第15話 それでも世界は回り続けた。

 アリファのマンションの帰り道。

私は、独りだった。

半月くらいずっと聞こえていたはずのもう一人の私の声はもう聞こえない。

まるで、風邪にうなされた時に視る夢から覚めたような気持ちだった。

一瞬で心の中が空っぽになったような、そんな。

 ーー《役目が終わったら向こうに帰る。初めに言ったよな、そんな事をよ》

エンジェルンの一言が……ううん、ステッキ達がそれぞれの持ち主に言ったそんな一言が、あんなに楽しかったアリファの部屋での瞬間を塗り替えたのを思い出してしまう。

 「…ずっと、相棒でいてくれるって言ったのに」

冗談は言っても嘘は吐かないんじゃなかったの?

全部俺に任せろって言ったくせに、もう丸投げ?

脚が動かなくなってしまった私は夕焼けの過ぎた空を見上げる。

 「なにが『おもりは疲れた』なの?馬鹿……!馬鹿…!」

あの瞬間、私達はみんなで泣きわめいていた。

私だけじゃない。みんながみんなきっともう一人の自分に……相棒に、何かを貰って何かを変えてもらっていたんだ。だから泣いてしまった。

あまりにもかけがいのない無い存在だったから。

アリファは言ってた。『誰かを信じる事の大切さ』って。

アンシアちゃんは言ってた。『伝える事の大切さ』って。

ナルちゃんは言ってた。『真実に肌で触れる大切さ』って。

……私は、言ってた。いつそんな風に確信してたかも分からない『自分に自信を持つ大切さ』って。

だから、エンジェルンは笑った。

 ーー《だったらもうおもりは必要ねぇわな》

って。

 「必要だよ!!!私には、エンジェルンがまだ、ずっと!!!」

わけが分からなかった。

最後の言葉がそれ?

もっと[寂しくなる]とか[話足りない]とか、いっぱいあるはずなのに!!

 「私からは何も言えて無いのに……!!」

なんで、満足そうに笑っていなくなれるの…!?

どうしてそんなに簡単に『魔法の国に帰る』だなんて言えるの!?

 「こんなのって……あんまりだよ」

どんどん夜に変わっていく空に星が浮かびだす。

だけどその星を私は少しもちゃんと見られなかった。

全部滲んで消えて、目元が、頬が、煩わしくって拭い続けた。

 「また、空に連れてってよ、エンジェルン……」

拭っても拭っても消えない煩わしさをそれでも拭い続けた。

 「連れてって、怖い話し方で私にまた話しかけてよ……元気づけてよ……!」

どれだけ嘆いてもエンジェルンの声は聞こえてこない。

むしろ近くの家の人が窓を開ける音がしてきて。

急に現実を直視しなくちゃならなくなった私は拳を握り締めながら家に向った。

状況が変ればすぐに切り替わってしまう自分の薄情さに苛立ちを覚えながら。

ぽっかり空いてしまった心を抱いて。


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 エンジェルンが私の胸の内から消えて、もう、一か月が過ぎた。

はっきり言えばこの一か月間の私の生活はエンジェルンが消えた事以外あんまり変わらなかった。

前よりクラスの人と話したりは出来るようになったし自信も持ててるような気持にもなったけど、結局友達は一人だけ。

 「おはよう、アリファ!」

 「おはよう、沙那」

あの一件以来ずっと仲良しのアリファだけ。

 「今日は放課後どこに行く?」

別に不服があるわけじゃない。

 「う~ん……。少し節約したいからお金のかからない所で遊びたいかな?」

それどころか嬉しくて今でも時々ニヤニヤしちゃうくらい幸せだ。

 「じゃあ沙那の家。決まり」

…でも、結局のところ私はエンジェルンがいなければ友達の一人も作れないんだって事実に変わりが無かった。

エンジェルンと過ごした事で何かが変わったと思ったのに肝心なところは何も変わっていなかった。

それがより明確になった。そんな一か月だった。

 「…どうかした?」

 「え…?う、うん、良いよ、もちろん!」

感傷的な気持ちが顔に出ていたのかもしれない。アリファは私の顔を覗いて心配してくれる。

 「……そう。ならいいの。楽しみね、放課後」

 「うん!」

エンジェルンがいなくなってから変わった事の一つと言えば、そう。

アリファとは校門前から私の教室まで一緒に話しながら行くようになった事だ。

気が付けば一カ月間毎日一緒に向ってる。…今でも人のうらやむ視線が怖い時がある。

まぁ確かに、アリファの教室は一階で私の教室は二階だから私と別れるまで一緒なのは道順的におかしいんだけど……本人が進んでしているし、私も一緒に話せる時間が長くなるから嬉しくてあんまり気にしないようにしてる。

アリファにとっても私にとっても初めての友達だから。

別の日にアリファに教えてもらったのは、彼女がこれまで友達が出来なかった理由。

『自分で言うのもおかしいけれど、誰もがうらやむ美貌を持って生まれたせいで誰も隣には立ってくれなかった。みんな何歩も後ろに立って憧れた視線で彼女を見つめるか、時々現れる意地の悪い子に疎ましく見られるかだけで話し相手すらまともには得られなかった』。

それを普通だと思い込むようにして、幸福から生まれる孤独を恨んではいけないと自分に言い聞かせていたらしい。

だけど、本心が寂しくないはずなかった。

誰かが疎むような理由で生まれたとしても孤独は孤独でしかなかった。

だから、最初に『友達になりたい』と私に言って貰えた時は目が覚める程に嬉しくて、断言してもらえなかった時は奈落を覗き込むような絶望を覚えた。

なのに。一方的に一喜一憂させたくせに。また一方的に『友達だ』って言われた時は脳が沸騰する程頭にきて。

そして……どうしようもないくらい嬉しかったらしい。

 「あ、そう言えば。今日私のクラスに転校生が来るらしいんだ」

ふと思い出した記憶を大事にしまい入れ、朝の短い一緒に居られる時間を無駄にしないよう新しい話題をアリファに投げかける。

三カ月か四カ月前にアリファが転校してきているのを考えるとちょっと意外なイベントだ。

 「奇遇ね。私のところにもなの」

 「え、そうなの?すごい偶然だね」

なんて思っていたらアリファのクラスにも転校生が来るんだと分かって思わず声が出てしまう。

同じ日に転校生が二人……。普通は滅多に有り得ない話だけど、そういう事もあるのかな?

 「この学校は幾つか姉妹校があって海外にも点在しているからそのネットワークを通じて留学目的で来たりするのが多いのは確かね。私もその制度で来たわけだから留学生自体はおかしくないんだけど……」

 「え…?私達の学校ってそんなにすごかったの……?」

校舎に入って下駄箱に靴を入れながらアリファの言葉に驚く。

言われてみれば掲示物に[留学歓迎]みたいな張り紙が多かった気がするけど、そこまで大げさな話だとは思ってもみなかった。

 「……知らなかったの?」

 「うん。近隣の学校の中で一番学費が安かったから特に何も見ないで来たんだよね、私」

色んな人からの視線を集めながら階段を登り苦笑いを溢す。

私がこの虹島高校を選んだのは本当にそれだけ。一応進学校のこの学校は勉強くらいしか取り柄が無い私にしてみれば妙に勘ぐられたり反対されたりしないで済むしうってつけだった。

 「………確かにこの辺りは異様に高い私立ばかりだものね。偏差値さえ足りていればここが一番安いのはそうかもしれないわ。そもそも、創立者の意向で[学費は安く支援は手厚く]だから必然と言えば必然なのかしら」

 「へ、へぇ……。そうなんだー……」

全然知らなかった校風を聞いて思わず生返事が出てしまう。

『勉強がたくさんできそうだから選びました』くらいしか面接の時に言わなかった気がするけどそれは黙っておいた方がいいかもしれない。

それを言ったらなんとなく怒られる気がする。

 「……本当に沙那って真面目なの…?」

 「わ、分かんない…」

どことなく自分で自分に思っていた[真面目]という概念を問いかけられて胸の奥がキュッとなる。

も、もしかして私、世間体を気にしてるだけで別に真面目じゃ無かったり………??

 「ま、まぁいいわ。それよりまたお昼休みに屋上で。どんな子が転校してきたのかでお話ししましょう」

 「そ、そうだね。また後で!」

頭の中が混乱している間に私の教室前に着いてアリファちゃんと別れる。

ま、まさか転校生の話から自分のアイデンティティを疑う話に繋がるなんて思いもしなかった。

 ーーなんていうか……気を付けよう。

何に気を付ければいいのかもいまいちわからないまま独りで納得して席に着く。

 ーー……こんな時、エンジェルンならなんて言うんだろう。

アリファちゃんがいなくなった途端に全く視線が集まらなくなった私は、そんな事にも気が付かずにエンジェルンに想いを馳せる。

 ーー《へぇ、面白そうじゃねぇか。会いに行ってみようぜ》

 ーー……とかかな。あはは、言いそう。

冗談みたいな日々が思い出されて、独りでなんとなく寂しい気持ちになってしまう。

吹っ切れた…つもりになるのはまだまだ先かな。

 「おはよーう。えー、じゃあみんな知ってると思うがーー」

思い出に浸っている間にホームルームが始まった。

先生が入って来た途端に沸き上がる転校生に対する話題。

それが過熱し過ぎないようにと早々に教室の扉を明けた先生は廊下にいる転校生を呼び出す。

 ーー……。うん、頑張ってみるよエンジェルン。私、独りでも変わって見せるから。証拠に転校生と友達になってみるから。だから……。

教室に入ってくるのは一目で異国の少女だと分かる見た目の子。

その子はアリファにも欠けないくらいの美少女で。そして。

……そして?

 「……え、えぇ!?!?」

驚きのあまり出た大声のせいで初めて私だけに視線が集まった。




to be next story.

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