泣かない顔に塩3

 どういう話をしたのか聞きたそうな面々の視線をスルーして、仕事の進捗を確認した今田から「大丈夫です、問題ないです!」という心強い言葉をもらい、やりかけだった事務手続き関係の連絡作業から始める。やがて今田を会議に送り出し、波のように寄せては返す連絡や問い合わせや仕事を捌いているうちに昼休みになっていると気付いたのは、部屋から人が消えて静かになってからだった。


(しまった、出遅れた)


 お弁当を持って来れなかったので社食を使おうと思っていたのに。一般客の利用もあるため、なるべく早い時間に行かないと混み合って大変なのだ。

 先に休憩に行くことを今田に伝えようと、素早くスマホのメッセージアプリを立ち上げる。


「……ん?」


 珍しい。いつもなら数件表示されている未読通知がない。


(まあ別にいいけど)


 いまはとにかくお昼だ。

 今田に連絡を入れて、一階の社食兼カフェレストラン「いろどり」に向かった。

 思いがけない出費になったが『今日のお魚ランチ』を前にするとその憂いも吹き飛んだ。


 メインはエスニック調味料でいただくふわふわさくさくのフィッシュアンドチップス。サイドはじゃくじゃくと甘塩っぱいオニオンリングとほくほくのフライドポテトで、サラダは濃厚なアボカドディップで食べる葉物野菜とトマト。そしてふんわりしたバターロールと旨味が凝縮された自家製コンソメスープ。


 社食利用の社員たちがよく集まっている店内の奥まった席から、壁際のテーブルを選んで料理を味わう。


(やっぱり他人の作った揚げ物は最高だ)


 本場のものは脂ぎっていて食べられたものではないというが、「いろどり」のフィッシュアンドチップスは白身魚のふわふわ感も衣の硬さもちょうどいい。普通の塩胡椒でも十分美味しいが、複数のハーブを混ぜ合わせたものでいただくとまた美味なのだった。鼻に抜けるこの香りはレモンと柚子、辛味は山椒とチリペッパーだろう。味わいが変わって面白い。


 できればメニューの組み合わせや見た目を考えずにご飯を食べたいところだが、胃袋と財布のことを考えて控えておく。


(……さて)


 ある程度お腹が満たされたところで、再びスマホを取り出した。

 メッセージアプリにはやはり未読通知の表示がない。


(ついに飽きたか)


 やれやれ、やっとか。長かった。一度会っただけの人間に一方的にメッセージを送られて既読にするだけだったが、たったその作業が非常に面倒だったのだ。ようやく諦めてくれたらしい。


(クリスマスだしな。寂しく過ごしたくないなら次を探した方が効率がいい)


 心の中でそう語りかけるが、メッセージは送らない。用があるのは山村ではなく、掲示板の第二の占い師に心当たりがあると思われる人物だ。


 鬼嶋には言わなかったが、実は一人だけ、第二の占い師になり得る人物がいる。


 宛先を呼び出し、話がしたい旨を書いて送る。

 返信を待つ間、残っていた料理を丁寧に味わって平らげた。


(アボカドディップ、久しぶりに食べると美味しいな。今度フライドポテトを揚げるときに作ろう)


 唐揚げ弁当は惜しかったが、たまにはこういう日があってもいいだろう。そう思って未だ返信のない、既読表示にすらならない画面を目を細めて見やったときだった。


「馬鹿だよねえ、愛美。暴力振るったらその時点で負けじゃん。さすがに擁護できんわー」


 聞き覚えのある女性社員たちの会話が後ろの方の席から聞こえてきた。


「あの子が馬鹿なのはいまさらでしょ。何でもかんでも自分が一番じゃないと気が済まないって感じでさ」

「愛美のそういうところ、嫌いだわぁ。私らはお前の引き立て役じゃないから!」

「わかるわかる。今日だってさ、家に帰れって、罪が確定するまで家で大人しくしとけって意味でしょ? なのに『ラッキー! 合コンの時間まで買い物しよー。あっ平日だったら空いてるし映画見てこようかなー?』って、常識なさすぎ」

(広報部……の二人だったか)


 岬と親しい彼女たちは果奈がいることに気付いていないようだ。ひとしきり岬のことを話題にした後は、仕事の愚痴、昨日のドラマや新作コスメの話などに移り変わっていく。


 とりあえずすべて聞かなかったことにして、これ以上余計なことを耳にする前に席を立つ。話すのと食べるのに忙しい彼女たちは後ろを通る果奈を気に留めることはなかった。


 そして送っていたメッセージは、午後の業務が始まる直前になっても反応はなく、定時を迎えても、無反応のままだった。

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