック完成だね?」


「うわ。えぐいね」


「或いは、最初は偶然だったのかも?


 『家の人に支払いを頼む』って言ったら、タクシーの運転手さんが間違えて、亡くなった娘さんの家のインターホン押しちゃった。

 そしたら、なんか、その家の人がお財布持って出て来た。

 

 もしかして払ってくれそう?

 よし逃げちゃえ!


 そして後日、母親伝てで話を聞いた。


 『娘が帰ってきたと思ってる』と、少し嬉しそうにしていたって。


 そして、味をしめた。

 なんなら、良いことしてるつもり、まである」


「……いきなり怖い話が、詐欺事件の話になったね?」


「ああ。胸くそだなって思ってたけど、これって詐欺にあたるの?」


「うん。まぁ。

 騙して金銭を掠取しているから、そうなるかな?」


「ふむふむ。立証できれば刑事事件だ」


「ええと……あのさ。

  この話は、普通の怖い話にしといた方が、怖くないね?」


「そうね。何か、幽霊抜きで考えた方が怖いかも。

  結果、『生きてる人間が一番怖い』で決着かな?」



 そう言いながら、彼女は屈託なく笑う。


 俺も笑って、登り始めた道に合わせてアクセルを踏んだ。


 何だか、思わぬ展開になったな。

 

 彼女の興味は、既に外に見える紅葉の美しさに移っている。


 知り合ってから、長い時を一緒に過ごして来たけど、彼女とのドライブは、今日も楽しい。

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