第16話 唐突で理解できない再会。それは新たな始まり。
「……まさかとは思ったけど、本当にまさかが起きると心臓に悪いわね。しかもそのまさかが二回もとなると次は隕石が降るのを疑いたくなるわ」
「あ、あはは。そうだね……」
お昼になって屋上。その中央より少し奥にあるエレベーターコントロール室の外の壁際。
左隣にアリファ、私の右にはクラスの転校生がお弁当箱を膝の上にのせて壁に背を預けて座ってる。
ちなみにアリファの右隣には彼女のクラスの転校生が座って……蹲って?いる。
「えへへ~。びっくりさせようと思ったんだ~~。サプラ~イズってね~」
「ほんっとうに驚いたわ。……アンシア。それに、ナル」
「は、はひっ!?」
「い、今は私達以外誰もいないから大丈夫だよ…?」
右腕に重みを感じながら少し乗り出してアリファ越しに上に濃いグレーのパーカーを着ているナルちゃんに声を掛ける。
「で…でも……お日様……」
だけどナルちゃんは一瞬だけ私を見るとすぐにまた蹲るように座って顔をフードで隠してしまう。
「無駄よ沙那。ナルはここまでこれただけでも奇跡なんだから。これ以上求めるのは酷よ」
「そ、そうだね…。…うん」
ずっと家に引き籠っていた子が急に外の世界に出てしかも海外に転校までしてきたんだ。こんな風に色んなモノに怯えるのは無理も無いのかもしれない。
でもどうしてこんな急に思い切った事をしたんだろう?って疑問は少し前にアリファに教えてもらえた。
それはスペシャルンから最後に言伝を受けたから。
『もっと明日を実感しろ』って。
地元では中学校に上がってから[拾われた子]という理由でいじめを受けて不登校気味になり、何とか高校に入学できても噂として広まったせいで殆ど学校に行けなくなってしまい家に籠って家族と以外話を全然しなかったナルちゃんは毎日を『生きていられるから生きていている』だけで明日には期待も不安も抱かなかったらしい。
それをスペシャルンはもったいないと感じていたらしくて、だから最後にそう言ったとナルちゃんは教えてくれた。
「……きっと……大丈夫に…なる、から。待って…て」
どことなくやつれて見えるアリファに背中を撫でられながらナルちゃんは小さくそう言う。
……彼女の話では拾われた子というのは事実らしい。けど、それが彼女の何かを肯定するわけでも否定するわけでもない事を少なくともここにいる私達は分かってる。
むしろそれでこんな風に気付付けられている事が許せない。
…同情からくる気持ちなのかは分からない。でも私は…これから少しずつ時間を掛けてナルちゃんとも友達になれればいいと思ってる。
学友ってだけじゃなくて、たった四人しかいない同じ秘密を共有する元魔法少女でもあるんだから。
「うん、いつでも大丈夫だからね、ナルちゃん」
ナルちゃんの顔は見えないけれど、笑いながら頷いてアリファと一緒に少しだけ背中を撫でる。
それをナルちゃんはフードを被りながらではあるけど頷きで応えてくれた。
「で、それはいいの。問題は貴女よ貴女」
「ん~なに~?」
「…ムカッ」
ナルちゃんを撫でたままのアリファは私の方……正確には私の右隣りにいるアンシアちゃんを苛立ちと共に睨みつけている。
「いつまで沙那にくっついているつもり。それじゃ沙那がご飯を食べられないでしょう!」
理由は教室から屋上に来てからもずっと私の右腕に抱きついているから。
最初は初めての場所で不安なのかな?なんて思ってたんだけど転校生の挨拶の時から変わらないふわふわ元気な感じだし、屋上に着いてからも特に離れてくれる様子も無くてだしでどうすればいいのか困ってた。
もしかしたらアンシアちゃん自身も離れるタイミングが分からなくなってたのかなとか思ってたからアリファが今こうやって言ってくれて助かった。
…はずだったんだけど。
「じゃ~私が食べさせたげる~」
「え、えぇ!?」
「アンシア!?」
アンシアちゃんは離れてくれるどころかより強く腕に抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと、アンシアちゃん!?」
「な、何を!!」
私のお弁当入れからお箸を取り出そうとして、間一髪のところでアリファが先に手を伸ばしてアンシアちゃんの凶行を阻止する。
な、何を考えてるの……?まだ三回しか顔合わせしてないんだよ……?
「え~~。別にいいじゃんか~~。アリファに止める権利は無いんだし~~」
「な…!無くたって駄目なものは駄目なの!!ニッポンでのそれは家族愛や恋愛、もしくは育児の時でないとしない特別な事なんだから!」
「私の国でもそうだよ~」
「ならもっと駄目に決まってるでしょ!?」
少しだけ顔を膨れさせているアンシアちゃんに焦ってるような怒ってるような雰囲気で抗議するアリファ。
こ、こんな事でそんなにムキになる必要は無いと思うけど、アリファの言うように大切な人同士じゃないとしないのはその通りだし、私もちょっと抵抗が……。
「でもさ~~。私にとっては初めてのニッポンの友達なんだよ?それってぇ、[特別]って言ってもいいんじゃないのぉ~??」
「そ、それは……!」
アンシアちゃんの一言に言葉を失うアリファ。
確かに異国でできた最初の知り合いは特別だとは思うけど……。
だからって食べさせあったりするのかな……?
「…ん?っていうか、今更だけどアンシアちゃんもナルちゃんもニッポン語すごく上手じゃない?」
「…確かに、言われてみるとそうね」
ふと思いついた疑問が口を吐いて、興奮していたアリファちゃんが一息吐きながら頷いてくれる。
多分、このまま言い合っても意味が無いと思ったからとうとうな話題の変化にもノってくれたんだろうな…。
「ん~?魔法少女の間は自動で翻訳してくれるみたいだから特に何もしなかったけど…留学するって決めた日からは勉強したかな~」
「……え?」
なんて思っていたらとんでもない事実が判明した。
留学するって決めた日からって……え?だって、期間って…。
「そ、それって一か月足らずでそこまでのニッポン語を…?」
アリファの言うように彼女が転校してきたのはエンジェルン達と別れた日から一か月かそのくらいしか経ってない。
そんな機関で、ただでさえ複雑だって言われてるニッポン語を…?
「そ~。半月くらいかなぁ~?ことわざとかまでは流石に無理だったけど、普通に話すだけなら余裕だよ~」
私はーー多分アリファもーー腰を抜かして声が出なくなった。
一か月どころか、たった半月でニッポン語をここまでマスターした…?私なんて何年コメリアの言葉を勉強しても訳し間違えたり単語単語を繋げて何とか話すフリするのが限界なのに……?
「あ、あり得ない……。私なんて半年かけても和製海外語、混合和語の使い方が分からなかったのに……??」
「まぁ~、地元だと大天才って言われてた事あるし、それでかなぁ~?興味ないとやる気起きない気分屋だから先生とかも飽きれてたけど~。欠陥品の天才とか言われてたっけ~」
「あ、あんまりな言われ方だね……」
「でしょ~!?メンタルンと同じ事言うんだからやっぱ沙那はわかってるぅ~」
アンシアちゃんに言葉を掛けながら才能の違いに打ちのめされる。
右腕により強く抱き着かれてるのももうどうでもいい。
これじゃあ、唯一のアイデンティティになっちゃった[勉強が得意]すら失う……?
じゃあ、私には何が………?
「な、ナルはどうやって学んだの?まさか一週間とは言わないわよね…?」
あまりにもあんまりな現実に自分を見失いかけた私を我に戻してくれたのはさっきよりも焦りながらナルちゃんに尋ねてるアリファの声。
そ、そうだ。アンシアちゃんはどう考えても特別だ。それさえ証明できれば…!
「わ、私は、その…ニッポンの漫画とかアニメとかが好きで……その…本家のまま楽しめるように勉強したから……どのくらいかかったのかとかは……」
アリファの質問に少しだけフードから顔を出して答えてくれたナルちゃん。
内容は……うん。すごかった。
期間は分からないって言っても興味のある物事のためなら海外の言葉も覚えられるって……?
「な、ならいいの。それなら…納得よ」
でも、ナルちゃんの話を聞いた後だとこんなすごい事実でも霞んで見えてしまうのが怖い。
「す、すごい事だとは思うけどね…?興味のためにってだけでそこまでできるのは……」
そしてそのお陰で安心している私はなんだか悲しくなってきてしまった。
海外の作品をそのまま楽しむために言語を覚えるだなんてとんでもない事なのに。
「だ、大丈夫。あ、アンシアさんが異常、なのは…分かってる……から…」
「え~?やろうと思えばみんなできるんじゃない~?」
「できなかったんだけれどね!私は!!」
少しだけ気持ちを持ち直したっぽいアリファはアンシアちゃんの発言に若干お怒り気味に突っ込む。
けど……私は。うん、何だろう。やっぱり悲しくなってきた。
ーーなんにもないな、私。
さっきは驚きに上塗りされて気が付かなかったけど、半年でその言語の何が理解できていないのかまで理解を深められてるアリファだって本当はすごい。
無知の知を得るにはたくさんの知識が必要なのにそれを知っているんだから……。
なのに私は、言語どころか自分の通ってる高校の特色すら知らなかった。
真面目でもなくて勉強も結局は平凡で友達を作るのなんて下手とかの次元じゃなくて。
………私には何があるんだろう?
ーーどうしよう、悲し過ぎて笑えてきた。
両隣の言い合いに挟まれた私はその声が少しずつ遠くなるのに気が付きながら空を見上げる。
雲一つない、真っ青な空。
とても綺麗で、虚しさが溢れて来る。
ーーどうせなにも無いならこんな空みたいに見てる人を惹き込める人になりたかったなぁ。
感傷的になっても意味が無いのは分かってる。そんな暇があるならどんな事でもいいから一番になれるように努力するのが良いのだって知ってる。
でも、そんな簡単じゃないんだ。簡単じゃないから、あれだけの事が無いと友達すら作れないんだもん。
ーー……ん?
なんて、より感傷的になっているとどっからともなく四匹の鳥が並んで飛んで来たのが見えた。
その鳥は太陽の光で影になってて種類までは分からなかったけど、少しずつ硬度を落としてるのだけは見て取れる。
ぐんぐんぐんぐん迫ってくる四匹の鳥達。このままの勢いだと墜落しちゃうんじゃ……?
…ちょっと待って。アレ、本当に……鳥?
「…沙那?どうかしたの?」
「ん~?鳥かなぁ?」
ずっと静かにしていたからかアリファとアンシアちゃんは私に話しかけながら空を見上げる。
そうしたら二人は大きく目を見開いて固まった。
でも、今の私はそれどころじゃなかった。
「ナル、ちゃん……。空、見て見て」
「そっ、空……?」
「そう。見て、早く!」
「ふぁ、ふぁい!?」
私と同様に固まってしまった二人の代わりにナルちゃんに呼び掛けて、それで、彼女も言葉を失った。
「なん…なんで?もう……!なんで!?」
呼びかけている間も眼を離せなかった私は……私達は降ってくる鳥が待ち遠しくて待ち遠しくて手を伸ばして、いつの間にか立ち上がっていて。
「なんで!?エンジェルン!!」
《さぁな。俺にもわかんねぇ》
掴んだ鳥をーーステッキを、折れるくらいに抱き締めた。
《なんか、報告ついでに性能をアップデート?されてそのまま任務貰って帰ってきたんだわ。わけわかんねぇよな?悪者はもういねぇっつうのに》
「わけわかんないよ!本当に!!」
「本当に、悲しかったのよ!?貴女がいなくなって、独りになって、本当に!!」
「あは、ははは!また会えた!また会えたぁ~!会えないって思ってたのに、またぁ……またぁ!!」
「ね、ねぇ…出来た?私、が…頑張って、頑張って…、私…わたし……!」
私も含めて、全員が周りの事を忘れてた。
ちらほら他の生徒がいた事も忘れて胸の内にいる自分だけの相棒と話をしてる。
それで、計ったわけでもないのに、四人全員の声が合った。
「おかえり」
もっともっと言いたい事があったけど、今はただ溢れる気持ちをその一言にだけ乗せた。
《おう、ただいま。またよろしくな、相棒》
ーーーー
その日の放課後、私とアリファの……そしてアンシアちゃんとナルちゃんの予定は大きく変わった。
「まさかまたこんな日が来るなんて。思いもしなかったわ」
「…不思議なものだね、これで運命を感じるなというのは無理な話だよ」
「しかも今度は殺し合いは無しと来た。完璧じゃねぇの」
「っは。全くだ」
すっかり懐かしくなっていた空の上で、私達四人は信頼する相棒に主導権を渡している。
でも、だからって私達が話せなくなったわけじゃない。
《…凄いわね、魔力通信って。これなら連携が格段に取りやすいわ》
《だっ…だね……。魔力だけで、通信できる…なんて……凄い……》
《しかも~まだまだ改善する余地があるんでしょ~?そしたらぁ、ビデオ通話もできるのかなぁ。興味あるなぁ~~》
魔力通信の性能向上。これがアップデートの内容で、これからはステッキさえ持っていればいつでもどこでも魔法少女間で通信が出来るようになった。
しかも性能を上げたお陰で魔力消費量は格段に減って、その上マジカルン以外の全員もできるようになった。
《そうだね。これが日常会話だけで使う日が続けばいいね》
ふと出てきた言葉にみんなが頷く。
でも……うん。これは本心。
今回エンジェルン達が受けた任務は【この世界の治安維持】。
九十年前におばあちゃん達前任者が取りこぼした悪者達によって引き起こされた今回の戦いは文字通り戦争の残り火を消す戦いだった。
そんな相手を全員……殺したあの時は誰もが悪者達の全滅を信じて疑わなかったけど、二度あることは三度あるって魔法の世界の王女様は言ったらしい。
だからエンジェルン達は再び戻って来て、暫くの間終戦の行く末を見届けながら火種がくすぶった時には事前に消火活動をする。それが今回の任務の詳細な内容らしい。
……正直、人を殺すのはもう嫌だ。あんな戦いだって二度と起きて欲しくない。
だけど争いが始まればそうは言えなくなるんだって事を痛いくらいに私は知ってしまった。
もしもまたアリファが、もしくはナルちゃんやアンシアちゃんが攫われて監禁されて洗脳されてなんて事が起きたら……。
そう考えるとぞっとする。
きっと私はもう、エンジェルンを咎めたり止めたりできない。
もしも私がしなければならなくなったとしたらきっと躊躇いはあっても結果を出してしまう。
それが心の底から怖かった。
だったら。戦いが始まると綺麗事が言えなくなるのなら、そんな戦いが起きなくなってしまえばいい。起こせなくしてしまえばいい。
【未然に戦いを防ぎ続け、もし起きても大きくなる前に対処する】のがエンジェルン達の与えられた新しい任務だっていうのなら、私は絶対にこれをこなしてみせる。
ううん。こなさないとならない。
そのためならまた面倒なお客さんや変な主婦やカツアゲをする学生をやりすぎなくらいお説教して回れる。
誰も辛い目に合わないで済むなら、幾らだって。
……だから。
ーーっは。任せときな。相棒。
《…うん、エンジェルン》
「……さてと、じゃあ行くか!」
「ええ」
《見落としたりしないわ。絶対に》
「…うん」
《まぁ~面倒は起きないに越した事ないもんねぇ~》
「おうよ!」
《わ、私も……出来るだけ、注意して見てみる、から……!》
だから私達はこれからもずっと魔法少女であり続ける。
今度こそエンジェルン達が安心して帰れるように。
今度はエンジェルンと心残り無く別れられるように。
もっともっと、自信を持ってエンジェルンを送り出せるように。
ーー…ま、あんまり気張んじゃねぇよ。お前は充分立派になってるぜ?
《そんな事無い。私にはまだ何にもないよ》
ーーそうでもねぇさ。
エンジェルンの足元から白光色の羽根が舞い上がる。
ーー少なくとも前向きにはなってるぜ。自称・卑屈で排他的な相棒さん?
《…え?》
「一か月開いてる程度で飛行魔法の安定性なんざ心配する必要はねぇんだけどよ」
聞き返して、だけどエンジェルンはまるで話を遮るように三人にそんな事を言う。
理由は……あぁ、そっか。
「どうせだ。初心に返ろうぜ?初めて今の相棒と飛んだ日によ」
エンジェルンがそう言うとマジカルンもメンタルンもスペシャルンも何かに気が付いたように少しだけ笑って頷く。
「久々に飛ばすぜ、相棒。【展開】【用意】……んでもって【閃光】!」
「【展開】【用意】、そして【閃光】。…ふふ、やっぱり怖い?」
「…【展開】【用意】【閃光】。僕の持つ数少ない魔法の単純詠唱だよ。改めて、覚えておいてね」
「ごちゃごちゃ面倒なのは性に合わねぇしそこはアプデもされてねぇ。なんで、ちゃんと詠唱するのは一回だけだぜ?【展開】【用意】【閃光】」
みんなの声が……エンジェルンの声が聞こえてきて胸の奥が熱くなってくる。
嬉しさが抑えきれなくて顔に出てきてしまう。
「そんじゃ、パトロール開始だ!!」
あの時見上げた空にもう一度連れてってもらえたから。
エンジェルンがはっきりと『ここからが新しい始まりだ』って示してくれたから。
私は、本当に嬉しかった。
エンジェルンとの再会が嘘じゃないって分かったから!
《うん、エンジェルン!》
私の返事を受けてーーきっと他の三人も同じタイミングでーーエンジェルンは少しだけ膝を曲げて飛び出した。
白光色の羽根を舞い上げながら。
私にはまだできない無償の正義を誰かに伝えるために。
END.
魔法少女☆エンジェルン カピバラ番長 @kapibaraBantyou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます