第4話 【結】
数日後。
少女が再び俺の部屋を訪ねてきた。
「この前はバタバタしちゃって言えなかったから……告白します。私はお兄さんに助けてもらったスズメではありません」
「だよねえ……」
話は少女の彼氏が浮気をしたことから始まった。
部屋に彼氏の趣味ではない系統のCDがあったり、洋服に長い髪の毛が付いていたり、怪しい出来事が続いた。
極め付けは、彼氏がやたらとケーキを買ってくるようになったことだった。
少女曰く、浮気をしている男は罪悪感から彼女にケーキを買ってくるようになるらしい。
しかし彼氏の浮気を確信したものの、どれも言い逃れの出来る証拠ばかり。
そこで浮気の現場を押さえようとした少女だったが、彼氏は浮気相手の家で密会を重ねているらしく、尻尾が掴めない。
彼氏に顔を知られている少女は、浮気相手の部屋をマンションの近くから監視することが出来ない。
しかし探偵でも何でもない少女に、向かいのビルに潜入してその窓から部屋を監視することなど不可能だった。
出来るのはマンションから少し離れた位置にある公園からマンションを眺めることだけ。
そんな場所から見えるのは部屋に付いた小さなベランダのみ。
運良く二人がベランダに出ない限り、浮気現場を目撃することは出来ない。
それでも少女は、根気強くマンションを監視し続けた。
そんなある日、マンションを監視していると、浮気相手のものと思われる部屋の隣の部屋のベランダでスズメを助ける俺の姿を目撃した。
これは使えると思った少女は、鶴の恩返しのごとく、助けてもらったスズメを名乗って俺の部屋に入り込み、隣の部屋から聞こえる会話に聞き耳を立てていたらしい。
そして浮気の確証を得た少女は、浮気相手の部屋へと乗り込んで行った。
……少女の行動が、良いか悪いかはさておき。
何とも行動力に満ち溢れた話だ。
「私を泊めてくれてありがとうございました。それと、騙してごめんなさい」
説明を終えた少女が、深々と頭を下げた。
「別にいいよ。俺も本気で信じてたわけじゃないし。だけどそれなら、君が楽しそうに見えたのは俺の気のせいだったのかな?」
「ううん。スズメの恩返しごっこがだんだん楽しくなっちゃって」
「楽しくなっちゃったんだ……」
彼氏の浮気現場を押さえてやろうという状態で、スズメの恩返しごっこを楽しめるのはある種の才能かもしれない。
何に使える才能かは予想もつかないけれど。
「彼氏とはキッパリ別れました。この目で浮気現場を目撃したら、百年の恋も冷めました」
「それは、良かった……でいいのかな? この場合は」
「良かったです。全力で彼氏をボコボコにしたら、思った以上に気分爽快でしたし!」
「そ、そう……なんだ……」
ボコボコにしたんだ……。
壁が薄いせいで、少女の怒号と、男による必死の謝罪と、隣人の悲鳴が丸聞こえだった。
激しい物音もしていたけれど、あれは少女が彼氏を殴る音だったのか。
「そうだ! これ、恩返しの品です!」
想像以上の修羅場に若干引き気味の俺に、少女が満面の笑みでそれを見せた。
少女の手の上には、羊毛フェルトで作られた可愛らしいスズメが置かれている。
彼氏をボコボコにする血気盛んな人間が作ったものにしては、あまりにも可愛らしいスズメだ。
「可愛いね……えっと、本当に君が作ったの?」
「あははっ、嫌だなあ。浮気さえされなければ、私は可愛い女の子ですよ?」
俺が少女に怯えていることに気付いたのだろう。
少女は「怖くないですよー」と言いながら、羊毛フェルトのスズメをちゅんちゅんと動かした。
「う、うん。じゃあせっかくだから……貰おうかな」
「あーっ! お兄さんったら、相変わらず警戒心ゼロなんですから。中に盗聴器が仕掛けられていたらどうするんですか!?」
「盗聴器が入ってるの!?」
「入ってませんよ」
少女は中に盗聴器が入っていないことを確認させるために、スズメを俺の手の上に乗せた。
スズメはたいした重さも無い上に、触ってみるととても柔らかかった。
「えっと、それでですね……」
俺がスズメを観察していると、急に少女がもじもじとし始めた。
「一羽だけだと、その子も寂しいと思うから……またスズメを作ったら持って来てもいいですか?」
夕陽に照らされた少女の頬は朱く染まっていて、スズメというよりもオカメインコのようだった。
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それではまた、別の作品でお会いできますように。
先日助けていただいたスズメです! 竹間単 @takema11
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