仕事なのかデートなのか4

「お待たせしました!」と料理を並べるのはまた新しい店員だ。順繰りに鬼嶋の顔を確認してきているのではないかと考えるのは穿ち過ぎではないだろう。


「ご注文は以上でお間違いないですか? どうぞごゆっくりお過ごしください!」


 にこにこと明るい声と笑顔を鬼嶋と、おまけに果奈に振りまいて去っていく店員を見送り、二人同時に目の前の皿をつくづくと眺める。


 果奈の前に、季節のパフェもとい葡萄パフェ。

 鬼嶋の前に、BLTサンドのランチセットとデザート。


(注文を取りに来たのとは違う店員だったからか)


「ベタな間違いだね」「そうですね」と言い合いながら料理を交換する。

 よく食べるのは男性、甘いものは女性だという先入観は飲食業に従事するならなおのこと厳しく指導されそうなので、鬼嶋に気を取られるあまり疎かになったのだろう。

 そんなことがありつつも、やってきたランチセットはおっと目を輝かせてしまうくらい美味しそうだ。


 全粒粉の茶色のパンに厚切りベーコン、レタス、トマトをぎゅうぎゅうに挟み込んで、包み紙ごと半分に切って断面を見せるいまどきの形だ。付け合わせはゆで卵が入ったグリーンリーフのサラダと、クルトンが浮かぶコンソメスープ。薄黄色のレモンソーダはくびれたグラスに注がれていて、白い陶器の中のパンナコッタはマスカットとミントで飾られた爽やかな見た目だ。


 鬼嶋の季節のパフェもまた見事だった。パフェスプーンを使わねば底まで届かないガラスの器に、紫、赤紫、黄緑と三種類の葡萄が、甘酸っぱそうな紫のジュレと濃厚な甘みを想像させるオレンジのソース、綺麗な層を作る生クリームとスポンジケーキに挟み込まれている。頂きに飾られた葡萄とアイスクリーム、レモン色のギモーブ、店名が金色にプリントされた丸いチョコレートとミントの葉がまるで宝冠のようだった。


「いただきます」

「いただきます」


 拝むように手を合わせた果奈に鬼嶋が続く。


(あっ、美味しい)


 具材を落とさないよう慎重にかぶりつくと、パンの香ばしい風味に燻されたらしいベーコンの塩気、肉汁を受け止めたレタスと、マヨネーズと粒マスタードを絡めたトマトの酸味が次々にやってきて、口の中が大変幸せだ。そこでこくりと流し込んだレモンソーダは自家製とみえて、甘いのにしっかり苦いのがいい。

 コンソメスープも果奈がさっさっと既製の顆粒スープで作ってしまうより複雑な味がする。クルトンは店で提供しているパンを利用したものだろう。サラダにも同じものが載っていて、ゆで卵と一緒に食べるだけで幸せな気持ちになれる。


 一通り味わってほうっとため息が漏れた。飲食店だから美味しくないわけがないはずだが、ちゃんと美味しいと嬉しいものだ。


「美味しい?」

「はい。とても」


 見れば鬼嶋もパフェスプーンを器用に操って葡萄の宝冠を崩し、早々とクリームとスポンジの層に突入している。


「こっちも美味しいよ。葡萄がすごく甘い。三種類とも少しずつ味が違って、砂糖を使っているはずのクリームやジュレに全然負けてない」

「素晴らしいですね」


 勤務中に用いる相槌とは異なる心からの称賛を送る。デザートのパンナコッタが俄然楽しみになってきた。

 そうして食事を始めてしばらく。

 淡々と食べ進めていた果奈は違和感を覚えて、あれ? と内心で首を傾げた。


(……話しかけてこない、な?)


 気付けば果奈のランチは残すところサンドイッチが半分というところまできている。

 鬼嶋もパフェグラスを最奥まで採掘していて、底のジュレが思いがけず好みだったのか、おっ、という顔をした。何か考え込んでいる様子なのはそれが単なる葡萄味ではなかったからかもしれない。

 視線に気付いた鬼嶋が照れくさそうに笑う。


「このジュレ、多分洋酒が入ってる。すごく美味しい」


 果奈はこくりと頷き、レモンソーダを示した。


「ソーダもレモンの皮の苦味がしっかり感じられて美味しいです」

「本当? じゃあ俺も頼もうかな」


 すみません、と鬼嶋が手を上げると左右と奥からそれぞれ店員が駆けつけてきた。軽い火花を散らせた三人のうち、勝ったのはテーブル担当と思しき店員で、席に案内してくれた緊張気味の彼女だ。


「レモンソーダを一つ。岩田さんも何か頼む? 姉さんの奢りだから気にしないでいいよ」


 そう言われて頼める度胸は果奈にはない。必要ありませんと断り、サンドイッチを平らげてついにデザートのパンナコッタに手を伸ばす頃、追加注文のレモンソーダが来た。


「岩田さんの言う通りだ。苦味があって美味しい。ソーダ自体が無糖で苦いみたいだ」

「ああなるほど、人工甘味料が入っていないソーダだから」


 レモンシロップの味がそのまま感じられるというわけだ。立地がよくおしゃれな内装というだけではない、飲食店としてのこだわりも持つ店ということらしい。


(うん、パンナコッタも美味しい。濃厚でクリーミーで、バニラの風味とラム酒がいい仕事をしている。甘いマスカットは口直しで、あくまで主役はパンナコッタだというところがいいな)


 そうやってしみじみと味わっていると、鬼嶋が言った。


「この後なんだけど」


 身構えてしまったのは、そうした台詞を耳にする状況にいい思い出がないからだ。

 そんなことを知るはずのない鬼嶋だが、固くなった果奈に少し気にする素振りを見せつつ、続きを口にした。


「イベント広場でマルシェをやっているみたいだから見に行こうと思っているんだ。一緒に行かない?」


 半月に一度開催されているマーケットらしく、ハンドメイド小物であったりフリーマーケットであったりと内容が変わるという。運良く今日はフード系イベントだそうだ。

 まったく興味がないわけではない、むしろ見てみたいと思わせる誘いに、果奈の肩から自然と力が抜けた。


「行きます」

「うん、行くしかないよね」


 通じ合うものを感じながら深く頷き合った。そうと決まったら迅速かつきちんと美味しく料理をいただいてマルシェに繰り出さねばなるまい。

 舐めるように、なんて行儀の悪い真似はしないがそのくらいの意識で丁寧に完食した食事は、綾子の代わりにと言って鬼嶋が全額持ってくれた。


「ありがとうございます、ご馳走様です」

「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう」


 テイクアウトで買ったものは後で精算するからとレシートを求められて大人しく渡せたのは、自分の分だけはしっかり会計を別にしたからだ。だが受け取ったレシートを確認しなかった鬼嶋はそんな果奈の動きに気付いていただろう。

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