27話 始まりの宇宙
治五郎さんが、神殿の中央に座った。いきなり発射するつもりだ。
ボルクは治五郎さんの傍に椅子を運んだ。
「先に発射したロケットは、あとから電柱シティか拾い上げるから、大丈夫じゃ、だが地球すべては諦めなきゃならん」
「どうして、努力もしないなんて」
ライラが話している途中で、大きな揺れが襲った。
長い停電だった。寒くて凍えそうだ。ライラが気がついた時には、ビジュに抱き締められていた。
「おい、ヒジュ生きてる?」
「おっ、ライラ、お目覚めかい」
ヒジュが至近距離から見つめている。
「ヒジュ近過ぎるよ、息が苦しい」
「酸素量を減らしているんだ。もう少しでブラックホールを抜けるとこなんだ。ライラ、生きて会えたら、また話そう。顔を埋めて!」ライラはビジュに頭を押さえられて、ヒジュの胸に顔を埋めた。
「怖いかい?」
ライラに恐怖はなかった。あるはずがない。置かれている状況がまったく分からない。あの一瞬で、治五郎さんは発射スイッチに点火した。電柱シティの人たちは助かったんだろか?
でも、私たちが、生きていることは確かだ。電柱シティごと宇宙に飛び立ったんだ。なぜ突然ブラックホールのなかにいるのか。
そして、また意識が飛んだ。
「ライラ、起きて」
「ああ、ヒジュ無事だったわね、だけど何も分からないわ」
治五郎さんの笑い声が耳に入った。
「彼は今、ハイテンションだよ、なにが起こったかは治五郎さんしか知らない」
「どうなっちゃったの?」
「ライラ」
ボルクのかすれた声がする。
ボルクが椅子ごと転がっていた。
ヒジュが這い寄って、ボルクに繋がれているベルトを外した。
「怪我はないかい」
「なにも問題ないみたい。発射直後に異常な重量波に襲われて、治五郎さんが睡眠ガスを電柱シティに充満させたんだ。僕は君たちよりも5秒ばかり持ち堪えたんだけど」
「もし、死んでしまう運命なら、眠ってしまったほうが楽だからね。素早い判断だ」
「皆の衆、我々電柱シティは、ブラックホールに太陽系ごと飲み込まれ、無事に重量圏から離れたところをただよっている」
「重量圏から離れたってことはさ」
「ボルク、なにか説明してよ」
チップスの声だ、相変わらず甲高い。
「多次元宇宙だよ、僕らがいた宇宙とはまったく別の宇宙に吐き出された」
「電柱シティでよかった」
「ヒジュ、なんて言った?」
「電柱シティは完全循環システムだろ、ひとつの惑星にいるのと同じなんだ。僕らはこの宇宙で新たな一歩を歩み出した」
「地球は?」
「この宇宙には地球という惑星は存在していないし、太陽もない、これからゆっくり移住する星を探せばいいんだ」
「神殿もあるしね、どこかの星に原住民がいたら僕らが神になるんだよ」
ブラックホールから逃れたとして、すべては巨大な宇宙の中だ、さらに私たちを囲む宇宙が膨らんだだけだ。
人類なんて、ガイヤなんて、あまりにちっぽけで何を考えろって言うんだろう。
「また羊の世話をすればいいんじゃない? 」
ボルクの果てしない脳から、鼻歌がこぼれだした。
治五郎さんたち八咫烏のメンバーは、ボルクが無事でいることに心底安堵した。皇位は継承されるのだ。神との約束は果たされた。
完
遥かなる電柱シティの物語 きしべの あざみ @sainz
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