第10話:



 銭湯からの帰り道。商店街より住宅地に入る人気ひとけの無い道の境目で、待ち伏せをしていたらしき若者グループに取り囲まれた。

 コウ少年曰く、昼間に遭遇した狂暴なグループで、何か悪巧みをしているとか。


 スーツ姿で道を塞ぐ正面の三人は、若者というより中年くらいの大柄な成人男性。ケイ達の後方に現れた若い四人組とは明らかに雰囲気が違う。


 その三人の後ろから、大袈裟に包帯を巻いた若者が取り巻きっぽい二人に両肩を支えられながら歩み出てきた。


 なんというか、あからさまに嘘臭い怪我人スタイルも浅はかだが、それがただの演出である事を見抜かれても問題無いという余裕・・のような態度が透けて見える。


 その包帯男はコウ少年を見るなり、「おぅ、こいつだ」と、スーツの三人組に顎で示した。包帯男に何かを促された三人組は軽く顔を見合わせると、ケイと彩辻さんを見据えながら言った。


「あんたらその子の保護者か?」

「何ですか? あなた達は」


 コウ少年に寄り添う彩辻さんへの視線を遮るように、半歩前に出たケイが対応する。


「お前んとこのガキが突っ込んで来てうちの社長が怪我したんやが?」

「機材も壊されたそうですが、どう責任とってくれるんですかねぇ」


 同じスーツ姿な為か、パッと見あまり特徴が無い三人は、それぞれ普通、横暴、粘着質といった役柄のような印象を感じさせる言い回しで、色々と言葉を重ねては『誠意・・』とやらを求めて来る。

 コウ少年が言っていた、所謂『悪巧み』なのであろう事は考えるまでもない。


「俺の聞いた話だと、そこの大袈裟な包帯男が子供達に暴力を振るったそうだけど?」


 ケイはとりあえず、対話による解決と時間稼ぎを試みる。解決の方はあまり期待はしていない。

 夜に入ったばかりの時間。人気の無い通りとはいえ、こんな道端で怪しげな集団と向かい合う家族連れ? っぽい見た目のケイ達を目撃すれば、通報してくれる住民も居るだろう。


 特に、この包帯男に関してはコウ少年が万常次でトラブルの詳細を報告した際、美奈子の耳にも入っており、彼女は警察案件だと憤慨していた。

 あの後、実際に通報を入れたのかは分からないが、美奈子経由で住民達の間に話が広がっている可能性もある。


「いや、暴力って君ね――」

「あ"ぁ? なにグダグダぬかしてんと※@×〇」

「実際ねぇ、走って来てぶつかった事でねぇ、まぁ色々被害がでとるんですわ」


「いっぺんに喋られても聞き取れないよ」


「ん、あ、いや、あのねぇ、君それはちょっとアレよ?」

「ぅんぁだら! ゴラなにイキッとぅんじゃぉお!」

「ぁあー、そんな態度でこられるとねぇ、こっちも相応の対応させてもらう事になるけどねぇ」


「会話する気ないでしょ、あんた等」


 こんな調子で、三人組との対話にならない応酬が十分以上は続いたかという頃、ケイは周囲の変化の無さに違和感を覚えた。


 近くには明かりの灯る民家も見える。これだけ騒いでいるのに様子を見に来る人の一人も居ないのは、潟辺関連で起きた万常次周辺での騒ぎを知っているケイとしては、異常に思えた。


「とりあえず、警察を入れて話し合おうか」


 このままでは埒が明かないと判断したケイが三人組にそう切り出した時、彼等は包帯男と揃って鼻で笑うような仕草をした。

 ケイがそれを怪訝に思っていると、コウ少年が服の裾を引いて告げる。


「なんかあの人の親の親がダイギシとかで、コネと権力使って好きほうだいやってるみたいだよ」


 『警察は当てにならない』というコウ少年の発言と思わぬ暴露話に、包帯男達は一瞬驚いた顔をしたが、そこからどんな結論に至ったのか、急にニヤニヤし始めた。


「代議士ねぇ」

「向こうがエライ人のコネを使ってくるなら、こっちもエライ人のコネで対抗するよ」


 包帯男達が今何を考えているか、なんとなく察して胡乱な目を向けるケイに、コウ少年がそんな事を言った。

 コウ少年のコネに思い当たる節があるのか、彩辻さんが『あ~』と納得している。



 とりあえず、いつまでもこんなところで睨み合っているわけにもいくまいと、ケイは包帯男の集団に道を開けるよう促すも、彼等は退く気がないらしく、包囲を崩さない。


 これはどう対処したものかと悩んでいたケイに、コウ少年から更にとんでもない話を耳打ちされた。

 包帯男達に読心を仕掛けていたコウ少年によると、彼等はこちらの身柄を確保後、個別に監禁状態にした上で、自分達に都合の良い契約書にサインさせるという計画を立てているそうだ。

 近くに監禁用の車まで用意しているという。


「――ってなこと企んでるよ」

「碌でもないな……」


 コウ少年の身長に合わせて屈み込んだ姿勢でその詳細を聞いていたケイは、思わずそう呟いて溜め息を吐く。

 その時ふと、後ろを塞ぐ四人組の様子が目に入った。


 互いに目配せ合いながら今にも飛び出してきそうな雰囲気を纏う四人組に、ケイは警戒を深める。そして同じく不穏な気配を感じ取ったのか、コウ少年がくるりと彼等に向き直って一言。


「美鈴に指一本でも触れたら、加減無しでぶっ飛ばすからね?」


 普段の子供らしさを感じさせる舌足らずさはなく、やたら流暢に紡がれた言葉と共に拳を構えた。瞬間、こちらへ踏み出し掛けていた四人組の動きが止まる。


 コウ少年から発せられる謎の威圧感。いくら構えが様になっているからとて、子供に出せる気配ではない。まるで狂暴な獣がそこにいるかのようだ。

 ケイも思わず目を瞠ったが、直ぐに我に返ると包帯男を振り返り、三人組と対峙する。


 昼間、土手の向こうで子供コウに暴力を振るって報復を食らった包帯男が、先程までにやけていた表情を引き攣らせている。


 険悪な空気の中、俄かに緊張感が高まっていたその時――


「お~い、君ら何してんのー!」


 聞き覚えのある声がして、あのベテラン駐在さんが現れた。しかも二十人近いおじさん達を率いている。


「どうしたーどうしたー」

「あーこの辺ちょっと暗いなぁ」

「街灯付けてもらおうかいね」

「予算が……」


 どうやら町の青年団を応援に連れて来たらしい。


(それで来るのが遅れたのかな?)


 大勢で現れた駐在さんと青年団の姿に、包帯男が舌打ちした。正面の三人組はその包帯男に指示を仰ぐような視線を向け、後ろの四人組は互いに顔を見合わせながら狼狽えている。


「ちょっと駐在所で話聞こうか?」

「ちっ、うっせーな俺ら忙しいんだよ。おい、引き揚げるぞ!」


 包帯男は悪態を吐いて何処かへ立ち去り、三人組もその後に続く。コウ少年に威圧されていた四人組は、道の端へ避けるようにしながら脇を通り抜けて、彼等の後を追っていった。


 どうやら、この場はひとまず収められたようだ。




「いや~、遅れてごめんねぇ」


 万常次まで移動しながら駐在さんに話を聞かれる。口ぶりからして、やはり通報があったようだが、直ぐに駆け付けられなかったのは何か事情がありそうな雰囲気だった。


(まあ、十中八九あの包帯男の身内の代議士とかが絡んでるんだろうな)


 後でコウ少年から説明があるだろう。


 ケイ達側から駐在さんに話す事はあまり多くない。コウ少年が昼間に町の子供達と一緒に遊んでいたところを絡まれたという話以外は、ケイも彩辻さんも包帯男達とは初対面である。


 やがて、一行は万常次に到着した。


「おかえりなさい――って、なにごと?」


 玄関で出迎えてくれた美奈子は、随分と大所帯で帰って来た事に困惑している。

 一応、エイネリアからケイ達が銭湯からの帰り道でトラブルに巻き込まれていると聞かされてはいたらしいのだが、こんな大騒ぎになっているとは思っていなかったようだ。



「また何かあったら連絡してね」


 駐在さんがそう告げて引き揚げると、万常次夫妻と話し込んでいた青年団のおじさん達も、解散してそれぞれ帰宅の途に就いた。

 途端に玄関周りが静かになる。


「とりあえず、中に入りましょうか」


 万常次家の奥さんに促され、皆で食堂に集まって情報の共有を行う。今日の昼間の出来事や、銭湯の帰りに何があったのかを説明して今後の対策を話し合った。



「それは大変だったねぇ」

「しばらくは絶対一人で出歩かないようにね?」


 美奈子と万常次夫妻は親身になってケイ達の事を心配すると、町に滞在中は住人の皆で連携して件のグループ包帯男達の動きに目を光らせておいてくれるという。


「それにしても、性質の悪いのに目をつけられたもんだな」

「身内の代議士のコネで好き勝ってしてるって本当?」


 普通、政治家のような人達は問題を起こしそうな身内には厳しそうなのにという美奈子の疑問に、コウ少年は宗近むねちか――包帯男の祖父が、彼をかなり可愛がっているらしいと明かした。


「身内贔屓にしても普通に犯罪だよなぁ」


 今日の宗近達の行いは、コウ少年の読心でしか発覚していない事とはいえ、完全にアウトな犯罪行為である。

 最早一線を踏み越えているとケイが言及する中、美奈子はコウ少年の情報の出所について訊ねた。


「でも、コウ君なんでそんな事まで知ってるの?」

「ボクもエライ人が知り合いにいるんだよ」


 コウ少年のそんな答えに、美奈子は小首を傾げて彩辻さんに視線を向ける。


「あはは……」


 と、彩辻さんはただ困り笑いを浮かべた。普通の子供に比べると随分しっかりしているとはいえ、まだ小さい子コウ少年にそんな話を聞かせる知り合いの偉い人とは、一体どんな人物なのか。

 美奈子はそこが気になったようだ。



 食堂で問題グループ宗近達の件を一通り話し終えて部屋に戻ったケイ達は、もう一つの対策を話し合うべく、ケイの部屋に集まった。


 一周目の記憶を持っているケイとしては、今日はこれから深夜を過ぎて朝まで何事もなく、無事に三日目を迎えられるかどうか確信が持てない。

 その記憶内容を共有しているコウ少年も同じ考えらしく、『歴史の強制力』等ではないにしても、何かしら起こりそうな予感はあるようだ。


「今回、潟辺はこっちに泊まってないし、接点も大分離れたと思ったんだけど――」

「ホウジョウムネチカの方が問題だね」


 怨恨や報復で安易に動きそうな相手としては、潟辺達より宗近の方が遥かに危険度が高い事は既に分かっている。


「備えておいた方がいいかも」

「そうだな。警察のパトロールとかは期待できないし、屋敷周辺の見張りは必要かな」


 見張りに関してはコウ少年が『精神体』になれば空から一晩中でも見張っていられるそうなので、問題は何か仕掛けられた場合の対処法だ。


「お屋敷の近くで怪しい動き見せたら、懐中電灯で照らすとか」

「うん、そのくらいが妥当かな」


 彩辻さんの提案に頷くケイ。ライトで照らすだけでも犯罪の抑止効果はある筈。わざわざ危険な相手に近付かずとも、こちらがしっかり『見ている』事を示せば十分怯ませられる。


「それならボクは上から見張ってるんで、エイネリアを哨戒させよう」


 コウ少年とエイネリアは常時連絡が取れるそうな。何か異変を察知すれば、直ぐにエイネリアを向かわせてライト照射で撃退する作戦。


 明日の三日目を無事に迎えるべく、今夜の万常次防衛計画が立ち上げられた。



 早速、見張りに行く事にしたコウ少年が、空に上がる為の小さい甲虫を手の上に出現させたその時、壁際に控えていたエイネイリアが徐に告げた。


「コウ様、連絡していた朔耶様からお電話です。お繋ぎします」


 ツッという接続音がして、エイネリアから別の女性の声が響いた。


『もしもしコウ君? 留守電聞いたんだけど、どうしたの?』


 等身大メイドさん電話という絵面に、ケイは思わず目を丸くした。


(コウ君と居るとほんと飽きないな)


 宗近の動向など厄介な問題は横たわっているが、不思議と何とかなりそうに思える。

 電話の相手女性に現状の説明をしているコウ少年の姿を眺めながら、ケイはふと笑って肩の力を抜いた。


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