「前世はあなたの愛鳥でした」と告られて、いやいやまさかと打ち消し作業に忙しい派遣社員
ぶちお
第1話
出会いがあれば別れもある。
別れがあるからまた新しい出会いがある。
35年も生きていると、出会いや別れへの感動も薄くなっているのは自覚している。新しい出会いに一喜一憂してたのなんて、いつだったっけ。
ハラスメントのデパート上司にあたって、1年前に退職した。
しゃかりきに働く元気はなかったから、いったん派遣会社に登録。運良くフルリモート可の事務として働けることになって助かった。
こそこそやっていた副業が軌道に乗って、本業に格上げ出来ることになったのがとても嬉しかった。嫌なことがあったら、良いことがある。
短い間だったけど派遣の仕事はできた方だと思うし、先月入って来た引き継ぎの派遣社員も優秀で助かった。
残りの1ヶ月は隠居生活というか、静かに息を潜めて退職日を迎えることだけを目標にしていた。静かに、平穏に。
それなのに、今日、新たな出会いイベントが発生してしまった。
「本日からこちらの部署の配属になりました、鵠 翔吾(くぐい しょうご)です。前職は食品系のカスタマー部門にいました。」
経験を活かして〜と若者の挨拶は続いている。
リモート画面越しに見ても、鵠さんはキラキラしている。目が痛いと感じたのはブルーライトだけのせいではないだろう。
この若者も日本の将来を担っていく大事な人材だな〜と思ったのも一瞬、気持ちはすでにテレビの中の不倫ネタに移動している。
お盛んですね~と侮蔑する反面、色恋にパワーを使える人を尊敬している。
私が恋愛したのっていつだっけ。なんか思い出そうとする時間ももったいない気がするし、素敵な思い出と言える恋人もいない。
男運は前世に置いてきたかもしれん。
すでに挨拶も終わっていて、朝礼では次の議題にうつっている。
部目標の達成度、社員研修のお知らせ、偉いレベルが分からない人のありがたいおはなし。どれも派遣として働く私にはあまり関係がない。
一応、右耳からいれて左耳から出す作業はするけども。
朝礼が終わり、通常業務が始まる。
ルーティン作業を進めようとすると、スラックのメンションマークがピコっと赤く表示された。
『@豆本さん 鵠くんに業務を簡単に説明してあげてくれるかな。残り1ヶ月だけど、色々と教えてあげてもらえますと!』
チームリーダーの佐々木さんからの依頼だ。
正直、めんどい…
残り1ヶ月の静かな隠居生活に、中途で入ったキラキラ社員に何かを教えるなんてイベントは不要だもの。
一応、スレッドで抵抗を試みる。
『@佐々木さん 業務自体は後続の方に引き継いでいますし、具体的に何を教えればよろしいでしょうか』
文末にはネコの絵文字を添えてみる。
『細かい業務内容というよりは、ざっくりと色々で!教える時も、出社するしないは鵠くんと相談してもらえますと。
鵠くん、販促物の在庫管理とか制作依頼とか調整ごとは豆本さんが担当してくれています。知っておいたいい内容も多いのでよろしくお願いします』
『かしこまりました。別途、豆本さんと相談いたします』
佐々木さんのOKアクションがついたところで、このスレッドの終了の鐘がなった。
これ以上、文句を言ったところで心証が悪くなる。
穏やかに退職したいし、鵠さんに簡単な業務を教えるくらいは許容範囲と言える。うん、そう納得しよう。
あれ、鵠さんどんな顔だったっけ。
朝礼の挨拶を一瞬しか見ていなかった30分前の自分を、少しだけ叱ってやりたくなった。
「よろしくお願いします、先輩」
自分よりも大きい人が、丁寧に頭を下げている。
頭を下げた勢いにのって、ふわっと香ったのはヘアワックスかな。
あ、つむじは右巻きなのか。
「こちらこそ、よろしくお願いします。派遣の豆本翔子(とうもと しょうこ)です」
軽く腰を折って挨拶を返すと、まばゆいという表現がぴったりな鵠さんの笑顔があった。
うぅ、暗めの部屋で毎日仕事をしているモグラ女子に、この明るさへの耐性はない。
ベースはリモート、何かある時は随時出社対応で鵠さんに教えることになった。
最初はやはり対面にした方がいいだろうとなり、私は入社以来久しぶりの出社だ。
「先輩っていう呼び方はちょっと。私、派遣だし社歴長い訳でもないので」
これは言っておかないと。
「はい、知っていますけど先輩は先輩なので。じゃあ、翔子さんって呼んだ方がいいですか」
鵠さんは首を可愛らしく傾けながら、目をそらさない。
先輩呼びか、下の名前呼びか。
どうしてこの二択なのか。普通は名字呼びでは?
うん、でもまぁいいか、深くは突っ込まないでおこう。
些細なことでハラスメントになる世の中やで。
そして、年下のぶりっこあざといアピールは私には利かんぞ!
年上として、なめられないように一層気を引き締める。私は武将、戦乱の武将。
「それなら、先輩呼びのままで大丈夫です」
「はい!先輩!あ、あと」
鵠さんは、そっと私の右耳に口を寄せる。
「実は僕…昔、先輩に飼ってもらっていたコザクラインコのカン助です。転生したんですよ〜やっと会えました。先輩、全然変わっていなくて嬉しいです」
え、どういうこと?
生まれる前の記憶や、前世の記憶をもっている人はいると聞いたことあるけど。
ん?私が飼っていたインコのカンちゃんの生まれ変わり?
世間に溢れている転生ものの主人公が鵠さんってこと??
「よろしくお願いします!」
笑顔の鵠さんの顔をぼんやりと見ながら、脳内は加速処理を懸命に頑張っている。
きっと鵠さんは変わり者なんだろう。
そういう令和の挨拶が流行っているんだろう、うん。
これがジェネレーションギャップか。
どうして私が飼っていたインコの種類と名前を知っているのかはトリックがわからないけど、世の中には解明されていないことが五万とある。
ここで私が謎の解明に動く必要はない。
大人には聞き流すというコマンドがあるのだ!
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
耳元の囁きについてはサーっと流して、当初の予定通りに静かに過ごすことを改めて誓った。
はずだったのだが、やはり鵠さんの様子がおかしい。
2週間、一緒に業務にあたってやっぱり彼はおかしい。
鵠翔吾、25歳で肌がつやつやしている。
黒髪はゆるく毛先がウェーブしている。おしゃれパーマかな。
姿勢もいいし、スタイルもいい。
頭の回転も早いし、人当たりも柔らかい。
彼は少女漫画の本命役ど真ん中。
残念というか当然というか、私とカプ成立するわけがない。
それでも、彼に懐かれているということは直火レベルで感じる。
私に飼われていたインコだと思いこんでいるから距離感が近いのか…
ここ最近の鵠さんの言動を回顧してみる。
「先輩、〝ぬこ教師〟っていうキャラクター知ってますよね。僕、ぬこ教師の大きいぬいぐるみが好きだったんですよ」
ぬこ教師は、20年以上前のアニメに登場したキャラクターだ。私の部屋にもいまだに鎮座している。中の綿が圧縮されすぎて、ぐったりしているけど。
カンちゃんがぬこ教師のぬいの上でよく昼寝をしていた光景も思い出す。
「ひまわりの種って美味しいですよね~食べ過ぎはよくないけど、ついつい手が伸びちゃいます。あったらひたすら食べます」
インコのおやつの中でも、ひまわりの種の人気は高い。
カロリーが高いので、多く与えてはいけないけど、カンちゃんも上手に皮をむいてがっついていたな~
「週末は何していましたか。僕はずっとネト○リで気になった作品一気に観てました」
私は小五郎といつものようにお笑い動画を見ていた。
インドアなところは似ているのかも。いやいや、無意識に共通点探しとかするの、どうかしている。彼に他意はない。
「会社の近くに日本中の美味しい乳製品が集まっているショップを見つけたんですよ。先輩、牛乳好きでしたよね、今度行きませんか?」
乳製品はいいぞ。牛乳も好きだし、加工したものも好き。牛の恵み、牛は神、Oh。
チーズやバターにくるまれて眠ったっていい。
何故、好きですよねという前提なのか、気になったけど追求するまい。
何かと話題を提供してくれる鵠さんの努力に感服しつつ、あと少しで去る派遣のことは構わないでいいのにと鬱陶しさも感じている。
たった1ヶ月だけ一緒に働いた人なんて、すぐに名前も顔も忘れるものだろう。
鵠さんがあれこれと話しかけてくれるのは、気遣い。
間違っても、私のこと好きなのかしら!?なんて勘違いしてはいけない。
確かに、気持ちのいい若者だなと思ったけれど、恋愛感情はない。
あってはいけない。
自分を卑下したい訳ではないけど、彼と手を取り合ってラブラブになる物語が生まれることはない。
もっとお似合いの人が彼の隣にいるべきだ。
ないないないない、何回も打ち消しを刻んでいく。
それなのに、翔吾はグイグイ来る。
私が毎日打ち消し線を引いているのに、領域侵犯が止まらない。
わざとなのか、無意識なのか。
あ、もう下の名前で呼び捨てにすることにした。もちろん、心の中だけで。
「先輩、大丈夫ですか?」
ちょっと困ったような顔をしている翔吾の顔があった。
「あぁ、ちょっと気絶してたかも」
適当にこたえる。
「気絶って、疲れてますか?」
今日は精算まわりの細かい業務説明のため、出社していた。
慣れない通勤に疲れはあったが、ほとんどはこの無邪気ボーイ翔吾をどう躱すかに労力を割いている。
「こんにちわ~」
完璧に調整した猫なで声で、女性社員2人が翔吾に話しかける。
「あ、今大丈夫ですか~私、プロモ事業部の山口です。
これから色々と絡むことも多いと思うんでぇ~よろしくお願いします~」
「わたしも山口さんと同じ部署の花井です~」
「あ、今月からジョインしました、鵠です。ご挨拶まだでしたね~」
聞く気がなくても、耳にはいってしまう。
私がもう少し若かったら、彼女達のようにキャッキャして語尾をとことん伸ばしていたのかな。
「あ、今日はまめもとさんに教えてもらっているんですね」
「まめもとさん、会社にいるの珍しいですね」
こういう適当なノリの流れで被弾するのは苦手。
「必要な時は私も出社しますよ、一応」
出来るだけ声色が冷たくならないようにしたけど、上手く出来た気はしていない。
「僕が無理言って来てもらっているんです」
ほら、翔吾が気遣っちゃった。
「あ、そっかぁ~まめもとさん優しい~
夏の納涼会は不参加だったから、会社嫌いなんだと思ってました~」
「あの日は予定があって、ハハ、すみません」
謝る必要なんてないけど、謎に乾いた笑いも出ちゃった。
納涼会は社員の交流の場だし、派遣がご機嫌に乗り込む場所じゃないってわきまえている。
参加は任意だし、彼女達はただなんとなく言っているだけ。少し悪意は感じるけど、対等に殴り合おうとも思っていない。
早くどっか行かないかな、こいつら。
「納涼会があるんですね、楽しそうです。参加した時は是非、お願いします」
「「あぁ~ぜひぜひ~」」
仲良し2人組の息のあった返答。リハーサルした?
「あ、あと〝まめもと〟さんじゃなくって、〝とうもと〟さんですよ」
翔吾の指摘にきょとんとする女子2人の顔、私も彼女達と同じ顔をしていた。
名字を誤読されるのに慣れていたから、翔吾の彼女達への指摘に体のどこかがギュっとなった。
私が退職するまであと半月も残っていない。
今日を出社最後の日に設定した。
最後の日になるならと、翔吾に誘われて昼食に行く。
会社の食堂を使うのもこれが最初で最後。
必要なことは翔吾にインプットできたし、出社する必要ももうないだろう。
翔吾はニコニコといつものように話題を提供してくれる。
えっと、さっき何て言ってたっけ。
そうそう。毎日好きだ、愛してると言ってくれるような情熱的な人がタイプだとか言い出したんだった、この坊やは。
「そういう情熱的な、カルメンみたいな女性は毒にもなるからお気を付け下さい」
「つめた!アドバイスにしても他人事すぎませんか?」
笑いながら、食後のコーヒーを飲む姿も様になっている翔吾にむかついてきた。
「つまりは、先輩みたいな人がタイプっていう話です」
「私はいつからカルメンになったんだっけ。全然違うタイプだよ」
ほら、周囲で聞き耳をたてている女子社員たちの殺気が増幅している。
翔吾よ、この殺気を感じてくれ。
自分が女性社員達の獲物になっているのだという意識をしっかり持とうか。
というか、静かに去りたいという私のささやかな願いを叶えてくれないだろうか!
もう色々と手遅れかもしれんけど!
「それよりも、唇に葉っぱ?みたいなのついてるよ」
私は少し前に体を倒して翔吾の顔を見て、自分の下唇をトントンと指先で叩く。
「え、マジすか。恥ずかしい…」
少し赤くなりながら。ぐいっと手の甲で唇を拭う姿にドキリとさせられる。
いやいや、だからただの年下後輩ムーヴの1つだから。
こんなんでときめくとか、ないから、うん。
加齢による脈の乱れと自己診断した。
「昔っから、口に葉っぱつけがちなんですよ僕」
…なんだそれ。
午後も2人並んでパソコンに向かう。
おやつコーナーからクッキーをくすねて、席に戻ってきた時に翔吾に声をかけられた。
「先輩、この表の関数の根拠なんですけど」
視力がよくない私は、目を細めながら彼の肩越しにモニターを見つめる。
う〜ん、やっぱり見えない。
「ちょっとそのURLをスラックで送ってもらえますか」
椅子に座りながら、パソコン画面を開く。
「はい、今送りました。
ふふ。久しぶりに先輩に背中嗅がれるのかと思いました」
うん、またよく分からないこと言ってる。
翔吾も入社してから、ストレスが凄いんだろうな。
「この関数は、もともとこっちのデータを参考にしていて…」
定時になり、速攻で帰り支度をする。
高層ビルにありがちな、エレベータ待ち渋滞に巻き込まれたくない。
今いるオフィスからエレベータのボタンを押すまで、最速タイムを記録したい。
速攻で帰宅しないといけない理由は、小五郎の顔が見たいから。まぁ小五郎も子どもじゃないし、寄り道をして帰ったって怒らないんだけど。
グダグダとオフィスにいる理由はもっとない。
「あの、先輩」
リュックを閉じる寸前で、翔吾に声をかけられる。
まずい、最速タイムが危うい。
「予定ありますか?帰り道、ちょっと歩きませんか」
散歩の提案?ぶらり翔吾と歩くイベント??
どう答えようかと思っているうちに、翔吾も帰り支度を始めている。
「夕方からしかやっていない焼き芋のお店があって、一緒に行きたくて」
芋…だと…あぁ、秋だもんね。ほくほくの焼き芋の魅力には翔吾も勝てないということか。
「別にいいけど」
エレベータ最速記録はもう無理だし、最後の出社日に焼き芋を食べて帰るのも悪くない。
外はもう暗く、焼き芋屋の暖色ライトは神の息吹のよう。
湯気も、匂いも、外気が寒ければ寒いほど輝いて見える。
「はい、どうぞ」
翔吾が焼き芋を渡してくれる。
財布から小銭を出す前に、お礼の気持ちだからお金はいらないと断られた。
財布をリュックに戻してから、手の中にある黄金色の芋と向き合う。
絶対に美味しい、美味しいしかない。
ほく、もふもふ。
猫舌で口をほふほふしている私を、翔吾は見ている。ダメダメ、芋に集中しなければ。
翔吾の指が私の髪を少しだけすくいあげる。
「口に入りますよ、先輩」
ほくほくほく。
翔吾の冷たい指先が頬をかすめる。
「翔吾も…ほ、ふ…あったかいうちに、食べるといい…よ」
指が触れた顔の右半分が、びっくりするくらいに熱い。
誰かに触れられるという感覚が久しぶりだからか。免疫が落ちていると痛感する。
でも動揺を悟られてはいけない。てか動揺してないし、するわけないし。
うっかり翔吾って下の名前出しちゃったけど、バレてないかな。
「はい、でもこの感覚も懐かしくて」
翔吾は、スリスリと髪の毛を指で遊んでいる。
くすぐったい。
「昔も、こうやって毛繕いしてあげたの、覚えてません?」
焼き芋の味がわからない。
「僕と先輩しか知らない秘密の暴露を結構してきたつもりなんですけど。
まだ認めてくれないですか?
僕が先輩の愛鳥だったってこと」
今までの翔吾との会話が脳内で再放送される。
あれ、死の危険がなくても走馬灯ってあるんだな。
翔吾は25歳、愛鳥カンちゃんとの別れは25年前。私が10歳の時だった。
一緒に暮らしていた、一番好きだったコザクラインコ。
今もコザクラインコと暮らしているけど、やっぱりカンちゃんが一番好きだ。
ひまわりの種が好きで、何度もおねだりしてきたのが可愛い。
小松菜を食べると、クチバシが緑色になっていたのが可愛い。
私の右肩でくつろいで、一緒にテレビを見ていたのが可愛い。
私が牛乳を飲んでいるのを横で見ていて、おこぼれをゲットしようと首を伸ばしていた。飲めないのに一生懸命体を伸ばしていたのが可愛い。
カンちゃんが毛繕いしている時は、背中のなんとも言えない匂いを吸い込むのが好きだった。カンちゃんは迷惑がっていたけど、その表情も可愛かった。
毛繕いのつもりで、私の髪の毛をちみちみクチバシでいじっていた。嬉しそうな顔をしていて、見ているだけで癒された。
「転生して25年もかかりました、先輩を見つけるのに。
漫画みたく、すんなり希望の場所とか人に出会えるって訳じゃないんですね」
やっと焼き芋に口をつけて、翔吾は話す。
「最期の頃、僕は目も見えにくくなって、筋力も落ちてきて。てんかんや白内障まで発症しちゃって。本当に、色々と先輩にお世話してもらいました。
大変だったでしょ?勝手にふらふら歩いて落ちかけたり、かんしゃく起こして強くかじっちゃったり。
でもいつも笑顔で、その手で包んでくれました。嬉しかったです。
あの時は言葉で伝えることが出来なかったですけど、先輩を愛していました」
晩年の愛鳥の姿を思い出すだけで、涙が出そうになる。
もっとしてあげられることがあったんじゃないか。
鳥の医療はまだまだ発展途上で、対処できないことの方が多い。仕方がない。
治すことは出来なかったけれど、全力で可愛がることは出来た。
鳥がいる暮らしをやめることは出来なくて、カンちゃん亡き後も何羽かお迎えをして旅立っていくのを見てきた。
「僕の呼吸が止まる時、虹の橋のたもとで待っててね。私もしばらくしたら行くからって先輩は言ってくれた。
本当にあるんだね、虹の橋って。ドンちゃんやサンちゃん、明美ちゃんも待ってましたよ」
翔吾から出た名前はかつて飼っていたインコ達の名前、統一性がなくて我ながら笑ってしまう。
「ちょっとだけ、虹の橋で待とうかと思ったけど、やっぱり大好きな先輩に会いに行きたいなって思って。来ちゃった」
少しの間、沈黙。
「幸せ、だった?」
ボロボロと涙がこぼれながら、聞いていた。
「最期、辛い思いさせたんじゃないかって」
「幸せだったよーもちろん。
先輩の家の子になれて、最初からずーっと幸せだった。
せっかく転生して会えたんだから、これからもよろしくお願いします」
打ち消し作業はもう必要なかった。
あっという間に時間が過ぎて、私はささっと退職した。契約満期なんで、という決め台詞は重宝した。引き留めにあうこともないし、後腐れ感もない。
「どうして25年もかかったの?」
「ん?」
「だから、私を見つけるのに25年はかかりすぎてないかってこと」
翔吾と上野公園で噴水を眺めている土曜の午後。
「あ〜前にもちょこっと言ったけど、意外と融通がきかなくてさ。
翔子さんのところに行きたいと願ったんだけど、住所氏名がわからないと転生の神様でも探せないんだって。
氏名はフルネームでって言われたし」
笑顔の翔吾。
「確かに、お参りとかでも住所氏名は名乗ったほうがいいって聞いたことあるけど、あれって本当なんだ」
私も笑う。
「そそ、それに俺にはインコ時代の記憶はあるけど、それはインコ視点の記憶なんだよね。文字が読めるわけでもないし、人の言葉も全部理解してるわけじゃないし。
翔子さんのフルネームも知らないし、住所もわからない。
なんせ、コザクラインコのノーマルカラーなんで」
持っていたラテをくいっとあおる。
ふむ、こんな動作でもやはり翔吾はかっこいいと再認識して、なんかはずい。
なんだろう、にやついている自分が気持ち悪い。
「あ〜カンちゃんには住所氏名を教えたことはなかったわ。
私から一方的に毎日可愛い愛してる~って言ってばっかりだった」
カンちゃんはおしゃべりが苦手な方で、言葉を覚えさせるという発想もなかったから。
それなら人を捜すにしても、手がかりがなさすぎたのは納得。
25年かかったけど、こうしてまた会えたのならそれでいい。
そろそろ行こうか、と差し出された手を握って目的地に向かって歩き出す。
「小五郎がお気に入りの餌、今も売ってるんだね」
「そう、あれは豆本家の鳥御用達のブランドだから、変わらずにあのお店で買ってるの。
元飼い鳥として、色々とアドバイスしてもらえると嬉しい」
「おやつには厳しいよ」
笑いながら並んで歩く。
愛情深いコザクラインコの性格を、誰よりも私は知っている。
「前世はあなたの愛鳥でした」と告られて、いやいやまさかと打ち消し作業に忙しい派遣社員 ぶちお @buchio_torisuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます