求めるものは癒し

宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿中

求めるものは癒し

 友人の担当部署は、この時期忙しいらしい。

 おまけに、仕事では直接客に会って対応をしなければならないから、嫌味を言われたり、クレームを飛ばされたりと、散々な目に遭うのだという。

 カスタマーハラスメントという言葉がぴったりの客もいて、友人の精神はかなりのダメージを受けている。

 近頃は少々壊れぎみで、この間、偶然食堂で会い、一緒に食事をとった時にポツリと、

「巨乳のお姉さんの胸に顔を埋めて抱き締められながら、『大丈夫だよ~。とにかく大丈夫だよ~』って、ヨシヨシされたい」

 と言いながら、頭を抱えていた。

 友人は女性なので意外に思い、「女性が好きなの?」と、問いかけてみたのだが、彼女曰く、そういう訳ではないらしい。

「求めるものは、とにかく癒しなわけよ、温かくて柔らかいものに抱っこされながら、こう、あったか~い言葉をかけてほしいわけなのね。でも、男性だと緊張しちゃうじゃん。柔らかくなさそうだし。だからこう、癒しの化身みたいな女性に抱き締められたいわけよ」

 友人は鼻息荒く、そう捲し立てていた。

 俺は男性だから却下されるだろうな、と思ったが、物の試しに、

「俺だと無理そう?」

 と聞いてみた。

 案の定、首を横に振られたわけだが、その返答が「なんか硬そう……」だったのは心外だ。

 そんな、少々心配になってしまう状態の彼女だったが、本日、本当に壊れてしまった。

 彼女は、会社から少し離れた駅前のベンチの隣で、体育座りをして泣いていた。

 何故ベンチに座らないのかといえば、座面が誰かの買い物袋で占領されていて、一切の空白が無いからだ。

 他のベンチも学生のグループやカップル、親子連れに占領されていて、どこも空いていない。

 雪がちらつき始め、冬の小規模なイルミネーションに照らされる彼女を見て、思い浮かぶ言葉は不憫。

 とにかく不憫である。

 実際、定期的に周囲を眺めては絶望し、寒さに震えているようだが、動く気力がないのか、その場にとどまり続けている。

 可哀想になって声を掛けた。

 俺の顔を見て余計に泣き出した彼女は、涙声のまま、ポツリ、ポツリと話し始めた。

 客から理不尽なクレームが入り、がなり立てられた上に、話が部署内でも嫌われている性格の悪い上司の耳に入り、さらに理不尽に責め立てられたのだという。

「先輩とか、皆はさ、なんか、大丈夫? とか聞いてくれたし、貴方は悪くないよ、とか、お客さんとか、上司の悪口言ってくれたりして、慰めてくれたんだ。でも、でもさ、そういうことじゃないんだよ。もうさ、それで慰められる段階じゃないっていうかさ。それに、最近とにかく忙しくて、ずっと疲れてて、蓄積して、トドメにこれかって思うと、結構辛くて。でも、みんな忙しいし、私よりもキツイこと言われてる人いるし。もう、いい年した大人だから、ストレスくらい、自力で何とかしなきゃって思うじゃん。でも、寝て起きても頭痛くて、体怠いし。繁忙期も、もう少しで終わるけど、でも、でもね、あとしばらくは続く思うと、もう、もうね……」

 言葉にすれば落ち着くかと思ったが、かえって、蓋をしていた負の感情が溢れ出して止まらないようで、声もなく泣きだした。

 俺と彼女の関係はただの友人であるし、あまり良い事ではないかもしれないが、なんだか彼女が可哀そうで、そっと抱きしめてみた。

 あと、彼女のことは、まあ、好きなので。

 即座に俺にしがみついて、胸元に顔を埋めた友人の感想は、

「女性ばかりに囚われていたけれど、男性の雄っぱいもいいですね。思ったよりもあったかくて柔い……癒し……ママみを感じる。ママ……」

 だった。

 俺はママではない。

「あの、缶コーヒー一箱つけたら、後一分だけでも延長できない? あと、さらに追加で二箱つけたら、頭撫でてもらえたりしない?」

 俺の胸に顔を突っ込んだまま、モソモソと言い出す。

 謎の缶コーヒーシステムが構築されていた。

「缶コーヒーはいいよ。苦手なんだ。そんなに飲んだら死んじゃうし」

 苦笑いをして頭を撫でれば、彼女はショックを受けて固まった。

 その後、十分くらい抱き締めていたら、満足した彼女が帰って行った。

 そして翌日、同じ時間の同じ場所で、彼女が紙袋を持って立っていた。

 中身は高級な菓子折りで、以前に好んでいると話した物だった。

「確か、ここのお菓子が好きだって言ってた気がして。その、昨日はごめんね。迷惑かけちゃった」

 照れくさそうに頭を掻いた後、申し訳なさそうに俺を見つめるのだが、その視線が下がって、俺の胸をガン見している。

 俺は今、巨乳の女性と同じ気分を味わっているのかもしれない。

 人の視線やそこに込められた思いは、意外と分かってしまうものだ。

「雄っぱい……」

 癒しを求める願望が口をついて出た。

「包み込まれたいの?」

「はい。明日も菓子折り買ってきます」

 少し広げた腕の中に入り込んで、容赦なく抱き着いてくる。

「あったかい。もう、ここで寝たい。ここに住民登録する。××県○○市□□町△丁目、癒しの神の雄っぱい」

 たった一日で遠慮が消失したらしく、ペターッと頬を胸に引っ付けたり、ギュムギュムと腕に力を込めて頬を押し付けてきたりと、かなりやりたい放題で、俺の胸に旗を立てそうな勢いだ。

 しかも、嗅いでる……?

 でも、まあ、嫌な気はしない。

 ちょっと可愛いし。

 結局、彼女は一時間近く俺の胸元を私物化していた。

「ごめんね、癒しを摂取しすぎちゃった。あの、三箱くらい買ってくるね、菓子折り」

 艶々と張りのある肌に輝かんばかりの笑顔を浮かべて言うのだが、そんなにたくさんお菓子はいらない。

 というか、そもそも特に対価を求めていない。

 受け取らなきゃ気にするだろうと思ったから、貰っただけだ。

「いや、俺も持って帰るの大変だからいいよ」

 きっぱりと断ると、彼女がショックを受けて固まった。

「うえっ!? 明日も引っ付こうと思ってたのに。な、何を渡したらいいんだろう。この心温まる癒しの対価がよく分からない。好きな人の雄っぱいだしな。価値が強すぎて値段にできないし、正直、缶コーヒーとか菓子折りでも釣り合わないって思ってたけど、えっと、えっと」

 ワタワタと慌てだし、スマートフォンを使って「男性 お返し プレゼント」で検索をかけ始めた。

 こっそりと画面を覗かせてもらったところ、彼女は、俺の胸を相当高く見積もっているのだと分かった。

「別に、何か返さなくてもいいよ。俺も、まあ、癒しは貰えてるし」

 なんだか照れてしまって、顔が熱くなるのを感じた。

 しかし、彼女の方は俺の言葉を信じられないようだ。

「そんなことがあって良いの!? さ、詐欺!? 新手の癒し雄っぱい詐欺だったりしない!? あとから数百万とか請求されても、返せないよ!?」

 疑いながらも俺の胸元をチラチラと見てくるあたり、あわよくば、といった感じなのだろう。

 彼女の繁忙期が終わるまで、あと数日。

 その間は、きっと今日みたいに彼女を抱き締めることになるのだろう。

 それ以降は、ここで待っていて、バカなことを口走りながらくっついてくることもないんだろうか。

 それは少し寂しいな。

「詐欺じゃないよ、ほら」

 広げた腕にコクコクと頷き、瞳を輝かせる彼女を見て、そう思った。

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