ノーネーム
ノーネーム
ノーネーム
50年前。「第六天交信計画」。
…のちに、「番号少女(ナンバーガール)計画」と呼ばれる、
超能力を持った少女を格納したロケットを宇宙に飛ばし、
地球外生命体との交信を試みる、壮大な計画が数回に渡り行われた。
計画は秘密裏に行われたが、やがてある者の密告によって公になった。
人道無視、ふざけた計画。そんな批難も、やがては忘れ去られて消えた。
2064年現在も、少女たちは、周回軌道を回っている。
名前のない存在と交信しながら。
────私とキミは友人だった。中学ではじめて知り合ったキミは大切だった。
授業をサボって、よく屋上で語り合った。はじめての友人だった。
最後の日、キミは夕方の風がなびく教室で、言った。
「私、宇宙(そら)に行ってくるよ。」
そう言って、笑った。にっこり、笑った。私は言った。
「行かないでって言ったら、キミ、怒る?」
「───大丈夫。また会えるよ。」
やっぱり、キミは可憐に笑った。
キミは、ひとり、最も遠い宇宙を、今も推進し続けている。
宇宙の果てに、何があるの?キミは何を見たの?そこから何が見えるの?
私にも、教えてよ。嗚呼。
「六番目の少女」、「ミヤモトナツキ」。それがキミの名前だったね。
2064年、12月。日中、大学での講義を終え、私は夜の都市を歩く。
今時珍しい、ラーメンの屋台を見つけた。
「いらっしゃい。」
「醬油ラーメン。」
「へい、醬油ラーメン、一丁。」
湯気を昇らせるラーメンを啜りながら、ビールを開ける。
「くっ…」
胃が、痛い。私の老体は、最近、不調気味である。
それから、電気街に向かう。私の持つ、50年前の携帯、
────キミとの記録、記憶が詰まった携帯を、私は手放せないでいた。
何度も修理を重ねたが、最近、またも壊れかけている。
「こりゃ、そろそろダメだな。」
「本当ですか。」
「実はね、田中さん。ウチの店、そろそろ閉めるんですよ。」
「そうなんですか?」
「ええ。もう、この手の機材はどこも需要がないんですよ。あまりにも古すぎてね。」
「ああ…」
「というわけで、申し訳ないんですが、この携帯の修理も、今回が最後、ってことで。」
「いえ、今まで大変、お世話になりました。」
「ほんと、申し訳ないね…」
店主は不甲斐なさそうに、頭を下げた。
「いつかまた、会いたいね。」
私は携帯を片手に、家へ帰った。
暗い部屋で、窓辺に腰掛けて、携帯を開く。ノイズがかった画面。煤ける、飛び跳ねるキャラクター。
そろそろ、臨終なのか。徐々に、暗くなっていく画面。キミとの記憶が、灯火が、消える…
と。「メッセージが到着しました。」
そう言って、携帯が、パッと明るくなった。どういうことだ。メールなど、届くはずがないのに。
「…」
はやる気持ちで、メールを開く。
「noname@○○…」
このメールアドレスは。キミの…?
『ひさしぶり。元気?』
「…」
涙が…止まらない。
『キミ、なのか…?』
『うん。私。』
『生きていてくれて、ありがとう。』
『こっちこそありがとう。待たせちゃってごめん、貞郎。でも、もうすぐ会えるよ。』
『帰ってくるの?』
『そう。空を見て?』
私は、窓を開けて、空を見る。すると、夜空には、流星のような光が、到来していた。
『あれが、キミ?』
『うん。帰ってきたよ。』
夏希…私は居ても立っても居られなくなって、外に出た。
夜の町を走る。少しでも、標高の高い場所へ。やがて辿り着いたのは、丘の上の公園だった。
息を切らせながら、空を見る。
巨大な赤い光が、いくつもいくつも、空に浮かんでいた。
私には理解できた。あれは空に打ち上げられた、少女たちだ。
少女たちが、還ってきたのだ。
空に、一際大きな閃光が光っている。
『見える?』
『ああ、見えた。』
『帰ってきたよ。』
ああ、見えた。キミが見えた。キミが…!
「あっ…」
瞬間、激痛。私は、地面に倒れた。…やっと、キミに会えるのに。
まだ、逝くわけにはいかない…私は土を掻く。地を這う。
しかし、私の意識は徐々に遠くなっていった。ただ、視界一面を、眩い光が包んでいた。
────気が付くと、私は、夜風に包まれていた。そこは、どこかの屋上だった。見上げる、満天の星空。
私は地面に寝そべっていた。左手には、繋がれた、誰かの手の感触。
横を見ると、キミの顔があった。
「夏希。」
「ひさしぶり。」
「ずっと、遠くにいたんだね。」
「うん。遠く、遠くに。」
「ここは…?」
「地球に、よく似た星。地球はもう、ずっと向こう。あの星座のどこか。」
「そっか…ここが、無名の星か。」
ノーネーム。ずっと、探し続けたキミの座標。ここにいたんだね。
キミは、泳ぎ続けたんだ。無限の星の海の中を。あの空の海を。
「私の名前、憶えてる?ずっと遠くに、なくしちゃったんだ。」
「夏希。宮本夏希。」
「夏希、か。私は覚えてるよ。キミの名前は、田中貞郎。」
「ああ、忘れないでいてくれて、ありがとう。」
「さっ、遊ぼう!」
「ああ。遊ぼう。」
────かつて、「君繋」(キミツナギ)と呼ばれる能力を持った、
6人の少女がいた。
少女たちは、遠い、遠い惑星に、声を発し続けた。その声は────。
2023年、12月31日、11:59分。親と喧嘩をして、家から飛び出した少年は、
丘の上の公園で、ひとりベンチに寝そべって夜空を見上げていた。
月が、正面に見える。0:00分。花火が上がった。
夜空に敷き詰められた、淡い星たちが瞬いている。
と、一つの星が、強く瞬いた気がした。
少年は、ひとつの物語を夢想した。これは、「無名」の物語。
さぁ、世界が始まるよ。息を吸おう。
ノーネーム 終
ノーネーム ノーネーム @noname1616
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★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
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