第5話
カイは、目の前に自分が倒れているのを見て酷く驚いた。口から大量の血が流れ、体はまるで使い古しの雑巾のようにボロボロだった。
何だこれは。俺の前に俺が倒れてやがる。一体全体何が起きたって言うんだ?
カイは倒れている自分の体を鼻先でつつこうとしたが、まるで霧を触ったかのように感覚がなかった。
カイが戸惑っていると、そこへこの近所に住んでいるらしい親子が通りかかった。子供がカイの死体を見て母親に叫んだ。
「お母さん、猫が死んでるよ」
母親はカイを見て、哀れむように言った。
「あら、可哀想。車に轢かれたのね。保健所に連絡しなきゃ」
そう親子に言われ、カイはまた驚いた。
俺は死んだのか。俺はこれからどうなるんだ?まだアイを見つけていないというのに。
親子はその場を去っていった。しばらくすると一台の車がやって来て、中から作業着を着た男性が2人降りてきた。そのうちの一人がカイの体をトングで掴み、無造作にごみ袋に入れた。もう一人はカイが居たところの掃除を始めた。
おい、俺の身体をどうする気だよ。
カイは抗議の鳴き声を上げたり、作業員の足を引っ掻いてみたりしたが、作業員たちはカイの存在に全く気が付いていないようだった。
作業員たちは車のトランクを開け、そこにカイを入れたごみ袋を放り込むと再び車に乗り込み、何処かへ走り去っていった。
カイはそれをただ呆然と見ていることしか出来なかった。
何てこった。俺の身体を持っていかれちまった。心と体がバラバラになったみたいだ。
死ぬってこういうことなのか?アイも何処かへ連れて行かれてしまったのか。一体何処へ?
カイはうろうろとその場を歩き回った。鳴き声を上げて通行人に助けを求めたが、人々はカイに気付いていないようだった。
触れようとしてもダメだった。人も道路も電信柱も何の手応えもなく、カイは空気になってしまったみたいだった。こんなに人も物も沢山あるのに、世界に一人取り残されているような疎外感があった。カイは絶望した。
何にも出来ないじゃないか。
アイも透明になってしまったのだろうか。
それじゃ探すことも出来ない。
カイはようやく「死」とは何かが分かった気がした。
リクの言った通りだ。俺にも分かった。
きっともうアイには会えない、2度と。
カイは悲しくなり、うつむいて大粒の涙を流した。
カイが泣いていると、後ろから懐かしい声がした。
「カイ、どうしたの」
カイが顔を上げて振り返ると、そこにはアイが立っていた。
「アイ…?」
アイは少し悲しそうに微笑んで言った。
「カイも死んじゃったの?」
カイは必死にアイに説明した。
「うん、そうみたいだ。アイのことを探してたんだ。そしたら車が来て、気が付いたら死んでた」
アイは目を伏せてカイに謝った。
「ごめんね。私のせいで。カイはまだ生きられたのに」
カイは首を振った。もう悲しくなかった。アイの足元に寄り、喉を鳴らしながら身体を擦り寄せた。
「ううん、別にいいよ。アイに会えたしね。また2人で遊ぼう」
アイはにっこり笑って頷いた。
「うん、じゃあ行こうか」
アイはカイを抱き上げ、愛おしそうに頬擦りした。カイも嬉しくなって頭をアイに擦り付けた。
アイはそのまま歩道をどこまでも歩いた。歩くごとにだんだんと2人の輪郭は薄れていき、やがて空へと消えていった。
〈Love is over ―完―〉
Love is over マツダセイウチ @seiuchi_m
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