第20話 ケンの過去
ベルの昔話は淡々と続く。
―――今から5年前。
ケンが10歳のころ。
ケンはパリの貴族が住む土地の一角にある館に住んでいた。
そこでは毎日、立派な貴族になるための教育が行われる。
母国語や外国語の読み書き、算術、神学。
「どうして、こんなことが覚えられないんだ!?」
館のある一室に叱責が響く。
そこには聖職者の男と10歳の少年がいた。
10歳のケンに聖職者の男は古ラテン語を教えている。
「お兄さんたちは、すぐに覚えていった。なのに、なぜキミは覚えられないんだ」
男は兄と比べて覚えの悪いケンを睨みつけ怒る。
しかし男の高圧的な態度にも怯むこともなく鼻をほじるケン。
こともあろうに丸めた鼻くそを足元へと飛ばした。
「そこは先日も同じことを教えたぞ!」
「うるさいなーそんな古臭い言語覚えても仕方ないだろ」
「また、そういうことを。」
またしても怒号が響いた。
その怒号に引き寄せられるように父親は部屋を覗きに来るがケンを一瞥してため息をつくばかりだった。
ケンに対して期待をしていない眼差しを向ける父親にケンも睨み返すのであった。
食事の時間ともなれば父親とも一言も交わすことなどない。
兄たちが屋敷にいた頃は、
毎日のこんな屋敷の生活がケンにとっては嫌で仕方がなかった。
しかし、そんなケンにも楽しみがあった。
それはパリの貧民が住む地区の路地裏でゴロツキたちと戯れる時間であった。
ケンは暗くなると屋敷を抜けて、そこに向かった。
人が3人並べば詰まる程の道幅、ところどころ割れて補修もされないままの石畳。
生ゴミが散乱して猫やカラスが縄張りを争っているような陰鬱な場所。
その通路を進んだ先に広間があった。
高層の木造建築に囲まれて光も風も届かない広間。
昼間でも薄暗く埃と瘴気が舞う広間は日陰者にはお
そんな場所にパリの貴族の子息が入り浸っているというのだからおかしな話である。
「おっまた来たぞ道楽息子が」
「ハハハ、不良貴族がやって来たぞ」
広間にいるゴロツキ共は存外、貴族の子息にも優しい。
明らかにまともな仕事はしていないであろう出で立ちのゴロツキ共は笑顔でケンに手を振っている。
ケンも当たり前のように、それに応じて手を振り返す。
そしてケンはつかつかとその広間の中央へと向かっていく。
そこには目的の人がいるからだ。
「カスー!今日も来たよ」
カスー――そう呼ばれた男はゴロツキ共の中心にいて、リーダーであることに間違いはない。
筋骨隆々とした体躯にフサフサに蓄えた金の髭。
迫力が凄まじい。
そして、そんな男にケンが何を目的に会いに来たのか。
「カスー!今日も格闘術を教えてくれ」
ケンの目的というのはカスーの格闘術。
それを習うために、この広間へとやって来ているのだった。
ケンの嬉しそうな眼差しを向けられたカスーはため息をつくと、ようやく重たい口を開いた。
『もう来んなって言ってんだろ』
カスーはケンに格闘術を教えることを好ましく思っていないようである。
「そこを何とか頼むよ。また勝手に参加するだけだからさ」
『ちっ!』
ケンの強引というか
『勝手にしろ!』
「うん!勝手にするよ」
こうしてケンもこれから行われるイベントに勝手に参加することになった。
そして、そのイベントというのは広間で行われるゴロツキ共のケンカ賭博である。
この陰鬱とした広間に生きるゴロツキ共にとっての大きな楽しみの1つだ。
そこにケンは選手として参加することが、ここに来た目的だった。
貴族の末っ子は家を追い出されたので冒険者になることにしました 六天舞夜 @dodai
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