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 背後…それも近くからとても大きな鼻息が聞こえてきた。

 大型の獣だろう。

 ライオンなのかゾウなのかは分からない。分からないが、あの巨大な足音、気配だけでも危険だという第六感がヒシヒシも感じ取っていた。

 このシャベルで掘った小さな穴。腰くらいまでしか入ってないが、こんな小さな土の山で僕は隠れられているんだろうか…。

 怖い――とても怖い―――

 僕はギュッと目を閉じ、その獣が過ぎ去るのをただただ願うばかりであった。


 その獣の鼻息が聞こえる中、バシャンっと水の音が聞こえた。

 僕は怖いという気持ちと同時に、何が水の中に入ったのだろうと興味が湧いてきてしまい、小山こやまから顔を少し覗かせてみた。

 ラーマイオンの聖水の泉の中に伸びる1本の棒――そして、その棒の先まで視線を上げていくと、ギョロギョロと暗闇に光る眼が見えた。

 それは、眼と言うのか――それが一番近い表現だった。

 その眼は、蜘蛛の様に8個付いている真っ黒な眼。その眼の中で小さな眼球が四方八方に動いている。


 僕はその獣の全容を見て身体が凍りついた様に動かなくなる。

 ラーマイオンの聖水の中から伸びていた棒は、その獣の鼻。その姿はまるで象の様だが、眼は8個。足も8本ありとてつもなく巨大な生き物であったからだ。


 僕は身をこわばらせ小山に身を潜めさせようとしたが、現実はそんなに甘くなかった。

 何故なら、僕は体験をしてしまったからだ。

 その象を見て恐怖という事を体験してしまうと同時に、魔法のレシピ本が小さく光る。

 その象に付いている8個の眼が、小さな光を見逃す訳も無く、鼻を聖水から引き抜くと、小山目掛けて振り下ろす。


ガキィィィィィィン――……


 金属と金属がぶつかり合う様な鋭い音が洞窟内に響き渡る。

 僕は目を閉じ頭を抱え身を低くし、もう何が起きてるのか分からない状態であった。


カサカサ…パシャッ――カサカサ…パシャッ―――


 耳元から何かが歩く音と、カメラのシャッター音みたいな音が聞こえる。

 少しだけ目を開き音のなる方を見やると、小さなカニが目を交互に閉じたり開いたりしながら前を通り過ぎて行った。

 普通のカニと違うのは、そのカニが目を閉じると、カメラのシャッター音が鳴り、開いている片目からはフラッシュがチカチカと光っていた。

 象の化け物はそのカニをチラリと見やり、クルッときびすを返すと、また重低音のある足音を立てながら歩き始めた。

 その足音が遠くに消えていき音が聞こえなくなった頃に、僕は初めて顔を上げた。


 まだ心臓がドキドキしている。恐怖からか足も震えていた。

 そうだ…この世界は不思議な物ばかりある世界なんだ。見た事もない化け物だって存在するんだ。

 しばらく時が経ち、心臓の音も落ち着きを取り始め、緊張が解けたのかお腹から小さな音が鳴る。


 空腹だ。


 この世界に来てから口にしたのは、ラーマイオンの聖水と、ただ塩辛い水だけ。何も食べてないじゃないか。

 小さく音が鳴るお腹をさすりながら視線を下に落とすと、先程のカニが泡をブクブク吹きながら立ち止まっていた。

 僕はこの隙だらけのカニのハサミの部分をサッと捕まえた。

 カニも急に掴まれた事に反応が出来なかったのか、暴れる事もなく僕の手に掴まれる。


 さて、捕まえたは良いが、このカニは果たして食べる事が出来るのか…

 混乱しているのか目がパチパチと慌ただしく開いたり閉じたりしながら光を放っている。


 カニと言えば、やはり食べたいのは塩ゆでにしたカニだ…。だけど、ここに火も水も塩もあるが茹でる為の鍋など無い。

 ここは大人しく贅沢は言わずに、このカニを火霊サラマンいわの上に乗せて、海塩水で味付けしたのを食べた方が良いのか…。


いや――待てよ?


 さっき、あの象の化け物が鼻を振って来た時、金属音がぶつかった音がしたな。


 僕は、スっと立ち上がると自分の後ろに積んである土の山をペタペタと触ってみた。

 なんだ?この触感……まるで金属で出来ているような硬い触感だ。

 穴を掘った時は間違いなくただの土だったはずだ……という事は、まさかこのシャベル……。


 僕は腰にぶら下がったシャベルを手に取ると、数歩あるき足元の土を掘り返してみた。

 豆腐の様にサクッとシャベルが土に突き刺さり、掘り返した土を手に持ってみる。


 体感で1分くらいだろうか、持っていた土がそのまま岩のように固くなる。

 逆に手で掘り返した土は、何の変化も見られなかった。


 これさえあれば…この土で鍋を作ることが出来るのでは無いか?――と思えば我先にと試してみたくなってくる。

 とりあえず、手に持っていた硬い土の塊をカニに打ち付けた。

 ガンッという鈍い音がし、絶命をした訳では無いが、目がバッテンに変わりそのまま力なく倒れる。

 生き物の命を奪うことには抵抗があるが、これも生きる為仕方がない事だ。それが人間のエゴだとしても、今の僕には興味と空腹しかないのだから。


 動かなくなったカニを足元に置き、今度はシャベルを使い、こぶし大くらいの土を掘り返す。

 そこにラーマイオンの聖水を少し加え粘り気を出すと、土器を作るように深みのあるお皿の形を作り上げていく。

 今の今まで、こんな作業をした事がない僕がいきなり土器なんて作れるわけも無いが、いびつな形の鍋(?)が出来上がった。

 数分経つ頃には、土の鍋は固まり手で持っても崩れたりしなくなる。


 よしよしよし――僕は鍋を手に持つと、ラーマイオンの聖水を八分目まで水を汲む。

 今度はそれを持ち、海塩水を1滴入れた。

 後は、野菜なんか入れたりしたい所だが、今はあのカニしか食材は無い。僕は、水がこぼれないように静かにカニが置いてある場所に戻ろうとすると、足元に何かが潰れているのを発見した。


 なんだこれ?――あの象が歩いてきた所だろう。地面がへこみ、その中に何か丸いものが潰されている。

 

――タコ?


 それは、タコみたいな生物だ。

 僕は地面に鍋を置くと、タコみたいな生物が潰れている場所を覗き込む。


 丸い形に、真ん中には1つ目があり、体の大部分はゼリー状の粘膜に覆われている。

 僕はそれを拾い上げる。


 もし、これがタコであるならば、このゼリー状の粘膜は塩で揉み洗えば取れるであろう。

 僕はそれを持ち上げ、また海塩水の所に戻ると、数滴の水をかける。

 ある程度水をかけたタコをゴシゴシすると、スルンッと粘膜だけが取れ中から丸い白身が姿を現した。

 ゼラチン質なぷるぷるしたその白身と、ゼリー状の粘膜。真ん中についていた1つ目は、粘膜の方に付いている。


 これはアレだ!ゲームの世界で言うスライムって奴だろう。

 ただ――ただコレは、どちらを食べるのが正解なのか――。

 左手には白身、右手には粘膜。


 ――うん。そんなの考えなくても分かるよね。

 僕は粘膜を足元に投げ捨てると、白身を持って鍋の方へ戻り、そのまま鍋と一緒にカニの所まで戻ってきた。


 次に、シャベルで拳くらいの大きさの穴を掘り、そこに火霊岩をセットし、その上に土の鍋を置く。

 火霊岩の温度は700℃という事は、家庭用コンロの中火くらいの温度だ。

 食材を切る包丁や刃物はないので、まずスライムの白身を鍋にそのままぶち込んだ。

 加熱することが正解なのかは分からないが、いくらタコに似ていようが生で食べる気にはならない――そして、お湯が沸騰してきた頃にカニをそのまま鍋にぶち込んだ。


 そういえば、このカニ……カメラみたいな機能があったが、中からフィルムとか出てこないよな――そんな不安がぎるが、まぁ食べてみないことには何も分からない。

 今まで鍋の底に沈んでいたスライムの白身がぷかっと浮いてきたのを機に、恐らくカニも火が入ったろうとみて食べようとしたが、ここで重要な事に気がついた。


箸が無い―――


 流石にこの熱さを素手で行く訳にはいかない。

 早くこのカニ鍋を食べたいと言う気持ちを抑えながら、シャベルで土を掘る。






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至高のレシピ ラムロト @arumorot

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