第3話 【転】
貧乏学生の家に布団が複数あるはずもなく、俺たちは敷布団と掛布団を分け合うことにした。
俺が床に敷布団を敷いて寝て、少女が押し入れの中で掛け布団に包まって寝る。
暖房を付けてはいても、さすがに何も掛けないままだと寒いので、俺はダウンジャケットをかけて眠ることにした。
一方でふかふかの掛布団に包まっている少女には、必要無いと断られてしまった。
「これから例のアレをやります」
押し入れから顔を出した少女が、うきうきした様子でそう言った。
「決して覗かないでくださいね」
少女が押入れのふすまをパタンと音を立てて閉めた。
しかしすぐにふすまがもう一度開く。
「これはお笑い芸人の、押すなよ押すなよ、とは違いますからね?」
「分かった」
「…………本当に覗かないんですか? 覗くなって言われたのに?」
覗いてほしいのだろうか。
……というかこれまでの少女の話がすべて本当だとしても、覗いたところで押し入れの中にいるのは羊毛フェルトをチクチクしているだけの少女だ。
自身の羽を使わないなら、人間の姿のままの方が羊毛フェルトは作りやすいだろう。
さすがにあの荒唐無稽な話を、真に受けているわけではないけれど。
もし少女の話が本当だとしたら、だ。
「覗くなよ覗くなよ」
俺が考え事をしている間に、再度ふすまを開けた少女が念を押すように呟いた。
「もう寝たら!?」
しばらくすると少女は寝たのか、もしくは羊毛フェルトに集中しているのか、静かになった。
俺ももう寝よう。
巷ではこういう状況を据え膳と言うのかもしれないが、俺は知らない女の子に手を出すほど肉食系ではない。
むしろ無遠慮にグイグイ来るタイプは苦手だ。
普通に怖い。
あの少女はまさに俺の苦手なタイプど真ん中だ。
せっかく可愛らしい見た目をしているのに、それを台無しにする強引さがある。
あと一言多い。
だから、まったくもってドキドキはしない。
家に不審者を泊めているという点では、ドキドキするけれど。
そういうわけで、俺はふすまを開けてほしそうな少女を無視して、さっさと寝ることにした。
念のため、預金通帳と印鑑と財布を枕の下に隠して。
「うーん……」
さっさと寝ようとしたが、静かになるとやたらと周囲の音が気になってしまう。
時計の針の音、水の滴る音、押し入れから聞こえる衣擦れの音…………隣の部屋の物音。
もう夜というよりも深夜と呼ぶべき時間だが、やっと隣の部屋の住人が帰って来たらしい。
仕事をしていたのなら夜遅くまでお疲れ様だが……どうやらそうではないらしい。
隣の部屋からは、薄い壁を通じて酔っぱらっている男女の声がした。
楽しそうに下ネタを言い合っている。
俺がこのマンションに入居したときには、隣の部屋からそんな声はしなかった。
きっと最近、隣人に彼氏が出来たのだろう。
隣人とは部屋の前で鉢合わせたらお辞儀程度はするが、素性までは知らない。
しかしこんな安いマンションに住んでいるくらいだから、きっと貧乏学生なのだろう。
どう考えてもここは、普通なら若い女性が住もうと思うマンションではないから。
だからまあ、盛り上がった男女がホテルへ行かずに部屋で致すことは理解できる。
理解は出来る、けれど……。
貯金が貯まったら一刻も早くこの部屋から出て行こう。
そして壁の分厚いマンションに住もう、絶対に!
俺がそんな決意を固めていると、押入れのふすまが勢いよく開いた。
驚いて押し入れを見上げると、鬼の形相をした少女が掛布団を蹴り飛ばしたところだった。
「こんの、クソ浮気野郎ーーーーーっ!!」
押入れから飛び降りた少女は、飛び降りた勢いのままに部屋を出て行った。
俺が呆気に取られていると、少女の罵声と隣の部屋のチャイムを連打する音が聞こえてきた。
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