26話 生き延びるために

 電柱シティは跡形もなく地底に姿を隠した。ヒジュは何度も外に出て鬼岳を仰ぎ見ている。

「この島は隠れキリシタンの島だったんだって、信仰を守るために隠れて信仰を続けたんだ」

「ヒジュ、電柱シティの住人が一日も早く出て来れるといいね、だって地球の空気は美味しいもの。人工の大気とは全然違う」


「ガイヤは外の空気をほとんど知らないから耐えられるけど、地球を知っている人達にとってはすごい閉塞感だろうね」

「見て見て、ボルクが山を降りて来るわ」

「奇妙な歩き方だ、いつも弾むような足取りだね」

 山を真っ直ぐに下って来ると、わずか15分でヒジュの店に到着だ。


「今日はニュースを持って来たんだ」

 ボルクは背負っていたリュックから、書類の束を取り出した。

「戦争が始まるよ、海底神殿の調査をしている時に、そらまめから緊急避難の連絡があったんだ。僕とリゲルは慌ててボートに上がった。潜水艇は自動操縦にして乗り捨てたけど、問題なく戻って来たよ」


「ボルク、戦争の話だ、続きを急いで!」

ヒジュはボルクの話が横道にそれそうになると何回も軌道修正を促した。

「地震は微振動だけど、一定のリズムを刻んでるんだって、それでそらまめが人工地震だって判断したんだ。カストルが1人で海底神殿に見に行ったら、幽体がカエルの卵みたいにうじゃうじゃいたらしい」

「それが戦争に繋がるのか? 」

「日本だけじゃないんだよ。ギリシャやインドや中国でも異変が起こっている。火山の噴火や、ダムの決壊、岩山の崩落とか、氷山が溶け落ちたり、自然現象に見せかけている。だけど、異常な現象が同時多発的に起こってるんだ」

「ボルクはなぜ外に出て来たんだ?」

「ヒジュを呼びに来たんだよ。神殿が完成したんだ。ライラもいそいで」


 ヒジュもライラもボルクが汗だくで話す様子に、すぐに緊張した。ボルクに水を一杯差し出す間に、非常用のリュックを背負った。

「へぇ、もうそんなものまで準備していたんだ」

「だって、この辺りは地震が少ないって言ってたのに、毎日微振動があっただろ、おかしいってライラと話ていたんだよ」




 電柱シティの入り口は、山頂にあるが、すでに草でカモフラージュされている。ボルクはまだ何か話し足りないか、隠しているように落ち着かない。ライラが落ち着かないボルクの顔を下から見上げたら、ボルクは目を逸らした。


「ボルク、話しなよ、僕たちは驚かないから」

「いいよ、言う、そのために来たんだから」

 ライラが椅子をボルクに寄せた。

「ナイショ話しかい?」

「海底神殿の奥で文字列を見つけたんだ。で、それが、偶然解読出来ちゃった」

「なにが書かれていた?」

「記録だよ。海底神殿が何故海の底にあるのか、理由がわかったんだ。僕たちは地球を脱出しなくちゃ危ない」

「僕たちって範囲はどこまで? ガイヤの問題なの? それともこの島の住人? 地球人かな」

「海底神殿の奥に、神託を下す場所があるんだ。そこに立ってヘンジョの鏡で文字列を映すと、乱反射して、文字が鏡に万華鏡のように映るんだ、その複雑な文字列を斜めに読むと、古代文字列と合致する部分がある。読めるようになるんだ。ここのところ続いている地震は、人工地震でスイッチが作動している、やがて火山が次々に爆発して、大洪水や津波が起こる」

 ライラもヒジュも言葉を失った。

「まだ誰にも話してないよ。記録と言ったけど、予言と言った方がいいんだ」

「予言? 誰がなんのために?」

「超古代人が、歴史は時間のように繰り返すって言ってるんだ。時間じゃないな、えーと、歴史は繰り返すんだ。つまり、同じことが、何回でも起こる。地球は超古代文明、つまり、あの壁の記録より前にすでに3回は滅亡しているんだ。そこに、銀河系の宇宙人が来て再興させて来た。そこにガイヤがやって来て、地球人が生まれた。地球人に文明を築かせて、宇宙人は地球を離れて行く。長い時を経て、また文明が宇宙の核心に迫るまで発展すると、滅びて行く。その繰り返しだ。ガイヤは発生してはいけない生命体らしい」

「ボルク、だって、ヘンジョの鏡に写し出された文字列なんて、そんなに多くはないだろ」

「わずか49文字しかないよ、それだけで、すべてを伝えている」

 

とりあえずボルクを信じるとして、時間の単位が分からない。すぐに滅亡と言う事態に陥るのか、ガイヤだけが生き延びるのか、ガイヤってのはどんな文字で表されているのか。ライラは瞬時に多くの質問が浮かんだが、言葉にはしなかった。

「ボルク、何か出来ることがあるだろか」

「うん、だけど、それは宇宙を変化させるような壮大な仕事になるんだ」

「宇宙か、聞いただけで果てしないよ」

「だけど、輪廻の輪から抜け出さないと、このまま永久に同じ繰り返しになるってことだよね」

「やっぱりすごいや、ヒジュ、この話しだけでそこまでの考えに至るなんて、やはり特殊な能力だ」

「ボルクが研究した成果だよ。さすがガイヤだ、あとは皆んなに合流して相談しよう」

「そうだね、ヒジュ、皆んなをここに呼ぼうか」

「君たちが離れて暮らしていてよかったよ、飛田組にも秘密に出来るしね」


 ライラはすぐに山を降りて来るように、カストルに無線で知らせた。ボルクはキッチンで朝食の準備をしている。ヒジュはへんじょの鏡で外を警戒している。


「幽体の姿はないな、飛田組もまだ気がついていない。ほら、ライラ、もう山を下りてくる姿が見えるよ」

十分ほどでカストルが現れた、リンダと一緒だ、続いてぞろぞろとそれぞれが楽しそうにやって来た。

「なんだよ、ヒジュ、もう寂しくなったのかい?」

 そらまめときんときは完全に召集された意味を誤解している。

「ボルク、この記事でしょ」

チップスが新聞をテーブルに広げた。

「朝刊だね、まだ見てないや、見せて」

「え? ブラックホールじゃないの? すごいビックニュースだよね」

「みんな、元気そうだ、まずは朝食食べながら話そう」

「ボルクのスープを朝から出す店なんて、人気店になるんじゃない」ミーシャが真っ先にに朝食を食べ始めた。

「最近、ボルクが忙しくて、チップスやミーシャが食事当番してたのよ。ライラはきちんと食べてるの」

「家はヒジュもよくやってくれるから、朝食もなかなか素敵よ、ところでボルクから重大な報告があるみたい、あたしもヒジュも本当は焦りまくっている。ブラックホールのニュースもすごいよね。ボルクの発見がつながりそうなの」


「うーん、うーん」

「ボルク、目を開けて、容量オーバーだろ」

カストルが焦ってボルクの肩を掴んだ。揺らすとすぐに目を開いた。

「ボルク、ちょっと休むんだ、パワーオーバーなんだよ」

「そうなの? 僕は自分のことながら対処出来なかったよ」

「それなら、ボルクを休ませるあいだに、あたしが説明するね」

 ボルクが発見した過程をまとめて、ライラが話した。ヒジュがときどき口を挟んだ。


「おれはあの古代神殿の文字を単なる予言だと考えたいよ。過去の史実だとは思えない」

「ボルクは輪廻の思想は事実に基づいた考え方だと言ってるよ」

「あたしたちはたまたま、この滅亡の時を生きてるってこと。数万年に一度滅亡するのにたまたまあたしたちの数十年の限られた命がこの時代に発生したんだ」

「リンダは怖いの?」

「うん、すごく怖い、ミーシャは平気な顔をしてる」

「おいおい、話し合うポイントがずれてるよ、個人レベルじゃなくて、地球を救うのか逃げ出すのかって問題だよ」

「もちろん逃げ出すでしょ。だいたい今日の新聞のニュースに出てたブラックホール発見って、昔から確認されてたでしょ」

「遠いところでね、今回発見されたのは、我らが銀河系に近い場所だ。かろうじて銀河系の外らしい」


それぞれが無言になり、考えはじめた。


 ボルクが目を開けた。皆んな食事が終わっているみたいだ。

「ちょっと、何してるの? カストル、どうしたの」

「ボルク、このブラックホールのニュースを知ってるかい?」

「今日の朝刊でしょ」

「てことは、巨大な重力が発生しているってこと?」

そらまめがもう一度新聞を手に取った。

「あっ、そうか、そうかも知れない。治五郎さんに会わないと、ぼくは治五郎さんところに行かなくちゃ」

「まてよ、ボルク」

「まったく、身軽というか慌て者というか」

「ぼくらも行ってみようか」

ヒジュがテーブルの上の皿をコンベアーに乗せた。

「そうだね、ボルクの慌て方は普通じゃない。何か閃いたんじゃないの?」

リンダはカストルの腕に自分の腕を絡めて、右手をひらひら振った。

「治五郎さんのところに皆んなで行きましょ、全員で動くと目立つから、お先に行くわ」

リンダとカストルの姿が山を登りはじめると、そらまめときんとき、ゆずが外に出た。チップスとミーシャが反対方向に出て行った。

「さて、僕たちも出かけよう、念のため荷物を持って行くんだ」

「え? どうして、今日は戻れないの?」

「うん、ボルクの慌て方だと戻れないかも知れない。嫌な予感がするんだ。ライラは感じない?」

「うん、今のところは情報不足ね。とりあえずブラックホールの情報を見ておくわ」

「じゃあ、タブレットも持って行こうか」

ヒジュが手際よくリュックに着替えとタブレットを詰めてライラに背負わせた。

「ヒジュは手ぶらなの?」

「うん、へんじょの鏡を覗きながら歩くから、荷物はまかせるよ」

まあ、しかたがないか、多分体力もライラの方が上だ。


 神殿は会議室さながらだ。

そもそも火星への移住計画は失敗だった。だが、すでに火星に移住した者に失敗は告げられない。唯一残された方法は地球に帰還させることだ。しかし、政府はまだ頑なに移住計画を継続している。すでに、ガイヤという新人類を発生させてしまったから、後には引けないのだ。


 ボルクは説明しながら楽しそうだ。

「だからね、僕たちガイヤは、地球の手から逃げ出すしかないなかったんだ。勝手に発生させておいて、失敗したから消えてくださいなんて、できない相談だよ。あっ、そこてブラックホールの出現は素晴らしいんだ」

「ボルク、酷い解説だよ」

ヒジュが鼻に皺を寄せている。


「ブラックホールは、その中心に向かって何もかも引き寄せてしまうだろ。じゃあその先は知ってるかい? 飛田組の兄さんたちでもいいよ」

「ボルク、ブラックホールがどうして関係あるんだ?」

飛田組の若い衆十人ほどが顔を揃えている。

「僕たちの脱出ルートを見つけたのさ」

「脱出ルートだって? ボルク、地球で生活するつもりだったでしょ」


「うん、出来ればそうしたかったんだよ、ミーシャ、まだ知らされてないんだね、だったらそらまめがみんなに教えてあげるといいよ。僕より分かりやすいからね」

「飛田組の皆さん、ガイヤたち、地球は破滅に向かっている。しかも凄い速度なんだ、たぶん僕たちが少し調べただけでも兆候が顕著に表れているのに、どこの国も発表していないんだ。だって、一大事だろ?」

「避けようがないから、受け止めるつもりだよ」

カストルが腕組みをしながら顔を真っ赤に染めている。

「地球最後の日が間近に迫ってるんだわ」

リンダがカストルの腕に絡みついた。

「でも、みんな、地球は3回も滅亡の危機を乗り越えて来たんだろ」

「カストル、乗り越えられなかったんだ。滅亡したんだ。そして、また宇宙からやって来た者たちが神となり、地球に人類を発生させた」

ボルクが弾むように話す。

「滅亡ってのは、地球がなくなるの?」

チップスはすでに泣き顔だ。

「わからないよ、人類がいなくなるのか、地球が消滅するのか、わかるだろ、滅亡以前の記録なんかないよ」


「分かった。俺たちにできることは、できるだけ多くの人間を逃すことだ」

こんな時、ライラは頼もしい、電柱シティに来た時だって、皆んなライラに連れられて来たようなものだ。

「それなら、すでに脱出は始まっているよ、各国が隠しているだけだ。もうまもなく世界中がパニックに襲われる」

ビジュの声に、黙ったままモニターを見つめていたきんときが顔を上げた。

「地球から、沢山の船が出て行ってる。見て、ほとんど同時にマップ上に点が表示されてるだろ」

「きんとき、分析して、どこの船だ? ほんとだこれは凄いや、凄まじい、皆んな見てくれ」

カストルが皆を集めた。

飛田組が、外に駆け出して行く。


 ガイヤたちは、飛田組の動きを察知して、電柱シティごと宇宙に飛び出す決心を言葉も交わさず、一瞬で決めた。

飛田組の先陣を切るミサイルのような小型ロケットがいち早く飛び立って行く。


「治五郎さん!」

「おお、こちらもすぐに飛び立つぞ」


 

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