かくしごと

@d-van69

かくしごと

 パソコンの画面を睨みながらキーボードを叩いていると、書斎のドアが突然開いた。びくりとしながら振り返ると、小さな息子たちがなだれ込んできた。コウタとユウタ。双子の兄弟だ。ふたりは無邪気な顔で口々に言葉を発する。

「お母さんが呼んでる」

「お父さん来てって」

 正直なところ、今ちょうど乗ってきたところだった。キーボードを叩く指は淀むことなく動き続け、物語が面白いように紡ぎ出される。この勢いで区切りのいいところまで進みたい気分なのだ。いや、今こうして中断されたこと自体に少し苛立ちを覚えたが、子供たちの言葉を無視するわけにもいかない。

 渋々キッチンに行くと、コンロの前でマミが鍋をかき回していた。僕の姿を認め、

「ねえ、牛乳買ってきてほしいんだけど」

「今じゃないとだめ?」

「うん。お料理に使おうと思ったんだけど、足りなくて」

 彼女は片手を手刀のように顔の前に置くと、

「お願い。今手が離せないのよ」

 確かに。彼女は言いつつもずっと鍋をかき回し続けている。

「しょうがないな。ちょっと行ってくるよ」

 コンビニはマンションから目と鼻の先の距離にある。さっさと行って帰ってこよう。書斎でスマホと部屋の鍵をポケットに入れ玄関に向かうと、そのあとを子供たちが追ってきた。

「ボクも行く!」

「ボクも!」

 同じ顔がぴょんぴょん飛び跳ねながら、申し合わせたようにそれぞれが僕の両手を掴む。どうせコンビニでアイスでも買ってもらおうという魂胆なのだろう。

「じゃあ、行ってくるよ」

 キッチンの方に声をかけて、僕は子供たちとともに部屋を出た。

 エレベーターの前でご近所さんとすれ違った。笑顔で会釈しながらすれ違うものの、きっと相手はこう思っていることだろう。あの人はいつも昼日中に見かけるけれど、いったいなんの仕事をしているのだろうかと。

 僕は物書きを生業としている。大学生の頃にとある賞に応募した小説が大賞をとった。副賞としてそれは映画化や漫画化され、そのことがきっかけで僕はあっという間に人気作家の仲間入りを果たした。とは言え執筆はペンネームだし、顔出しも極力控えているので、僕のことを作家だと知るのは身内かごく一部の業界の人だけだろう。

 当初は書く仕事で飯が食えるようになればと思っていたが、今の生活を顧みれば想像以上の大成功と言える。仕事は順調だし、既に有り余るほどの蓄えもある。マミという愛する人もいればこの双子の息子たちもいる。男として全てを手に入れた、なに不自由ない暮らしだ。

 マンションのエントランスを出たところで、コウタがケタケタと笑った。そしてユウタになにやら耳打ちをする。するとユウタもキャッキャと笑う。

「なんだお前たち、どうした?」

 楽しそうな息子たちを交互に見ていると、二人は視線を交わしてニヤニヤする。

「なになに、気になるなぁ。お父さんにも教えてくれよ」

 コウタはちらりとこちらを見てから、

「教えなーい!」

「えー?お父さんに隠し事か?」

「そうだよー。ナイショだよー」

 言うと同時に二人は僕の手を振りほどき、ちょこまかと駆け出した。

「あ、こらこら。危ないから。待ちなさい」

 慌てて後を追いかけるうちにコンビニまで来てしまった。自動ドアの前でようやく二人の襟首を掴んだ。

「ほーら、捕まえた。さあ、さっきのヒミツを教えなさい」

 含み笑いの二人は目で合図をしあってから順番に口を開く。

「お母さんがね」

「さぷらいずがあるんだって」

 サプライズ?ああ、そういえば今日は僕の誕生日だった。と気づいて後悔する。そうとわかっていれば二人から無理やり聞きださなかったのに。

「あら、あなた」

 不意に聞こえたその声に視線をあげ、思わず息を呑んだ。

 コンビニから出てきた客。

それが僕の妻だったからだ。

「お、お前。どうしてこんなところに?」

「友達が入院したのよ。だからお見舞いに」

 そう言えば、この近くに大学の付属病院があったっけ。

「あなたこそ、こんなところでなにしてるの。取材旅行は?それにこの子達はなに?」

「あー……っと……」

 返答に窮していると、子供たちが口々に言う。

「どうしたの、お父さん」

「この人誰?」

 険しい表情の妻が「お父さん?」と呟くのと同時に、ポケットの中のスマホから着信音が流れ出した。

 動揺する僕を見て、妻が素早く僕のポケットからスマホを抜き取った。通話ボタンをタップすると、スピーカーからマミの声が聞こえてくる。

「あのね、牛乳はスーパーのほうが安いから、コンビニじゃなくそっちで買ってきてね。慌てないからゆっくり……」

 どうやらサプライズの準備に手間取っているようだ……と思わず微笑んでから気づく。妻の冷ややかな視線に。

 女の勘、ってやつだろうか。妻は断片的なヒントから全てを読み取ったようだ。

「ははぁ~ん。そういうこと。愛人の家から、隠し子と、お買い物……ですか?」

 当たりだ。返す言葉もない。

 険悪な空気が流れる中、双子の無邪気な声だけが聞こえた。

「あいじんってなに?」

「かくしごってなに?」

 




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