5話
「いやあ、5年ぶりだな」と遼はプリンの蓋を剥がしながら軽く口にした。
「お前が東京に住んでいるって聞いた時にさ、なかなか心配したんだぜ。どうだ、やっていけてんのか?」
「うん。大変だけど、なんとかね」と充は照れくさそうに言った。
「それならよかった。正直な話、この前、電話するまでは会おうかどうか迷ってたんだよ。でも、お前の声を聞いたら考えも変わったよ」
隣に座る原田の表情がわずかに陰りを帯びる。中学校内でさえ話題になった時、充がなぜ転校し引っ越したのか、原田はその理由を知っていたからだ。
「元気な姿を見たらさ、やっぱり東京も悪くねえのかなって思えるな。ちゃんと生きててくれて良かったよ」
充は笑って返す。「ははは、なんでそんなこと言うんだよ。」
「だって、お前、地元には全然帰ってこないしさ」
「ちょっと」と原田が制止した。
遼は「ああ、悪い」と言って立ち上がり、「トイレ借りていいか?」と尋ねた。
「玄関横のドアが洗面所で、その中だよ」
「おう」と返事して、遼は席を外した。充は目のやり場に少し困っていた。原田とはほとんど話したことがないので、二人きりの状況に戸惑り、黙ってクリームプリンを口にしてやり過ごそうとした。
「岡崎君とは中学ぶりだよね」
沈黙を破るように、原田が言った。充がふと顔を上げると、原田は柔らかい表情で充の方に向けて顔を向けていた。
「そうだね。それにしても、まさか2人が付き合ってるなんてね」
「私だって驚いたわよ。遼とは高校が一緒で、文化祭の準備とかがきっかけだったの。気が合うなって思っていたら、告白されたの」
「遼、いいやつでしょ」
充がそう尋ねると、原田は嬉しそうな表情を浮かべた。
「まあね」
流れる水洗の音が聞こえ、遼が慌ただしく帰ってきた。彼の顔には、まるで見てはいけないものを見てしまったかのような表情が浮かんでいた。
「ちょっと待て!充、お前、彼女がいるのか?」
「うん?」
「いや、だって、洗面台に化粧道具とかあんだろ。お前が使うわけでもあるまいし」
「あ、あれはさ」
充は、遼が何を指摘しているのかを理解した。できるだけその話は避けたかったが、2人を混乱させたくないという思いからだった。
――ガチャッ。玄関の開く音が響き、その瞬間、「ただいま」という女性の声が室内に渡った。
遼は心臓の鼓動が速まるのを感じ、慌てて髪の毛を整える真似をした。充の彼女だよな。少なくとも挨拶くらいはしておかないといけないだろう。
玄関から入ってきた女性がリビングに足を踏み入れると、遼は自分の瞳を疑った。
「誰かいると思ったら、酒井じゃん」
「……亜美佳?」とだけ遼は言い、充の方へ顔を向ける。
原田も遼と同じく唖然とした表情を浮かべざるを得なかった。思いもよらぬ訪問者に固まってしまった。
「そっち、誰だっけ?見たことあるんだけど」亜美佳は原田の顔を見ながら不審そうに尋ねた。
「原田…原田綾乃。中学一年の時に同じクラスだったから」
明らかに堅苦しさが込められた原田の言葉に、遼もなんとなく緊張感を覚え、反射的に身を引き締める。
「うーん、そうだっけ。で、何、同窓会とかやってんの?」
亜美佳がとぼけた口調で問いかけたが、遼と原田の表情は相変わらず冷たいままだった。
「い……いや、そうじゃねーだろ。彼女って……充、なんで?」
はっきりとした疑問が込められ、遼が充に問いただしている。亜美佳のいない瞬間に都合をつけようとしていたつもりが、どうも上手く行かないなと充は思っていた。
亜美佳 むろたに しずか @kadaksyou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。亜美佳の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます